「激動の十二月だったね。色んな出来事があって、アーちゃんもついにクラシック級かー」
年末、ナタリーさんと寮で世間話をしていました。ユウさんは年末の仕事に追われているみたいで、なかなか近寄りづらい状況でした。コートちゃんは最優秀ジュニア級ウマ娘に選出されて、各雑誌のインタビューに引っ張りだこです。トレセン学園の年末は忙しないです。
「思い返せば色々あったなー。こんなに美しい子が入学してきたと思ったら同室で、めちゃ根性あって。世代のトップでずっと戦ってるんだもん」
ぽんぽんと私の頭を撫でています。これも、何回してもらったでしょうか、その度に、ナタリーさんに勇気をもらってきました。
「ナタリーさんだって、エリザベス女王杯、とってもかっこよかったです」
「まあ、みんなのおかげだよ。あ、そうだ、練習しばらく無いなら実家帰ったら?お母さんも会いたがってると思うよ」
最近はお母さんと連絡を取る機会がなかなか無くて、少し疎遠になっていました。そう考えてしまうと、いささかのホームシックの感情が心の内に芽生えるのでした。唐突の発言でしたが、年明けはさらに忙しくなってしまうので、帰省するなら今しかありません。久しぶりにお母さんの顔を見ることができると思うと、トレーナー室へ向かう私の心ははやるのでした。
「もちろん大丈夫だよ。せっかくだから両親に顔を見せてあげてほしい。練習の計画が立ったらまたお知らせするから、それまでは自由に過ごしてほしい」
すぐに寮へと戻って、荷物をまとめ始めました。
トレセン学園と比べて何度か肌寒くなって、流れる川は鏡よりも澄んでいます。夏はカエルや昆虫が活発に活動して、冬は逆に全く静かで、早朝は異界の雰囲気さえ醸し出す山奥。枯れない緑は呆れるほど眩しくて、遥か遠くまで続いているのです。時折私以外の存在が空虚に感じてしまうほどの静寂が訪れる広々とした場所でした。故郷に、帰ってきたのです。この少し立て付けの悪い戸も、電流が流れる柵に囲まれた畑も、私を出迎えていました。
「ただいま、お母さん。お父さん」
何十年育った実家に、落ち着きを隠すことができませんでした。大好きなお母さんとお父さんの元に戻ってきたのです。
「おかえり。そんなにはしゃぐと危ないよ」
「えへへ、久しぶりだから嬉しくて。お父さん、ちょっと痩せたね」
「お前がいなくなって寂しくてな。飯が喉を通らん」
「もう、私は元気にやってるっていつも言ってるのに」
「この人、レース映像も何度も見返しててね、手紙はまだか、電話はまだかばっかり」
二人の温かな瞳を見つめているだけで、少し目が潤んでしまいました。私の無事を祈り続けて、支えてくれている人がいる。お父さんとお母さんのおかげで私はこうして無事走ることができているのです。それを強く実感しています。二人のために、もっともっと強くなって恩返ししたい、その思いも比例して大きくなっていくのです。
「どのくらい泊まっていくんだ」
「一週間くらいだよ。私、おいしいもの食べたいな、お父さん」
「任せなさい。とびきり良いやつ買ってきてあるからな」
夕方、久しぶりの故郷を見て回ることにしました。雪が降りそうな天気の中、バスも来ることがないので、歩きで行くことができる範囲だけです。ちょっと暗いな、蚊の鳴くような声で呟いた言葉が山に溶けていきました。しばらく歩くと、この地域のシンボルの図書館が見えました。小さい頃からよく来ていて、トゥインクルシリーズに関する雑誌や本もたくさん読んでいました。ここだけは時代の波に乗り遅れることがなかったので、それなりに新しい情報が入ってきます。行くあても無かったので、吸い込まれるように私は中へと入っていきました。
木材の湿った匂いが鼻をくすぐって、中は閑散としていました。田舎なので賑わっているわけはないのですが、私はこの雰囲気が好きでした。近代化の波があるとすれば、それに飲まれることなくただ仁王立ちしているこの古さに奥ゆかしさを感じるのです。何を読もうか、歩き回っていると、奥のテーブルに、一人の女性が座っていました。コートを椅子にかけて、一冊の冊子を読んでいます。声をかけると、私に顔を見られないように、そして小さな声で返事しました。
「私、人を探してるんです。これを見れば何か分かるかなって思って」
手に持っていたのは『トゥインクル』でした。ある一ページを指差して、この子を探していますと小さな声で。それは間違いなく、私でした。なんとも偶然ですが、ちょうどよかったです。
「見つかってよかったです。私に何か用事がありましたか」
「はい。今からアーちゃんの自宅にお伺いしようと思いまして」
唐突に聞き覚えのある声が館内に響きました。そして、見えないようにしていた顔をこちらに向けると、見覚えがあるどころか、ずっと一緒にいた人が目の前にいるのです。
「ウールちゃん!?」
思わず取り乱して、大きな声を出してしまいました。ここはトレセン学園から何時間もかかるような田舎です。そんな場所に、ウールちゃんがいるはずがありません。頭がハテナでいっぱいになって、呂律が回りませんでした。そんな私を見て、にししっとウールちゃんは笑いました。
「作戦大成功だね、アーちゃん。デュエットナタリー先輩に聞いたら、帰省したって言うもんだから、ついてきちゃった。結構寒かったからここでゆっくりしてたんだけど、まさかアーちゃんの方から来てくれるなんて。やっぱりあたしたちは運命の関係なんだね」
きゃっとわざとらしそうに顔を手で覆い隠すウールちゃん。まだ頭が混乱しています。お母さんとお父さんは知っていたのでしょうか。ウールちゃんはさらに続けました。
「もちろんアーちゃんのご両親には伝えてあるよ、泊まっていいってさ。ほんと、アーちゃんに似て素敵なお二人だったよー。って、アーちゃん聞いてる?」
二人はウールちゃんが来ることを知っていて、ウールちゃんはわざわざここまで来て、さらにお泊まりする。何を言っているのか全く分かりませんでした。全然嫌というわけではないのですが、私にはあまりに突然のことだったのです。
「そういうことだから、時間もいい感じだし、家に帰ろー、お家に帰ろー」
驚きで何も言えない私を引っ張って、ウールちゃんは走るのでした。外はまた一段と寒くなったようです。
「雪降ってるじゃん」
決して積もるような激しさではなくて、地についた瞬間に溶けてしまうような気候でしたが、ウールちゃんはわーいとはしゃいでいました。私の手を引っ張る強さも上がって、けれどそれは、山の清澄な冬が私たちを連れていっているように思われました。