秋の向こうへ、その向こうへ。   作:たいたい35

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私の長所は......

次の日、トレセンでは本格的に座学の授業も始まりました。ウールちゃんはもう一時限目から意識が危なかったです。私は、勉強はそこまで苦手ではないですが、ノートを取るのが少し苦手です。要点をまとめるのによく苦心します。ですが、最初なのでなんとか授業に追いついています。

 

「春シニア三冠のうち、一つ分かるやつ。じゃあフルアダイヤー。答えて」

「宝塚記念です」

「よく予習しているな、偉いぞ」

 

フルアダイヤーちゃんの方を見ると、フリフリと尻尾が揺れていました。ただなびいているわけではなさそうです。ここからではよく見えないですが、少し顔が赤い気がしました。その次の、またその次でも、彼女は先生に指名されても素早く問題に答えていました。もしかして、勉強が得意なのかも。

 

「ねえねえ、フルアダイヤーちゃん。さっきはすごかったね。私なかなかノートを取るのが遅くて、授業についていくので精一杯なんだ。何か勉強のコツとかあったら、教えてほしいな」

 

彼女は相変わらず窓の方を見ていました。ようやくこっちに気づいたようです。

 

「え、私。その、ありがと。コツとかは、特に無い。頑張るしか」

「そ、そうだよね、ごめんね。授業の時のフルアダイヤーちゃん。すっごくかっこよかったから。そうだ、せっかくだから、あだ名とか考えちゃってもいいかな」

 

フルアダイヤーちゃんは落ち着かない様子でした。なんだかペットの犬が「待て」をされている時のようです。ウールちゃんが言っていました。お近づきになるにはまずあだ名から。私たちもあだ名で結ばれているのです。それが言霊なのですって言っていました。最後は少し分からないですけれど。

 

「別に、いいけど」

「ほんとに?じゃあ、フルアダイヤーちゃんだから、アイちゃんで。どうかな?私のことは、ウールちゃんみたいに、アーちゃんって呼んでほしいな」

「分かった」

「また勉強のこと聞かせてほしいな。アイちゃん、ありがとう」

「うん」

 

少しそっけない態度でしたが、また一歩友達に近づくことができたと思います。私が席に戻ると、ジュースを買いに行っていたウールちゃんも戻ってきました。

 

「ねえねえウールちゃん、フルアダイヤーちゃんがね、アイちゃんって呼んでいいって言ってくれたの」

「ほら、言った通りでしょ。ここからもっと距離を縮めていこう。言霊でね」

「えへへ、そうだね」

 

授業を終えて、今日もまた、ターフへと向かいます。そこには、ナタリーさんの姿もありました。あれはナタリーさんの所属しているチームでしょうか。そうそう、学園のウマ娘は、それぞれ「トレーナー」の人と共に何人かのチームを組んだり、一対一でタッグを組んだりして、練習に臨みます。ナタリーさんのトレーナーの方は優秀で、学園内でも噂になっていました。当然そのトレーナーさんが率いるチームの先輩方は全員優秀です。重賞を何勝もしていたり、G1を制した先輩もいるみたいです。私に気づいたナタリーさんが、こちらに駆け寄ってきました。

 

「お、来てくれたね、さっそくだけど、もう練習始めちゃおっか。さあさあ着替えて着替えて」

「え、ちょっと待ってください。私その、まだ模擬レースも終わっていないですし、ナタリーさんも、練習がありますよね」

 

来週開催される新入生同士での模擬レース。その結果を見て、トレーナーの人たちは光る原石を発見して、チームにスカウトします。なので、その模擬レースが終わってから、トレーナーさんの指示のもとで、本格的に練習を始めるのが一般的です。

 

「あたいのことはいいから、さっそくマイルコース走ってみよう。時間は無いからね、もう今のうちから力をつけてかないと。あたいが見てるからって緊張しなくていいからね、楽に走ってくれていいよ」

 

本当に大丈夫なのでしょうか。私は促されるまま、ジャージへと着替えたのでした。

 

「じゃあいくよー、よーい」

 

笛の音が高らかに響きました。程良い緊張の中、精一杯芝を蹴り上げて、走り出します。周りを気にせず、ただ一ミリでも遠くに足を伸ばして、ただ一秒でも早くゴールへ。その一心で走り続けました。他のことを考える余裕はありませんでした。

 

「どうでしたか、ナタリーさん。多分そこまで早くないと思います。ガッカリされましたよね。あんなに意気込んでたのに、こんな記録だなんて」

 

記録を聞くのは恐ろしかったです。ナタリーさんの顔を見るのはもっと怖かったです。大嫌いなお化けなんかよりずっと怖かったです。分かっていても、否定されるのは嫌でした。結局、記録が全てなのですから。

 

「何考えて走ってた?」

「えっ」

 

思わず声が出てしまいました。真っ先に記録を言われて、ちょっとこれでは厳しいね、そう苦笑いされて、練習を終えるつもりでいました。

 

「その、情けないですけど、何も考えられなかったです」

「オッケー。なのにあそこまで。これはかなりの長所だね」

「えっ」

 

またびっくりして、金切り声のような高い声をあげてしまいました。私に長所が無いことは私が一番よく知っているはずなのに、二冠ウマ娘のナタリーさんに褒められるところがあるなんて思っても見ませんでした。私は瞳を潤んで、視界を濁しながら、ナタリーさんに向かいました。

 

「何か、良いところがありましたか」

「もちろん。無意識にできることじゃない。アーちゃんの武器は間違いなく、あの恐ろしいほどの体幹、バランス感覚だね。全く揺れず崩されない姿勢。体幹はもちろん鍛えればいい話だけど、あそこまでとなると話が別だよね。正直、びっくり。あれ、どうして泣いてるの?」

「そ、その。違うんです。遅いって言われるのが怖くて。私にそんな強みがあったんですか?」

 

この胸の高鳴りはなんなのでしょうか。自分でもできるかもしれない、自分に、期待してみてもよいのかもしれないという思いでした。遠い憧れは、憧れではなくなるのかもしれないという思いでした。

 

「あはは、ほんとかわいいね、アーちゃんは。もっと自分に自信を持って。なかなかいないよ、あそこまで言えるのに、自信はこんなにも無い子。大丈夫、アーちゃんは強くなるよ。それにはっきり言って今の段階のスピードなんて、タイムなんてどうでもいい。あたいは、アーちゃんの強みを知りたかった。すると思わぬ要素が見つかったから。まったく、走ってみるものだよね。あ、タイム自体も悪くなかったよ」

 

目の前がパッと明るくなりました。それは、カーテンを開けて一気に差し込む朝日のようでした。何かを達成したわけでもないのに、肩もすっきり軽くなりました。それからは、ナタリーさんにさっきのレースについて色々アドバイスをもらって、軽いトレーニングをしました。嬉しさのあまりスキップをしながら寮へ向かう私の頭に、一枚の桜の花びらが落ちました。私は、それに優しく息を吹きかけて、また帰路につきました。

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