秋の向こうへ、その向こうへ。   作:たいたい35

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運命の模擬レース

初めてトレセン学園のターフで走って、初めてタイムを計った日から、私はナタリーさんに支えてもらい、基本的なトレーニングを行いました。模擬レースの日は何も考えず精一杯走り切ればいいから、それまでは基礎トレをしようとのことです。私はオーバーワークにならないように、でも気は抜かずにできることを少しずつこなしていきました。そして、ついに模擬レース本番を迎えました。

 

「どう、ルドルフ、良さそうな子いそう?」

「そういうナタリーは、見つけられたのか」

「もちろん。とっておきをね。あたいの夢を全て託したよ」

「ほう、私も見つかるといいな、そんな子が。無論、全員に期待を寄せてはいるよ」

 

 

会場は大盛り上がりでした。これからを担う新芽たちの品定めの日です。先輩方やトレーナーさんで溢れています。さらには、シンボリルドルフ会長や、ナタリーさんもいます。もちろん、アイちゃんや、ウールちゃんも今日、出走します。私と同じレースではないのですが。

 

「これなら勝てる」

 

先に走っていたアイちゃんが抜け出しました。周りが抜け出すタイミングを読み切って、一足先に足を早め、綺麗な差し切りでゴールイン。アイちゃんはもうレースの展開を考えて走れていました。長髪を震わせながら走るアイちゃんは、憧れてしまいます。その後も、何レースも行われて、会場の熱も高まり、喧騒が目立っていきました。スカウトは全日程終了後に行われます。次は、ウールちゃんの番です。

 

「やばい、このままだと足りない。差される!けどまだ負けない!」

 

写真判定になるほどの大接戦。結果はウールちゃんがハナ差の二着でした。しばらく落ち込んでいましたが、数分後、私のもとへやってきました。

 

「負けちゃったねー。悔しいけど、しょうがない。次絶対に勝てばいいってだけだからね。そろそろアーちゃんの番かな。最近先輩方と仲良くしてて寂しかったし、その分良いレースしてくれないとあたしすねちゃうからね。なーんて、頑張って!」

「もちろん、ウールちゃんのためにも、頑張るね」

 

ウールちゃんは、グッと親指を立てて着替えにいってしまいました。もうすぐ、私の番です。私と一緒に走る子で、一番期待されているのは、名門出身、コープコートちゃんです。私の場合、2000mを走る模擬レースにおいて、きっとコープコートちゃんの方が適性は上だと思います。しかし、絶対に負けられません。

 

「第12R、入場してください」

 

いよいよ、出番がやってきました。今日までに培った全てをぶつけて、みんなに良いところを見せつけてやります。 

 

「よーい」

 

パンッ。私は力一杯駆け出しました。周りなんて気にせずに、後方待機策にでます。後ろから2、3番手、このペースなら2000mの標準タイム通りに進むはず。緊張はしますが、息は持ちます。落ち着いていけば大丈夫なはず。

 

「そろそろ1000m、至って普通のペースだね、がんばれ、アーちゃん。落ち着いて、全力で走ればいい」

 

残り半分、レースはそろそろ動きを迎えます。全体的に皆速くなり、中団に控えていた子が動き出します。ただ、思ったよりもその数が多いのです。皆焦りからか、このタイミングで全力疾走を始めます。私はそれに慌ててついていきました。第四カーブを迎え、レースは終盤。残り二ハロン。私は思いっきり芝を蹴り上げました。

 

「いけるっ!」

 

風に乗って、順位をどんどん上げていきます。一人、二人、三人。ついに先頭の景色を掴みました。いける、あと少し、残り200m。しかし私は、さらに後ろをまったく読めていませんでした。私が先頭に立った瞬間、横から栗毛が襲ってきたのです。

 

「速い、これじゃ差し返せない!絶対勝たなきゃいけないのに!」

 

走っても走っても、限界を超えかけているのに、願いは届かず、どんどん引き離されていきます。そして、そのままコープコートちゃんはゴールイン。彼女は私をマークしていたわけではありません。全てをなで切ってゴールする。私もその一人だったのです。さらにもう一人に抜かされて、私は三着となってしまいました。芝の上に崩れ落ちて、何分も放心していました。いきなりの挫折、何もかもやめたくなるような気持ちでした。模擬レースとはいえ、私は負けたのです。一番最初のレースで負けました。それなのに、トリプルティアラを取ってみせると調子の良いことをつらつら述べていたのです。昨日まであんなに心地よかった春の風が、私を冷たく吹きさらしました。

 

「アーちゃん、お疲れ様。これは思ったより落ち込んでるね。おーい、声、聞こえてる?」

「ナタリーさん、ごめんなさい。私、負けちゃいました。本当にごめんなさい」

「何勘違いしてるか知らないけど、あたいは褒めにきたんだよ。完璧なレースだった。正直、あたいの思った以上だった。アーちゃんはそんなこと全然思ってないだろうけどね。最初の差なんていつでも覆せるよ。もちろん、落ち込むことも大事だけどね。ほーら、そんな顔しないで、かわいい顔が台無しだよ。これで涙拭いて、ウールちゃんだっけ、来てるよ。じゃあ、アーちゃんのこと、あとはお願い」

 

ナタリーさんにも気を使わせてしまいました。とても悔しいです。自分の弱さが情けないです。でも、こんな顔はウールちゃんには見せられません。ナタリーさんからもらったハンカチで涙を拭って、笑顔をつくってみせました。

 

「負けちゃったのは残念だけど、これからいつでも挽回のチャンスはあるから、あたしはこんな小さな負けなんて気にしてないよ。だから、アーちゃんも落ち込まないで。あたしは、元気なアーちゃんが好きだから。ここでできた最初の友達に、そんな顔をしてほしくないな」

 

二人の言う通りです。こんなとこでくじけていてはいけません。この悔しさをバネにして、もっともっともっともっと成長して、いつかコープコートちゃんにリベンジしてみせます。

 

「心配かけちゃってごめんね、ウールちゃん。悔しい時ほど、笑わないとだよね」

「そうそう、その通り。アーちゃんは良い子だ。ご褒美にあたしがケーキを奢ってあげよう」

 

初めての敗北は大嫌いなゴーヤより苦い味でしたが、二人のおかげで前を向くことができました。気を取り直して、ウールちゃんと食堂に向かいました。この後からはいよいよ、レースを見ていたトレーナーさんたちの、チームへの勧誘が許可されます。それを思うと、いささかの憂慮は感じるのでした。

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