秋の向こうへ、その向こうへ。   作:たいたい35

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勝負服と想い

阪神ジュベナイルフィリーズは、いよいよ来週へと迫っていました。いつものようにトレーナー室に向かうと、ユウさんがちょうどよかったと段ボールを取り出しました。

 

「ついに勝負服が届いたんだ、僕も何も聞かされてないから、一緒に見たいなと思って」

 

G1の大舞台に出走するウマ娘のための勝負服、ついに私のところにもやってきました。唐突に緊張が高まります。中身を傷つけないようにユウさんが慎重に開けています。そしてそこから出てきたのは、黒を中心に白が混ざった、ツーピースドレスとケープマントでした。あまりの完成度の高さに、驚きを隠せませんでした。

 

「か、かわいいです。でも、こんなに良い物が私に似合うのでしょうか。ほんとに私の物ですか?」

「もちろん、アリアンスのためだけのものだよ。ちょっと多く金出して正解だった。せっかくだし、着てみる?」

 

私がこれを着るなんて、恐れ多かったです。けれど、身体は全く反対で、今すぐにでもそれを身につけたいとうずうずしていました。更衣室へと向かう足は、どんどん早くなっていきました。

 

 

「思った何倍も似合ってる。僕としては完璧だ。アリアンス的にはどうかな」

 

さっそく着替えてみました。ツーピースドレスは胸のあたりに小さな星形のボタンがついていて、全体的に、派手ではないですが、華奢なお嬢様を彷彿とさせるような装飾です。全然重さを感じなくて、走りづらい感じもありません。ケープマントも黒が中心で、上品にバラの刺繍が縫ってありました。手が少し見えるくらいの長さです。私にはもったいないくらいかわいくて、興奮がいつまで経っても冷めません。私の心は、これ以上ないほど満足していました。

 

「これを着て走れるなんて、とっても嬉しいです。ユウさん、本当にありがとうございます」

「喜んでくれたようでなによりだよ。僕から見ても、アリアンスの可憐なイメージが何倍にも意識されるデザインで、かなり良いと思う」

 

ここまで完成度が高いと、絶対に本番のレース以外では汚したくなくて、練習で使ってみたいという思いと最後まで戦っていましたが、なんとか踏み止まって、保管しました。これは、本番までのお楽しみです。

 

「勝負服が届いて、いよいよ来週だ。アリアンスの日々の努力のおかげで、タイムはどんどん良くなってきてる。コープコートちゃんやビジョンスターちゃんは確かに強い。けど、忖度無しでアリアンスは負けていないし、むしろ勝っている要素も多い。僕は、とにかく自信を持って走ってほしい。クラシックのためにも、走り切った時に精一杯を出し切れたと思えるレースにしてほしい。勝ち負けは、全力の先でしか意味がないから」

 

私は強く頷いて、練習へと向かうのでした。

 

 

トレーニングが終わって、寮へと向かうと、ナタリーさんと一緒に、小さな荷物が置いてありました。

 

「それなんだろうね、アーちゃん宛ての小包だって」

 

私が開けると、ナタリーさんも覗いてきました。中には、お母さんからの手紙と、小さな箱が入っていました。

 

「あ、お母さんからだったんだ。優しい字で、アーちゃんみたいだね。お母さんだから当たり前かな。これはありがたく読まないとね。そっちは?」

 

小さな箱には、指輪が入っていました。それは、私のよく知っている物でした。私が小さい頃から憧れていた、アメジストが埋まっている小さな指輪です。動揺を隠しきれません。お母さんの真意が知りたくて、手紙に手を伸ばしました。

 

「アリアンスへ。トレーナーさんから、来週のG1に出走することを聞きました。どうか、無事に走り切ることを願っています。願掛けの意味も込めて、昔から欲しがっていた私の大切な物を送ります。あなたが持っていてください。あなたは、私たちの宝だから」

 

滴る涙が、読み進めるにつれて大粒に変わっていって、さらに溢れてきました。この指輪は私が産まれた時にお母さんが買った物です。小さかった頃にこれを初めて見て、その美しさに惹かれてしまいました。お母さんは、私が大きくなったらプレゼントすると言っていました。お母さんの思いが、お父さんの思いが詰まったこの指輪は、私にとってかけがえのない物で、特別な物なのです。震える指を伸ばして、憧れだった指輪をはめました。私にピッタリのサイズで、部屋の明かりを反射して鋭く輝いていました。その美しさに言葉を奪われてしまって、しばらく何も言えませんでした。

 

「それはアーちゃんにとって大切な物なんだね、そんなうっとりとした顔のアーちゃん初めて見たよ。うん、確かに綺麗だし、とっても似合ってる」

 

これを身につけているだけで、お母さんが近くにいるような気がします。私が元気に活動するためにいつでも見守ってくれているのです。それだけで安心して、とめどなく流れていた涙は少しずつ引いていきました。

 

「今のアーちゃんなら、あの子にも勝てるよ。ジュニアの女王は、アーちゃんだ」

 

ナタリーさん、ユウさん、そして、お母さん。私はいよいよ来週、阪神ジュベナイルフィリーズに出走します。私の全力、見ていてくださいね。私を支えてくれる全ての人を心の中で強く意識したのでした。

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