秋の向こうへ、その向こうへ。   作:たいたい35

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家族

「お邪魔しまーす」

 

笑顔でウールちゃんを出迎えたのは両親だけではなくて、豪勢な食事も仁王立ちしていました。まず目に入るのは、大きな蟹でした。鍋に浸かって真っ赤に燃えて、湯気を放って私たちを誘惑してくるのです。しかし、それだけではありません。とにかく海鮮づくしで、鮮やかなマグロやサーモン、まるで何かの宴会のような、テーブルの端まで豪華な食事で埋め尽くされていました。それを認識したウールちゃんは、飛びつくように見入っていて、餌を前にしたライオンのようでした。みんな準備を終えて、「いただきます」。四人の声は揃いました。

 

「まって、この蟹おいしすぎでしょ!やばいやばい、ほっぺたが落ちゃう、というか落ちてる!」

 

箸が止まらないウールちゃんを、お母さんは笑って見守っていました。私も一口食べてみて、ここまでおいしい蟹があるのかと思いました。雑味が無いとか、味が深いだとかそんな言葉で表す必要はなくて、ただ身体が喜んでいました。人は本当においしい食べ物に出会うと、かえって感想が出なくなってしまうのです。それを肌で感じました。おかずには縁起の良い食材も並んで、正月のようでした。

 

「お母さんお父さん、これまじでおいしいです!あたし、心の底から幸せです、ほんとにありがとうございます」

 

そう言いながらもかきこむウールちゃんを見て、お母さんがふふっと笑いました。

 

「今の、アーちゃんにそっくりですね。お顔も佇まいもアーちゃんに似て素敵で美しいです!お父さんも、お酒あたしが入れますよ!」

 

褒め上手ねと二人して笑っていました。持ち前のコミュニケーション能力で、ウールちゃんはすっかり我が家に馴染んでいました。もう一人家族が増えたような気がして、心が暖かくなりました。それは、食事の効果でもあったのかもしれません。お父さんは顔を酔いで朱に染めて、なぜか涙を流していました。

 

「お父さん嬉しいぞ。あっちに行った時は不安でしょうがなかったが、こんなに素敵なお友達を連れてきて。ああ、俺は幸せ者だ。もうずっと泊まっていきなさい」

「もう、あなた。ごめんねウールちゃん。この人酔っちゃってるから、気にしないで」

「いやいや、あたしはもうここをアーちゃんと一緒に守っていく準備はできていますよ!任せてください」

 

ウールちゃんも悪乗りが過ぎます。お母さんは尊敬が混ざったようなため息をしていました。その後は時間があっという間に思えて、蟹鍋に負けないくらい、この空間は温もりで満ちていました。外の様子が全く見えないほどの暗闇が窓から覗いていますが、その分だけここは明るくなっていきます。そして寒さでさえ、吹き飛ばしてしまうのです。

 

「いやー、めっちゃ食べたね。あたしも久しぶりに本気出しちゃった。お腹もいっぱいだし、ちょっとだけ探索しちゃおっかなー」

 

酔ったお父さんが何やら色々持ってきました。誇らしげに見せたのは、私のアルバムでした。そこには小さい時の私の写真や、トレセン学園に入学してからの記事の切り抜きなど、日付も合わせて保存されていました。

 

「え、これ小さい頃のアーちゃん?かわいすぎる、ほんとに天使だ。かわいすぎて、逆に冷静になっちゃう」

「お父さん、恥ずかしいよ」

 

顔から火が出るような思いでした。ウールちゃんは私に構わずまじまじと見つめています。変な発言もしています。お父さんは、一枚一枚細かく説明していきました。

 

「アーちゃんはこの頃からひたむきで真面目だったんだね。綺麗な目も綺麗な髪も、昔から変わってない。さすがアーちゃん」

 

お父さんは、俺の自慢の娘だからと鼻を高くしています。次に取り出したのは、阪神ジュベナイルフィリーズの一枚でした。私にとっては負けてしまった苦い思い出。さっきまでは言葉に詰まらなかったウールちゃんも、この話題には触れにくそうでした。お父さんはこの写真を見せた時から涙を流していました。

 

「俺は嬉しい。愛娘がこんなにがんばって走ってるんだ。これを見てた時、涙が止まらなくてよ。今でも毎日見直して、その度枯れるまで泣いてんだ。こんなに幸せな思いをしちまって、俺はほんとに幸せもんだ」

 

お父さんの思いが移ったのでしょうか、お父さんのその告白を、涙無しで聞くことはできませんでした。お父さんはレースの結果なんてどうでもよくて、前を向いて走っている我が子の成長がたまらなく嬉しかったのです。他のウマ娘と切磋琢磨し自分を高めている姿だけで満足なのです。そう考えた途端、お父さんの愛情がとめどなく流れてきて、涙を流さずにはいられなかったのです。私は本当に、大好きなお父さんと大好きなお母さんに愛されていると、心から思います。私の走る姿は、確かに届いているのです。それが何よりも嬉しいのです。

 

「あたし、分かっちゃった。アーちゃんがなんでこんなに立派なのか。そりゃ、こんな素敵なお二人だから、アーちゃんも似るはずだよね」

 

静粛な空間だからこそ響いた声でした。しっとりとしていて、今にも消えそうな声でした。けれど私にははっきり聞き取ることができました。

 

「あたし、ここにきて本当に良かったです。生きていくうえで、一番大切なことを知ることができました。なれるなら、お父さんのような大人になりたい、そう思います」

 

その瞳は、確かに潤んでいました。お父さんの小さなコップに、ウールちゃんは最後に一杯ビールを注ぎました。それを一瞬で飲み干して、照れくさそうにお父さんは自室に戻っていきました。

 

「お風呂、先どうぞ」

 

机には、年季が入ったアルバムが静かに眠っていました。その表紙には、決して綺麗とは言えない文字で、アルバムの四文字と、私が送った手紙が畳まれていました。

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