秋の向こうへ、その向こうへ。   作:たいたい35

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デュエットナタリー

「おーい、アーちゃん。あたし今から練習見にいくの。どう、一緒に行かない?」

「もちろん。ねえねえウールちゃん。私、ナタリーさんと同室だったんだ。緊張しちゃって、でもほら、リボンももらったの」

 

耳を動かせてアピールすると、ウールちゃんはかっこいいじゃんと手をパチパチさせていました。

 

「それなら、デュエットナタリー先輩に色々レースについて聞けるね。よかったよかった。さあ、先輩方の圧巻の走りを見てやるとしますか」

「もう、ウールちゃんたら」

 

ターフへと向かうと、私たちと同じトレーニング風景を見にきたウマ娘たちがたくさんいました。そして、その視線が集まる先には、筋トレをしたり、フォームの確認をしたり、実際に走っていたりと、各々のすべき事を着々とこなす、テレビでしか見ることができなかった憧れの先輩方がいました。私の目はそれはもう羨望の眼差しでした。この全てを吸収したい。私も早くあそこで走りたい、強くなりたい。その気持ちが動悸をはやらせます。

 

「お、アーちゃん、来たね。今からトレーニング始めるから、せっかくなら見てってよ」

 

後ろを振り返ると、ナタリーさんがいました。周囲の視線がナタリーさんに釘付けになりました。私に向けられているわけでもないのに、目に虫が入った時のような、少し嫌な気持ちがしました。ナタリーさんは、軽く準備運動をしてから、ターフへ向かって、トレーナーの方と色々とメニューについて相談しているようでした。数分後、コースに立つと、私の方を見て、軽く手を振ってから、深い深呼吸をしました。次の瞬間、ターフの芝が勢いよく振動しました。一歩一歩確実に、ここからでも分かるほどに力強く踏みつけて、車を追い越すほどの加速力と速度で、二冠ウマ娘はターフを飛んでいました。二分後、ナタリーさんはコースから戻ってきました。

 

「あれが二冠ウマ娘、すごいね、アーちゃん」

 

正直、絶句しました。テレビで何度も見ました。最強の走りをたくさん見ました。ただ、迫力が違ったのです。これが他を寄せつけない圧倒的な加速力と速度。気づいた時にはもうすでに三ハロン棒へと到達し、さらにもっともっとスピードを上げて、しかも一瞬にして。コースを一周していました。これにはウールちゃんも、当然周りのウマ娘も、言葉を失っていました。周囲には、さっき部屋で感じた空気が、さらに勢力を増して、静電気が電撃となって漂っていました。その空気に痺れることが嫌だったのか、単に感動して向かっただけなのか、気づけば私は、ナタリーさんの元へ駆け寄っていました。

 

「ナタリーさん!本当にすごかったです!」

「ありがと。まあこんなもんだよ。やっぱりアーちゃんもウマ娘だね。スピードに憧れるその目。イイね」

「私、頑張って強くなります。なので、その時はよろしくお願いします!」

 

私はいつになく昂っていました。二冠ウマ娘を前にこんな大見得を切るのは恐ろしく馬鹿馬鹿しいことなのですが、私はいてもたってもいられませんでした。一刻も早くその高みまで到達してみせます。そして、あなたを倒してみせます。そんな哀れな発言をしていると、とられてもおかしくはありません。それを叶えるのは、何よりも難しいと分かっていました。そんな果たし状のようなことを言うつもりは到底ありませんでした。もちろんそんな気持ちもありませんでした。でも、身体が言うことを聞かなかったのです。

 

「もちろん、いつでも待ってるよ」

 

 

夜の帳が落ち始めるころ、私はウールちゃんと少し雑談をしていました。

 

「にしてもアーちゃん、情熱的だったね。あたしの前だとこんなに華奢でおしとやかなのに。嫉妬しちゃうぞあたし。もー」

「もう、そんなに言わないで、ウールちゃん。私も恥ずかしいの」

「でも、これで周りの新入生の子には目つけられたね。まあアーちゃんなら大丈夫だろうけど。じゃああたしはこれで。また明日」

 

バイバイと一瞥して、私も部屋に向かいました。

少し眠気を受けながら、ドアを開くと、ナタリーさんが日記をつけていました。

 

「おかえり、アーちゃん。今日はかっこよかったよー。これから頑張ってね。もしくは一緒に頑張ろうね」

「は、はい。頑張ります」

 

今更ながら自分がしたことの重大さに気づいてしまって、なかなか言葉が出てきません。ですが、速くなりたい、なってみせるという気持ちだけは本物です。夕方のウールちゃんからの言葉を思い出して、練習についてアドバイスを聞いてみることにしました。もちろん、ナタリーさんに近づいてやるんだという強い意志は持っていました。

 

「あの、ナタリーさん。色々聞きたいことがあるんです」

「全然いいよ、でもそういえばさ、アーちゃんって、トレセン学園での目標とか、夢ってあるの?」

「はい。トリプルティアラです。私はトリプルティアラウマ娘になって、自分を証明したいです」

 

刹那、ナタリーさんの目つきが変わりました。この顔はどう見ても、二冠を制したウマ娘からの、そして、トリプルティアラの夢を目の前で砕かれてしまったウマ娘の目でした。私は全てを知っている。そう私に訴えかけていました。

 

「本当に言ってるの?いるんだよね、結構簡単にそうやって言う人。夢の価値をわかっていない人が。どれだけの難易度を目指しているのか、分かってる?」

「分かりません」

 

ナタリーさんの目つきがさらに鋭くなりました。こいつは三冠を舐めているのか、こいつは自分を侮辱しているのか、その程度の覚悟で取れるわけがない。正直私は、今すぐにでも逃げ出したい気持ちでした。でも、今の私は何を言われても絶対に逃げないだろうという勇気も、自信もありました。

 

「分からないです。ナタリーさんほどは分からないです。もちろん私も痛いくらい知っています。トリプルティアラがどんなに難しいことなのか。だけど、一番夢に近づいたナタリーさんには敵いません。だから、私がその夢を引き継ぎます。ナタリーさんが掴むことのできなかった最後の栄冠は、私が絶対に掴みます。なので、私にナタリーさんの全てを預けてください!」

 

部屋を押しつぶしていた呪いのような空気が、どっと軽くなりました。ナタリーさんは、涙を流していました。溢れて溢れて、その涙は、先ほどまでのナタリーさんを連れて、どこかへと行ってしまいました。

 

「驚いたなぁ……こんなに強い、こんなに覚悟を持った新入生がいたなんてルドルフからは聞いてないよ。初見じゃ、あんなに華奢でかわいいアーちゃんは、実はとっくにこっちのレベルまで到達してたなんて。いいよ、あたいの知ってる全部を預けるよ。むしろ教えさせてほしい。さっきは意地悪言ってごめんね。もうこんなことしない」

 

ナタリーさんはハンカチを取り出して涙を拭いていました。嬉し涙か、悲し涙か、それはナタリーさん本人にしか分かりません。

 

「実はさ、さっきあげたあのリボン、あたいが三冠かかった秋華賞の時に、友達からもらったものなんだよね。絶対勝ってねって。それからずっと大事にしまっててさ。あたいは諦め切れてなかったんだと思う。だから、心のどこかで待ってたんだと思うな。アーちゃんみたいな子が現れるの。今日たまたま見つけて、アーちゃんにあげちゃったんだけど、まさかこの話をすることになるとは思わなかったなあ」

「えへへ、ありがとうございます。ナタリーさんのこのリボン、大切に使いますね」

「ほんと、頼んだよ。明日から余裕があったらあたいのチームに来てよ、どんな予定もすっ飛ばしていつでも付き合うからさ。ただ、今日は今の一瞬で疲れちゃったからもう寝ようかな。らしくない姿も見せちゃったし」

「本当にありがとうございます。明日から、頑張りますね」

 

ナタリーさんが何か呟きましたが、内容は教えてくれませんでした。ですが、ナタリーさんの後ろ姿は小柄な体型ながら、私の何倍も大きく見えました。

 

「こっちのセリフだよ、ありがとうは」

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