秋の向こうへ、その向こうへ。   作:たいたい35

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クラシックへ

「ふう、気持ちよかったー」

 

ウールちゃんがお風呂から上がりました。布団に突っ伏して、惚けています。私は窓から澄んだ夜空を見つめていました。昼の曇天とはうってかわって、どこまでも紺碧が広がっています。金平糖を砕いて散りばめたような星々が浮かんでいて、手を伸ばせば届いてしまいそうです。

 

「あっちじゃこんなに星見れないもんね。綺麗だねえ」

 

隣でウールちゃんがささやきました。その声は静かに消えていきます。二人でしばらく星空を眺めていると、唐突に顔を近づけてきました。

 

「やっぱりそうだ。いつものアーちゃんの匂いは、ここのシャンプーだったんだね」

 

ウールちゃんの髪が当たってくすぐったかったです。甘い匂いが周りに漂いました。

 

「じゃあ今のあたしは、アーちゃんと同じ匂いってことだよね!コートに自慢しちゃおー」

 

記念に二人で一枚撮りました。真っ先にコートちゃんに転送していました。その後、布団の上に寝転がって、何やら楽しそうでした。

 

「和室に布団が二枚で、アーちゃんとお泊まり。こんなことなかなか無いよね。あたし的には、布団は一枚でもよかったんだけど」

 

そんな冗談を言ういつものウールちゃんなのですが、風呂上がりのせいで、少し大人びたように思われました。私の視線をじれったく感じたのか、それとも発言に私が動揺しなかったからなのか、逆にウールちゃんが目を逸らしてしまいました。

 

「ちょ、アーちゃん!?」

 

途端に愛おしく思えてしまって、ウールちゃんの布団に忍び込みました。さすがにウマ娘二人には少し窮屈で、シャンプーの匂いが伝わってきました。ウールちゃんは向こうを向いて、じっとしていました。

 

「ウールちゃんとお泊まり、嬉しいな」

 

今度は私が呟きました。照れるウールちゃんはかわいくて、なんだか妹ができたような気持ちです。愛しさに満ちていました。二人の間にはしばらくの静寂が流れます。こんな時間が無限に続けばいいのに、そう思いました。

 

「二人だと温かいね」

「今日のアーちゃんは積極的だった……」

 

二人の体温で布団は少しずつ熱をもっていきました。耳が凍ってしまうほどの寒さでしたが、今はとっくに吹き飛んでしまって、残るのは心臓の鼓動だけでした。観念したようにすっかり静かになってしまったので、ようやく私は自分の布団に戻りました。友達と実家でお泊まりだなんて初めての経験なので、少しはしゃいでしまいました。

 

「もうすぐクラシックだね」

「ついに三冠に挑むことになると、なかなか時が過ぎるのも早いよね」

 

ウールちゃんの顔は熟れたトマトのように朱に染まっていました。年が明けたら、私たちはクラシック級の舞台に足を踏み入れることになります。そしてそれは、夢のトリプルティアラへ挑むということです。それを考えてしまうと、底が知れない不安が心の深い部分から、ゆっくりとこちらを見ているのです。胸に手を当ててみると、激しく振動していました。

 

「大丈夫、アーちゃんにはあたしがいるから。手、出して」

 

私の手をウールちゃんが白い手で包みました。布団から出した手は少しずつ冷たくなっていくはずですが、ウールちゃんの綺麗な手がそれを許しません。それどころか、やんわり温かくて。アーちゃんにはみんながいるよ、そのウールちゃんの思いが、手を伝ってきました。

 

「ふふっ、ウールちゃんの手、あったかい」

「あたしの体温の全てをアーちゃんに捧げてるからね。あたしたちなら大丈夫。二人で支え合っていこ?」

 

ウールちゃんの慈しみの心に、口から出かかっていた不安が消え去りました。もう二人が離れないように、手を強く握り返しました。ウールちゃんは満面の笑みを見せてからゆっくり立ち上がって部屋の電気を消しました。目の前が真っ暗になりましたが、私は気絶したように安心してしまって、そのまま眠りにつきました。

 

 

 

「数日間、本当にお世話になりました!」

「もう行ってしまうのか、また寂しくなるな。辺鄙な山奥だが、いつでも待ってるからな」

「また時間ができたら来るね、お父さん。私がんばるから、見ててね」

 

寒さで赤く腫れた私の顔には、ぬるい涙が染みました。少し寂しいですが、しばしの辛抱です。何か言うことはないか、思考を巡らせていると、一つ思い当たることがありました。

 

「お母さん、私、指輪嬉しかった。とっても綺麗で、ずっと付けてるの」

「それは私たちからの贈り物。今度は大切な人ができた時に、お揃いのを。ね?」

「お、お母さん、恥ずかしいよ。ウールちゃんもいるのに」

 

お母さんはふふっと笑っていて、ウールちゃんは隣でひっそりと笑っていました。雪景色の中で、私の頬は赤色でした。これはクラスで話の種になってしまいそうです。でも、悪い気はしませんでした。

 

「では、またいつか」

 

マフラーがひらりと舞って、二人のウマ娘は雪を踏み始めました。やっぱり空は灰色です。だから遠い異国の雪国に迷い込んでしまったような気持ちになってしまうのでしょうか。けれどそこには温かい実家が確かにあって。私の心の快いざわめきは、そのせいかもしれません。

 

「ほんと、良い所だね。来年もこよっか」

 

ウールちゃんの呟きが、灰色に消えていきました。




次でジュニア級編は終わりになり、クラシック級になります。拙く長い文章でしたが、二次創作として少しでも楽しんでいただけたら幸いです。見てくださった方、本当にありがとうございました。
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