「うっ、もう無理だ」
その場に座り込んでしまって、咳が止まらなかった。あたしの全力は届かなかった。二人は完璧なコンビネーションで私の進路を潰してきた。どちらかが欠けても、完璧な状態で迫ってきた片方があたしを潰す。同チームのメンバーで結託して一人を狙うなんて、正直予想がつかなかった。けれどそれで勝ってしまうのなら、誰も文句は言わない。悔しい、ただその思いが募っていくばかりで、前を見ることができなかった。何をすれば勝てたのか、あたしはどうしてあのコース取りをしてしまったのか。
「残念だったね。悪いけどここは負けられない。ミールラプソディばっか睨んでたのが君の敗因だよ。ウイニングライブはあーしの後ろで踊ってね。じゃあ」
何も言い返せなかった。もっと広く全体を見るべきだった。ようやく呼吸が落ち着いてきて、反省の材料がいくらでも頭に浮かんだ。冬だというのに、汗が止まらなかった。
「トレーナーさんと反省会だなあ。じゃなきゃこの気持ち、晴らせないや」
とりあえず二人のところへ向かった。二人に何を言われるか、少し怖かったからだと思う。落胆されるのなら、早い方がよかった。
「惜しかったわ。今回はあの二人に綺麗にやられたわね。作戦負けってとこかしら。全然落ち込む必要なんてないんだから、気にしちゃダメ」
「そう思う?あたしは他に方法があったと思う。未来が変わる選択肢があったはずだよ」
ウールちゃんの耳は垂れていて、敗北で心が荒んでいるのが表情から伝わってきました。見たことないくらい悔しさを前面に出していました。ユウさんが口を開こうとして、コートちゃんがそれを遮ります。誰も気の利いた言葉をかけてあげられない中、コートちゃんだけは果敢でした。
「もし勝ってたらそんなことも考えないんだから、負け得だと思わない?私がこんなに軽く言ってるのは、あんたは一度負けたくらいで凹まないと思ってるからなんだけど。私に言わせてみれば、最後あれだけやれたんだから、間違いなく一番強い走りをしたのはあんたよ」
いつもウールちゃんに見せる強い口調が、今日は頼もしく思われました。さすがのウールちゃんでも相応の心のダメージがあるはずです。けれど、ウールちゃんへの慰めに今一番効果的なのは、間違いなくそれでした。
「けど、悔しい。どうしても勝ちたかった」
「その思いがあれば、きっと次は勝てるわ。それに、あんたがそんな顔したら、大好きなアリアンスさんが悲しむわよ。最後の直線の粘りを見ていたアリアンスさんの目は、あんなに光っていたんだから。ね、アーちゃん?」
コートちゃんが初めて、私をあだ名で呼びました。少し恥ずかしそうにしていましたが、これがウールちゃんには効果大でした。さすがに動揺を隠せない様子です。
「最後のウールちゃん、とってもかっこよかった。ずっとドキドキしてて、見てて心が奪われたの。ウールちゃんはやっぱり私の憧れだよ。次はナイズちゃんに絶対負けないよね」
目を逸らしたウールちゃんは、恥ずかしそうにしていました。あまりに持ち上げられて照れくさくて、けれど敗北の味は深くのしかかって、複雑な表情をしています。
「アーちゃんにそんなこと言われたら、さすがに喜んじゃうって。あーもう、負けたのに変な気分になっちゃったじゃん!二人のせいだ、許さない!コートはおいしいお肉奢って!アーちゃんは日曜あたしに付き合って!」
「そうそう、あんたはそうでないとね。しょうがないから奢ってやるわ。ちょっとくらい労ってやらないとね」
ウールちゃんの顔にはさっきまでの暗さはなくて、週末の予定に想いをはせているようでした。そんな私たちの会話を、ユウさんは満足そうに見つめていました。とても優しい瞳です。
「けどトレーナー。明日は徹底的にレースの反省をしたい。あたしはもっと強くなりたいです。トレーナーの感じたこと、全部教えてくださいね」
「もちろん。コープコートちゃんも、ウールを励ましてくれて本当にありがとう。今度何かお礼させてほしい」
「いえいえ、お礼されるようなことは何もしてないわ。私はこの子の落ち込んでいる姿を、アリアンスさんに見せたくなかっただけ。それに私だって、二人をこんなに強いウマ娘にしてみせたあなたの手腕を買っているもの。強いて挙げるなら、明日のこの子の研究を手伝ってあげてってことくらいかしら」
「ほんと、頭が上がらないよ。さすがコープコートちゃんだ。貫禄が違う」
心の底から感心したように唸っていました。ウールちゃんはきっと、今日の敗北を乗り越えてもっと強くなります。超努力家なのです。私も見習わなければいけない部分がたくさんあります。他人の何倍も努力できるその姿勢が、今回の粘りに表れたのだと思います。周りを笑顔にするパッションの中に、それを秘めているのです。
「二人のおかげで立ち直れた、ほんとありがと!アーちゃん、日曜忘れないでね、街までお出かけだから!あ、コートはついてきちゃだめだよ。あたしとアーちゃんの二人旅だからね」
念を押してウールちゃんは去っていきました。ユウさんも用事があるそうで、一足先にトレセン学園に戻るそうです。残されたのは、私とコートちゃんでした。
「もう今年も終わるのね。年が変われば、私たちはついにクラシック級の扉を開ける。何が起こるのか、楽しみでしょうがないわ。私、ずっと思ってるの。いつかG1の大舞台を三人で走れる日が来ないかなって。だからそのために私は努力し続ける。二人に劣らないウマ娘のために」
「ふふっ、さすがコートちゃん。私も、二人とレースに出たいな。いつか絶対一緒に走ろうね。約束だよ」
「も、もちろんよ。けど約束と言われると、なんだか少し緊張してしまうわ」
私はこれからどんなウマ娘になって、どんなレースをしていくのでしょうか。当然今の私には分からないのですが、今日の約束だけは、いつまでも覚えていようと思います。私の赤い顔を照らしていたのは、夕日だけではありませんでした。そこには、屈託のない秀麗な笑顔のコートちゃんがいました。