秋の向こうへ、その向こうへ。   作:たいたい35

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息抜き噛みしめて

「ハンバーガー、ラーメン、色々あるね」

 

お昼に食べるには重たいメニューばかりを吟味しています。周りの席から香る匂いと、おいしそうにそれを食べるお客さん。私も我慢が効かなくなりそうです。少しくらいなら胃もたれしないでしょうか、でもこんなにカロリーが高い物を食べている私をユウさんが見たらいくら優しいユウさんでもきっと激怒します。

 

「アーちゃんが今考えてること、当ててみてもいい?もし高カロリーの食事がユウトレーナーにバレたら怒られちゃうから我慢しないと、でしょ?」

 

ウールちゃんにピッタリ当てられてしまいました。どうやら顔に出てしまっていたようです。得意げな顔でジロジロと私を見つめています。私がこうしている間にも、ウールちゃんはハンバーガーを食べると決めたようで、席を決めてからスキップで買いにいってしまいました。

そうはいっても私も何か食べなければいけません。そうだ、うどんくらいなら大丈夫だと思います。きっとユウさんも許してくれるはずです。でも、でもその隣にあるおいしそうなピザが私をじっと見つめているのです。頭の中で天使と悪魔が戦っています。もちろんうどんもおいしいのですが、今の気分はやっぱりピザなのです。

 

「ただいまー。結構混んでたね。あれ、アーちゃんまだ決めてないの?じゃあお先、いただきます」

 

香ばしい匂いが漂ってきます。パティが三枚も挟まっているのです。赤茶のソースがはみ出して、水々しいレタスまで。それをウールちゃんはわざとらしく音を立ててなんとも幸せそうに食べています。私をこちら側へと誘うように、何度も何度も噛みしめるように。私の中の悪魔が天使を攻撃しています。優勢でした。

 

「はあ、おいしいなあ。こんなにおいしいのに、これを我慢しなきゃいけないウマ娘がいるなんて。この場でいくら食べても、トレーナーは見てないし、この後たくさんトレーニングすれば関係ないのに。ね、アーちゃん?」

 

私は恥ずかしそうにピザ屋の人混みに揉まれていきました。ユウさんごめんなさい。欲望には逆らえず、ウールちゃんの策略にもハマってしまいました。そして大きなベーコンと大量のチーズがトッピングされた悪魔のピザを買おうとしています。ジュースまで付けて。でも、食べてしまったらその分動けば問題ないはず、そう言い聞かせて結局注文してしまうのでした。

 

「うんうん、ご飯は食べたい物を食べなきゃね。アーちゃんは口にソースを付けててもかわいいね」

 

ウールちゃんはペットを見るような顔で私を見つめています。久しぶりに食べるピザは身体に染みました。トレセン学園ではたまにしか並ばないので、貴重な品です。並ばないということは、健康にもあまり良くないということなのですけど、それでも食べてしまいたくなる魔性の味です。何切れか食べているうちにウールちゃんは食べ終わって、この後の予定について考えていました。

 

「アーちゃんが食べ終わったらさ、イルカショー見にいかない?あたしめっちゃ気になってたから、おねがい!」

 

私も楽しみにしていました。当然了承して、少し食べる速度を速めました。ウールちゃんに写真を何枚か撮られて、私はすっかりお腹いっぱいになりました。身体中が幸せで満たされています。大袈裟に思われるかもしれませんが、そのくらいピザが久しぶりだったのです。

 

昼食を終えて、私たちはイルカショーのための席を探していました。朝は少し雲が見られた空も、夕方に差し掛かって一面に渡り夕焼けが広がっています。今日のイルカショーの公演はこれで最後なので、なんとか間に合って良かったです。

 

「良い席取れたね、ここからなら全部見えるよ」

 

徐々に人も集まってきています。主役のイルカたちと飼育員の方たちも登場して、いよいよスタートです。

 

 

「いやー、すごかったね!イルカってあんな大ジャンプできるんだ、こんなに濡れるなんて思わなかった」

 

両手を広げて感動を表現するウールちゃんはなんだか子どもっぽくてかわいいです。初めて見る大迫力のイルカの舞に、ウールちゃんは目を輝かせて見ていました。水しぶきがかかった時もはしゃいでいました。けど本当に美しい動きでした。まるで重力をコントロールして浮いているような優雅な動きと、三匹での演技もブレがありません。私たちで言うところの、折り合いがついていました。訓練されたことを訓練された通りにやり切ることができるというのは、私も見習わなければいけません。レース中、アドリブで良い結果が出せるのはトレーニングに忠実なウマ娘だけです。今日のイルカショーは私に練習への姿勢を改めて意識させてくれました。やる気アップです。

 

「いやー、ほんとに良い息抜きになったね!」

「私もとっても楽しかった」

 

ユウトレーナーに感謝しないとね、ウールちゃんは満足そうでした。ぐっと背伸びをして、駅までゆっくり歩き始めました。

 

「年末はお家に泊まらせてもらって、今日は一緒にお出かけして、気づいたらアーちゃんの方に身体が向かっていっちゃう。一緒にいるだけで楽しくて、幸せで」

 

その続きを静かに待っていたら、唐突に顔を真っ赤にして黙ってしまいました。

 

「き、急に何言ってんだろあたし。違うのアーちゃん!いや、違わないけど!これじゃまるで……」

「ふふっ、嬉しい。私もウールちゃんと一緒だと幸せだよ」

 

ウールちゃんからぼおっと炎が上がった気がしました。すっかり静かになってしまいました。今日の日記は一ページでは足りないかもしれません。こんなに照れているウールちゃんも初めてで、お人形さんのように縮こまっています。この些細な日常が私にとってもウールちゃんにとってもかけがえのない大切なものだということを言いたいのだと思います。

 

「本当に楽しかった……」

 

その小さな声はウールちゃんに確かに届いていました。




久しぶりの投稿になってしまいました。なんとか続けていきますのでこれからも見ていただけると幸いです。
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