秋の向こうへ、その向こうへ。   作:たいたい35

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(番外編)六話 全日本ジュニア優駿

「ジュニア級ダートの頂点を決める戦い、全日本ジュニア優駿!中央からはこの子が出走、一番人気八番フルアダイヤー!デビューから数えて三連勝で、世代の最強を狙います」

 

トレーナーはこんな大舞台を用意した。今のあなたならG1級のレースでも勝ち切ることができる。天才の器だとか、最強だとか調子のいいことを色々言われた。コースに入場した途端、歓声がさらに大きくなって、私への期待の大きさを物語っていた。先日、今回のレースに向けてのインタビューをされた。やけに気合の入った人で、私の意気込みやこれからを事細かに聞いてきた。殊勝なことは何も言えなくて、良い雰囲気でインタビューが進むことは全くなく、記者のテンションも段々と落ちていった。やはり気高い目標がを持ったウマ娘の方が、かわいく美しく映るのだろう。とりわけアリアンスなんかは、特に目をつけられている様子だった。簡単に理想が持てたら、私だってこんなに苦労していないのに。

 

「中央からは五人参戦。地方の精鋭が迎え撃ちます。数々のスターを生み出したこのレースで、今日はどんなドラマが生まれるのでしょうか」

 

満月がヒーローの誕生を待ち望んでいる。白い土は思っていたよりも硬く、私にはマイナスに働く予感がした。気温は一桁になるだろう極寒の川崎で、熱戦の火蓋が切られようとしている。ふと観客席を見ていると、白髪のウマ娘が一人、こちらに手を振っていた。私が近寄ると、安心したような顔をしていた。

 

「よかった、アイちゃん気づいてくれた。一番人気なんてすごい。私、たくさん応援するからね」

 

アリアンスが月に映える今紫の瞳を輝かせて私を見ていた。私にこんなに期待して、どうしようというのだろう。心には暗雲が立ち込めていた。どうしても目標が掴めなかった。どうしても走ることが億劫だった。

 

「アイちゃん、大丈夫?なんだかとっても苦しそう。すぐにトレーナーさん呼んでくるから待っててね」

「大丈夫だから」

 

走り出そうとした彼女を止めた。トレーナーに近くで見なくていいと言ったのは私自身だった。彼女は病人を見るような目でこちらを覗き込んでいた。また色々と言われるのは正直面倒なので、私一人で走れると伝えていた。意味のないため息が白く光った。

 

「パドックでの様子はかなり落ち着いて見えました、フルアダイヤー。この子の前では重圧も敵ではないのでしょうか、ゲート入りは順調に進んでいます」

 

「地方だからって舐められるのはもうおしまい。フルアダイヤー、私はあなたを倒して、地方が中央に劣ってないことを証明する」

 

ゲートに入る直前、栗毛のウマ娘が威圧的な声をかけてきた。三番人気、七番のマロンナットだった。私の素っ気無い返事に驚いたようで、馬鹿にしているのと睨みつけてきた。他にも何か言っていたけれど、よく分からなかった。

 

「拍手に包まれて、バラついたスタートになりました。積極策に出るのは一番、それに続いて、流れるように後ろについていきます。フルアダイヤーは中団で周囲を伺っています。いつ抜け出すのでしょうか。それを見るように七番マロンナット、そして二番という形です。少々縦長の展開になりました」

 

後ろから強烈なプレッシャーを感じて、前は塞がっていた。私が仕掛ければ後ろから即座に差しが迫ってくる。けれどそもそも仕掛けることができない。前が空くのを待つしかなかった。ただゆっくり力を抜いて走っていた。最後方のウマ娘が外から被さって、最後のコーナーに差し掛かった。

 

「一番がさらに速度を上げる、土を被って最後の直線!一番が粘る粘る!フルアダイヤーは伸びない!外からマロンナットがやってきた!フルアダイヤーは完全に塞がれた!一番は粘るが恐ろしい末脚でマロンナットが迫ってくるぞ!」

 

いつのまにか私の進路は無くなっていた。そして、私のマークに必死だったウマ娘はそのまま脱落していく。観客の歓声が悲鳴に変わっていくのが分かった。けれどなかなか足は前に進んでくれなかった。前のウマ娘の隙間から微かに見えたのは、さっきのマロンナットと、一番の本気の粘り合いだった。もし私がこの集団から抜けられたとしても、この二人の勝利への執念と戦うにはあまりにも気持ちに差があった。

 

「マロンナットが差し切ってゴールイン!地方のウマ娘が見事に決めました!一番は惜しくも二着、しかし負けて強しの走りでした!一番人気フルアダイヤーは惨敗です!得意の末脚は夢となってしまいました。会場のどよめきはおさまりません!」

 

試合前はあんなにも私を煽てていたのに、観客の視線は冷たかった。私に心底絶望した瞳で、呆れていた。私に勝手に期待して、一度敗北したくらいでそれほどの罵声が飛び出すのも、私に劣らない痴れ者だと思った。ただ下を見つめながら控え室に戻ろうとすると、王者がまた声をかけてきた。

 

「私は本気で仕上げてきたのに、あの走りは何?地方だからって舐めてかかった?私ごとき敵じゃないって?」

 

取り乱しながらも、怒りを前面に出していた。念願の勝利のはずなのに、あまりにも納得のいっていない様子だった。本気じゃないと言えば聞こえはいいかもしれない。けれど私はただ走る気が無いだけだったのだと思う。しかし目の前のウマ娘の本気の瞳の前でそれを吐露するのは、あまりにも無礼だった。何も言葉が浮かばなくて、結局私は黙ったまま俯いていた。

 

「そう、何も言わないのね。私はあなたのあの力強い走りに憧れていたのに。周りとのレベルの差を見せつけたあの土の足跡を心から尊敬していて、ようやく戦えると思ったのに……!後ろを見て。あなたの足跡は、いったいどこにあるの?」

 

何も答えることが出来なくて、ただただ黙っていた。何も知らない子に憧れの対象とされて、呆れられて。いい迷惑だった。その様子にうんざりしたように彼女は吐き捨てるように言った。

 

「目も合わせず黙ったままなのね、信じられない……」

 

今にも泣きそうな、弱々しい声だった。私も知りたかった。どうしてそこまで走れるのか。どうして本気になって誰かを負かそうと思えるのか。練習すればするほど、目の前が暗くなっていくだけなのに、何をすればそれほど続けられるのか。迷いの渦に飲み込まれてしまった私には、彼女の言葉は届かなかった。それなら、聞きたかった。

 

「どうして、そんなに本気になれるの」

 

彼女に負けず劣らずの弱った声だった。その言葉に彼女は驚きを隠せないようだった。私は気にすることなくたたみかけた。

 

「そ、そんなの聞くまでもない。勝利の先の輝きのために決まってる。相手のことを知らなくたって、一度その走りに魅了されれば、一緒に走ってみたいと思うはず。そして本気のレースでお互いを知ることができる。その姿は何よりも美しく、尊いものじゃないの?あなたにはそれが分からない?」

 

そんな抽象的なもののためにがんばることは、私にはできない。それならもう、私には走る資格なんて無い。

 

「もう私なんて目指さない方がいい。あなたが思っているほど私は強くないし、誰かに憧れてほしいだなんて思わない」

 

最後まで目を合わせることなく罵声を受けながら私は去っていった。一番響いたのは、マロンナットの声だった。必死に私に呼びかけて、何かを伝えようとしていた。けれど、何を言っているかは分からなかった。

 

「そんなのって、そんなの酷すぎるよ……」

 

ジュニア級のダートの頂点に輝いたウマ娘の背中は、あまりにも小さく、惨めだった。泣きじゃくるその様子は観客に深い衝撃を与えた。そして、その姿はフルアダイヤーへの批判となって瞬く間に広がっていった。




今回で一区切りとなり、次回からクラシック級編に入ります。ここまで見てくださった方々、本当にありがとうございました。
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