「え、あの子と一緒だったの」
翌日、ウールちゃんが興味津々に聞いてきました。サラダを食べていたコートちゃんも、尻尾を立てています。偶然鉢合わせして、一緒にアイスを食べたことや、お母さんのための指輪を探したことを伝えました。
「でも、上手にお話しできなかったの。もしかして、迷惑だったのかな」
「フルアダイヤーさんを応援したいというアリアンスさんの気持ちは、きっと本人にも伝わっているわ。口では色々言うけど、励みになってるはずよ」
「そうだと良いけど……」
「だいたい、アーちゃんがここまでしてあげてるのに、無愛想過ぎるんだよ。あたしは正直苦手だなあ」
ほっとけばいいんだよとポテトをつまむウールちゃん。何でもない、苦しくて辛い思いをしている人ほど、そう言います。アイちゃんの瞳からは誰が見ても分かるほどはっきりと光が消えていて、濁っていました。走りにも覇気が感じられなくて、それ自体に苦痛を感じているようなのです。それに、一人でひたすら困難を抱え込んでいます。どれだけ些細な悩みでも、誰かと解決してはいけないなんてことは決してなくて、自分一人で背負う必要なんて全くなくて、それが自分にとって苦しいのなら、好きなだけ周りを頼ればいいのです。ユウさんは言っていました。迷惑なんて、それで成長するなら好きなだけかければいい。それが支える者の役目だって。素敵なことだと思います。アイちゃんを見ていると、ふと思ってしまうのです。
「アーちゃん、大丈夫?もしかしてポテト欲しかったとか。はい、どーぞ」
ウールちゃんから差し出された細長いポテトを食みました。アイスの甘さとは違って、塩辛さが喉まで広がりました。
「確かに気にかけてあげるのは良いことかもしれないけどさ、あたしももっと見てくれないと妬いちゃうなー。一応あたし、次走重賞なんだけど。結構練習がんばってるんだけどなー」
「ご、ごめんねウールちゃん。ウールちゃんのこと無視してたわけじゃないの」
ふてくされるウールちゃんと、取り乱す私。いつものようにコートちゃんの仲裁が入ります。
「いたっ、もうちょい手加減してよ。なんだよ二人して、別にいいし、きさらぎ賞で結果出して、アーちゃんはあたしに釘付けだもんね。またあたしのとこに戻ってきてくれるって信じてるからいいもん。やっぱりウマ娘は走りで語らないとね」
「さすがウールちゃん。けど、本当にウールちゃんが圧勝しちゃったら、私、もうウールちゃん以外見えなくなっちゃうかも」
「なっ」
「何その満更でもなさそうな顔。色々文句言うけど、アリアンスさんの前では弱いんだから」
「絶対その言葉忘れちゃダメだからね!もし勝ったら一日中付き合ってもらうから!」
やれやれとコートちゃんが呆れていました。きさらぎ賞はG3ですが、それを忘れてしまうほど、ウールちゃんの実力が抜けているのです。ユウさんからは、ホープフルステークスで死戦を演じたピッドの二人はおそらくまだ出てこないだろうとのことでした。さらに、今回が重賞初挑戦の子もいるみたいだから、言葉は悪いけど、圧勝してもおかしくないとも話していました。けれど不安要素が全く無いというわけではありません。しかしその不安も、今のウールちゃんの笑顔の前では虚しいだけでした。
「午後の授業絶対寝ちゃうよー」
放課の終了を告げるチャイムが、無慈悲にも鳴り響きました。
「お疲れ様ですトレーナー」
トレーナー室のカレンダーに予定をあれこれと書き込んでいるユウさんがいました。今日はいつも以上に忙しそうです。
「何かあったんですか」
「ちょっと色々考えてて。もうすぐ終わるから少し待ってね。あ、そこのケーキ食べていいよ。コートちゃんがさっき持ってきてくれた。一応アリアンス宛だって」
「そういうことならありがたくあたしが頂きましょう。ご丁寧にフォークまで」
イチゴが二つ乗っている方はウールちゃんが取っていきました。その代わり一回り大きなサイズの方をもらいました。きっとコートちゃんは私たちのことを分かっていて、この二択にしたのだと思います。ユウさんの仕事が終わるまで談笑を楽しんでいると、唐突に扉が開かれました。
「失礼しまーす。えーと、あ、いたいた」
場を凍りつかせるような雰囲気を放つのは、ナイズちゃんとそのトレーナーさんでした。ウールちゃんの目つきが変わります。強い警戒心を抱いてるみたいです。私から見ても掴みどころの無い子で、何よりホープフルステークスでウールちゃんを負かしたウマ娘です。そんな子がトレーナーの方まで引き連れて何の用事なのか、不思議にならないなんて無理な話でした。
「わざわざ来てくださるなんて、何か用事がありましたか」
「あなたなら言わなくても分かるでしょう。私たちは、ショートウールの勧誘に来ました」
胸が急に苦しくなりました。ウールちゃんも目を大きく見開いています。何も考えられなくなるほど焦っている私に対して、ユウさんは至って冷静で、けれど見たことないほど鋭い目つきで睨んでいました。
「あなたのやり方ではこの子は破滅する。今回きさらぎ賞を使うと聞いて正直がっかりしました。いくら天才の子でも、天才本人ではない。あなたのトレーナーとしての才の無さは、正直呆れるほどです」
ユウさんは黙ったままでした。私も何も言えなかったです。一番尊敬しているトレーナーが目の前で蔑まれているというのに、何も言い返せませんでした。私が出ていって何ができるというのでしょうか。何も結果を残せていない私の言葉にどんな説得力があるのでしょうか。
「さあショートウールさん。あなたにここはふさわしくない。もしあなたが私のところに来ていたのなら、ホープフルステークスの結果もまた違ったものだったでしょう。面倒な手続きはこちらで全て済ませます」
今のウールちゃんの瞳と、ユウさんの瞳は、全く同じです。まるで、自分の何倍も大きなライオンに向かう鷹のようでした。
「分かりました」
小さな声でそう呟きました。えっ、呆気にとられた私は、思わず声を出してしまいます。けど、ウールちゃんはそう断って、続けました。
「あたしの強みと弱点、今すぐ五十個ずつ挙げてください。それができないなら出ていってくれませんか。その時点であなたはユウトレーナーの百倍は劣っています」
呆気にとられたようにポカンと口を開く長身の女性。見かねた隣のナイズちゃんが、歪んだ顔でウールちゃんに近づきました。
「あーあ、せっかく誘ってあげたのに。このままだと君はクラシックでもまたあーしに負ける。ドンマイ。もういいや、勝手に仲良くやってれば?行こうトレーナー」
嵐は去っていきました。ほんの一瞬の出来事でした。けれどそれが私たちに与えた影響はあまりにも大きくて、その後のトレーナー室にさっきまでの温もりはありませんでした。いつもは気が休まる場所なだけあって、今の居心地の悪さを異常に煩わしく思いました。