ユウさんから貰った二枚の水族館のチケット。トレセン学園からは少し遠くて、私は行ったことがないのです。だから朝から気持ちが昂ってしまって、それが身支度に表れてしまっています。どんなお洋服にしようかな、一日のプランはどうかな、たくさん写真撮りたいな、などたくさんの望みが私の身体中を巡っています。
「ウールちゃんとお出かけ、久しぶりかも」
日曜なので、駅前は人で溢れていました。風はまだ冷たくて、マフラーの先がふわふわと舞っています。ティッシュを配っている人や、時計を何度も確認しながら、忙しそうに誰かと電話をする人、そしてお母さんに連れられて、はしゃいでいる子どもたち。そんな人の流れを見ながら、ウールちゃんを待ちました。
「アーちゃんいたいた、待たせちゃってごめんね」
後ろから甘い匂いがして振り向くと、ウールちゃんがいました。鼻が少し赤くて、走ってきたのか呼吸を少し荒げています。けれどそれとは別に、纏っている雰囲気がいつもと違うのです。活力に満ちていて、周りを巻き込んでしまうようないつもの明るさではなくて、むしろゆったりと肩を寄せてしまいたくなるような、シックな感じでした。短く切った髪と身に纏う漆黒が、普段とは全く対照的です。
「えへへ、どうかな。アーちゃんの前だからかっこつけちゃった」
ウールちゃんのウインクと同時に、私の胸が鳴りました。王子様というのは言い過ぎかもしれませんが、私はその大人びた魅力にすっかり魅入られてしまいました。顔を真っ赤にしてしまって、しばらく言葉が出なかったです。
「お、良い反応。アーちゃんにドキドキしてもらえるようにがんばったんだ」
「ウールちゃん、とってもかっこいい……」
恍惚の表情を浮かべて、とろけたようにウールちゃんを見つめてしまっています。雑誌のモデルさんのように魔性の妖艶を纏っているわけではなくて、一人を優しく包む清純なクールさがウールちゃんにマッチして、私を惹きつけるのです。細い脚が、緑の瞳が、私を釘刺して離しません。
「そ、そんなに見られると照れちゃうじゃん!ほら、水族館行くんだよね。さ、行こう行こう!」
操られるように、ウールちゃんの腕にゆっくりと抱きついて寄り添うと、さすがのウールちゃんも慌ててしまって、取り乱しました。その細い腕を、離したくありませんでした。
「ちょっと待って、アーちゃん!?なんか今日変だよ!?さすがにこれはあたしでも恥ずかしいから!それに、その、この体勢だと、アーちゃんの当たっちゃうし……」
そのウールちゃんの慌てぶりに、何かにとり憑かれたように積極的だった私もようやく目を覚ましました。自分が何をしていたのかにやっと気づいて、慌てて手を離します。ウールちゃんにすっかり見とれてこんなことをしてしまうなんて、顔から火が出る思いでした。
「ご、ごめんねウールちゃん。わ、私なんでこんなことを……。ごめんね、迷惑だったよね」
何回も謝って、二人とも顔の火照りは最高潮に達していました。羞恥心のために、しばらく言葉を紡ぐことができなくて、数分が経過しました。もじもじと慌ただしい二人でしたが、やっとウールちゃんが声を出しました。
「そ、そろそろ行こっか」
小さな声のはずなのに、雑音の中でその声だけはしっかりと聞き取れました。歩いている途中、何度も心臓の音がウールちゃんに聞こえてしまう気がします。その度に顔を赤らめてしまって、恥ずかしかったです。
「さっきのアーちゃん、まじでやばかった……」
興奮冷めやらぬまま、会話もあまり弾むことなく目的地へと到着して、今度は私からと、なんとか勇気を振り絞って、聞いてみました。
「ウールちゃんは、どこか行きたいところあるの?」
なるべく平静を装う私でしたが、それはウールちゃんも同じなので、お互い動揺を全く隠せていませんでした。外でも寒さを感じなかったくらいなので、暖房の効いた屋内は、暑いくらいです。
「あ、あたしはジンベエザメ見たいかな、なんて。ほら、大きいし」
とっさに出たかわいらしいジェスチャーに、二人とも思わず笑ってしまいました。そこから、少し二人の緊張は解れて。一度解れてしまったら後は簡単で、園内を回る順番を決めたり、いつのイルカショーを見ようか、そんな話をしたり、トントンと会話が弾みます。まずは、入り口付近のガチャガチャでした。
「これ、コートちゃん好きかも」
「確かに、あいつ意外とかわいいところあるから」
小さなペンギンのフィギュアを何個か当てました。白かったり黒かったり、精巧ながら、かわいさも持ち合わせている質の高いフィギュアです。これなら、コートちゃんも喜んでくれると思います。
「じゃあ今度はあっちだね。クマノミだよ、クマノミ」
日光が消えて、薄暗い空間にやってきました。エンゼルフィッシュやピラニア、有名な魚たちが元気に泳いでいます。
「見て見て、クマノミかわいいよね。イソギンチャクから離れないんだよ。ずっとくっついてて、まるであたしとアーちゃんみたいに」
「もう、ウールちゃんたら」
そんな冗談を言うウールちゃんの顔は、暗い照明の下からでも分かるほど、紅潮していました。けれど、私がイソギンチャクで、ウールちゃんがクマノミなのでしょうか。それとも、その逆なのでしょうか。クマノミとイソギンチャクは全く的を射ていると思いますが、どっちがどっちなのかは、あまり分からないかもしれません。
「コートに聞いたら、アーちゃんがイソギンチャクって言いそうだよね。アーちゃんはどう思う?」
「私はウールちゃんの側にいれるなら、どっちでもいいの」
「アーちゃんあざと過ぎる……。せっかくいつも通り喋れると思ったのに、恥ずかしいって!」
ふふっと私が笑って、続いてウールちゃんも。冗談を交えながらまだしばらく堪能して、大きなピラルクや、ピラニアだって、よく見るとかわいいです。ちなみに本当はそれほど噛まないみたいです。美しい小魚たちに見送られて、丁度良いお昼時に私たちは昼食をとることにしました。