秋の向こうへ、その向こうへ。   作:たいたい35

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女王誕生

「珍しく緊張しているな、ナタリー」

「さすがにね。絶対に負けられない。あたいはもう、自分一人の戦いじゃない。アーちゃんが見てるんだ。あの子のためにも、勝って道を示してみせる」

「本当に懐いているんだな、あの子は」

「もうどっちが慕ってるのか分からないけどね。よし、行ってくる」

 

 

今日の京都レース場は、何万人という規模の人が集まっています。文字通り、女王が誕生するレースが始まろうとしています。私もコートちゃんもウールちゃんも、落ち着かない様子です。

 

「ついにこの日が来たね。いやードキドキが止まらない。現役ウマ娘の最強が決まるんだよ、もう誰が勝ってもおかしくないよね」

「私もこの熱気に潰されそうだわ。G1はここまで空気が違うのね」

「特に今日はアーちゃんの大好きな先輩の晴れ舞台だからね。あたしたちが入学してからはあまりレースには出てなかったみたいだけど、二番人気だね。勝負服見た?めっちゃ似合っててかっこよかった」

「一番人気はやっぱりローズピーチ先輩ね。私たちの想像を遥かに超えるようなレースを期待しちゃうわ」

 

「十番、ローズピーチ」

 

そのローズピーチ先輩がターフに現れました。パドックでも騒がれていましたが、ここでも大歓声です。バラの髪がさりを耳につけていて、ウールちゃんみたいでした。

 

「六番、デュエットナタリー」

 

軽快なステップでナタリーさんが姿を見せました。両耳に桃と紫のリボンをつけて、今日は勝負服です。活発なナタリーさんに似合う赤を基調としたラフなデザインです。ショートパンツがかっこいいです。

 

「アーちゃんいたいた。見ててね、今日のあたいは本気だから。ちょうどこの勝負服みたいに燃えてるよ、着るのも久しぶりだけど」

 

いつもの調子の中に、闘志の炎が青く燃えていました。もうすでに、相手はローズピーチ先輩ただ一人と決めているようです。ライオンがシマウマを捕らえる時のような目つきで、二冠の覇気を隠し切れていませんでした。絶対に負けられない、その思いのぶつかり合い。頂点の戦いが、今始まります。

 

「秋の大舞台、エリザベス女王杯。ついにその火蓋が切られます。各ウマ娘枠入りは順調です、これは嵐の前の静けさなのでしょうか」

 

「久しぶり、モモちゃん。最近絶好調らしいね。あたいがいない間に暴れてくれたね」

「ずっと覗いてたくせによく言うよ。秋華賞以来か、またお前は私に負ける。それだけ。知ってる?バラは秋に咲き誇る」

 

「さあ八番が収まって、全員ゲート入り完了。トゥインクルシリーズ秋の最高峰、エリザベス女王杯が、今スタートしました!」

 

まずは外から十四番が先頭に立ちます。ナタリー先輩は前から三番手の位置。かなり落ち着いています。最初のコーナーも華麗に回って、集団は少し縦長の展開です。もちろん先輩方はただ走っているわけではなく、ここから見ていても分かるほど火花を散らして、牽制し合って、どうにか自分の得意なペースに持ち込んでいこうとしています。マークしている一人を前に出れないようにブロックしたり、後方の先輩方は、距離のロスが無くて、集団に揉まれないベストポジションを探しています。レースが動きにくい中盤でも、先輩方は有利を探して戦略をぶつけ合っています。これがG1、私では到底届かないほど、知識と経験の差がありました。

 

「今日は前走でも見た華麗な差しが決まるのか、ローズピーチは前から九番手、ここにいます。デュエットナタリーは前を睨んでまだ上がらない!残り1000m、激しい睨み合いはいつまで続くのか!」

 

今日のナタリーさんはレベルが違う、G1を獲る先輩の姿からたくさん学んでほしい、そうユウさんは言っていました。ここからは異次元の読み合い、努力のぶつけ合いです。先頭が最終コーナーに入りました。

 

「さあデュエットナタリーが上がってきた!それを見てローズピーチも加速してくる!やはりこの二強になるのか。秋華賞の再現か、それとも悲願のリベンジか!泣いても笑っても最終直線!一瞬の加速で外からデュエットナタリーが先頭に立った!」

 

十四番をかわして、外からナタリーさんが先頭に立ちました。けど、後ろから大勢が接近してきます。宿敵は、内から集団を抜けてきました。

 

「これは思い切ったコース選択!内からローズピーチがやってきた!恐ろしい脚だ!デュエットナタリー粘る!しかし差は縮まるばかり!残り200m!ローズピーチの勢いは止まらない!ここで差した、ローズピーチ先頭!」

 

ついにローズピーチ先輩が先頭をもぎ取りました。心臓が高鳴って、敗北の二文字が脳裏をよぎります。けど、絶対に認めたくありません。私の一番は、ナタリー先輩です。

 

「負けちゃ嫌です、先輩!!」

 

あまり大声を出すことが得意ではない私の精一杯でした。大歓声からみれば、届くはずもない、か細い声でした。

 

「確かに聞こえた。絶対に負けないよ。勝負は最後まで分からない」

 

次の瞬間、ナタリーさんの瞳に真っ赤な炎が宿りました。絶対に負けない、ただその執念だけが、ナタリーさんの足を動かしたのです。

 

「まだだ、まだナタリー落ちない!差し返す!ナタリーが差し返した!けれどもう限界か!ゴール板はもう目の前!今、二人並んでゴールイン!若干ナタリー有利だ!最後は栄冠への思いをぶつけて差し返しましたデュエットナタリー!これは写真判定です!」

 

私の瞳には、はっきりとナタリーさんがゴール板を先頭で通過する姿が映っていました。勝ちました、ナタリーさんは限界が来ても、最後まで諦めず走り続けて、勝利を手にしました。

 

「ほんと、魅せるレースしてくれるわね。さすが先輩、私も泣いちゃったじゃない」

「よかった、ほんとによかったよお」

「アーちゃん、泣き過ぎだよ。まあ無理ないよね、そんなとこもかわいいけど。これがG1か、ほんとすごいね、先輩たちは」

 

涙で前が見えなくて、語尾もままなりません。変な喋り方になってしまいました。レースの緊張の後に、安堵が襲ってきて、拭っても拭っても視界はぼやけていました。

 

「二人なら知ってるだろうけど、先輩、ほんとは追込が得意なウマ娘なんだよね。けれど、今回は迷わず先行を選択した。なんでだろう」

 

会場はナタリー先輩コールで溢れていました。しばらく手を振っていたナタリーさんは、私を見つけてやってきました。

 

「ただいま、アーちゃん。そんなに目腫らしちゃって、こっちまで涙出てきちゃうよ。あたいの勇姿、見ててくれた?やっぱりウマ娘は背中で示さないとね、なかなか危なかったけど、なんとか勝ててよかったよ」

 

余裕があるように振る舞っているナタリーさんの足は、確かに震えていました。

 

「ほんとに、ほんとにかっこよかったです。私、先輩が負けちゃうんじゃないかって。負けたらどうしようって」

「そんなわけないじゃん。言ったでしょ?絶対勝つって」

 

その後の言葉を濁らせたナタリーさんを私が不安そうに見つめていると、観念したように口を開きました。

 

「正直、危なかった。あたいの本気が通用しなくて、負けたと思ったよ。けどね、アーちゃんの声が確かに聞こえたんだ。だからもう一回がんばれた。諦めかけたあたいを救ってくれたのは、アーちゃんだよ。ありがとう。あたいはもう、栄冠なんかより、アーちゃんの想いに応えたかった。皆の期待より、アーちゃん一人の期待に応えたかった。結果、皆の期待も背負ったけどね。だから、ありがと、アーちゃん」

 

そう言い切ったナタリーさんからは、震えが止まって、目が潤んでいました。私に顔を近づけて、くくっと笑うと、ウインクしました。頭をぽんぽんと撫でています。

 

「そんな不安そうな顔しない。あたいは勝ったんだから、笑顔でウイニングライブ見届けてよ。今日は張り切っちゃうからね」

 

ナタリーさんの言葉で、渦巻いていた様々な感情からようやく解放されました。さっきまでは感極まって何も言えなくて、けれどようやく、話せます。全てを出し切ったレースで、私に先輩としての威厳と、道を示してくれたナタリーさん。もちろんお礼を言わなければいけませんが、まだ、ありがとうへの返事がまだです。

 

「先輩」

「なに、先輩だなんて改まって、どうしたの?」

「私の声、届いてよかったです。どういたしまして。私、ナタリーさんが大好きです」

 

ナタリーさんは勝負服と遜色ないほど顔を真っ赤にしていました。それは、夕焼けも相まって、さらに赤く染めています。全力の笑顔で、今の私の気持ちを伝えることが、感謝を述べることになると思いました。

 

「あ、先輩やられちゃいましたね、アーちゃんのスマイルに。いくら女王でも、アーちゃんには勝てなかったかー」

「ちょ、これは誰だってうろたえるって!ノーカンノーカン、先輩をからかうと痛い目みるよ!」

 

今回のレースは、私にとって忘れられないレースとなりました。誰かの希望のために、勇気になるために走る、そして、期待のために走る。私のこれから進むべき道をはっきりと意識させたのです。けどまずは、トリプルティアラのために。ウールちゃんとナタリーさんが冗談を言い合って、コートちゃんがため息をついています。この光景は、私にはこの上なく美しく思われました。この景色は、私と沈みゆく夕日が一生覚えています。

 

「じゃあ控え室行くから、みんな楽しみにしててね」

 

三人とも、今日一番の笑顔で頷きました。




レース回が多くなってしまいました。しばらくは日常に戻ります。今更ですが、誤字脱字の指摘や、違和感のある描写に関する指摘等があれば、教えていただけると幸いです。また質問や感想等もいつでもお待ちしております。ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
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