秋の向こうへ、その向こうへ。   作:たいたい35

62 / 140
フルアダイヤーの陰

「まさか、まさかアリアンスさんとトライアルで戦うことになるなんて。これは楽しみになってきたわ、今日のトレーニングを倍にしてもらわないと」

 

ペンギンのフィギュアを机に置いて、今日の話をコートちゃんに伝えました。想像よりずっと驚いていたので、きっと私が桜花賞に直行すると思っていたようです。隣ではウールちゃんがもぐもぐとカレー食べ進めています。

 

「うーん、やっぱりカレーはおいしい。あ、ちなみにあたしは弥生賞出るよ」

「ついにあのサンドルーンさんと戦うのね。今から再来週が待ちきれないわ。私ももっとメニューを考えないと」

 

チューリップ賞は再来週で、なんとその次の日が弥生賞なのです。とても忙しい週末になること間違いなしです。ウールちゃんはおかわりまでしていますが、私は変に緊張してしまって、食べるペースが少し下がってしまいました。

 

 

放課後、だるそうに窓を見つめているアイちゃんがいました。どうしても放っておけなくて、またまた引き寄せられるように話題を振ってしまいました。

 

「すばるステークス、惜しかったね。私たくさん応援したけど、足りなかったのかな……」

 

少し前、アイちゃんが出走したすばるステークスを観戦したのですが、五着に敗れてしまいました。なんだか調子が悪そうで、理由を聞いてもお話ししてくれませんでしたが、そういう日もあると思います。私にはそんな慰めしかできません。

 

「え、現地で見てたの。私は走れないって言ったのに。どうしてわざわざ見にくるの」

「今のアイちゃん、とっても辛そうに見えるの。もし何か原因があって走れないなら、相談してほしいなって……」

 

アイちゃんの剣幕に、私の語尾も弱々しく消えていきました。

 

「別に何でもないから、もう放っておいて」

「何でもないわけないと思うの。メイクデビューのアイちゃんの走りはとってもかっこよくて、私の憧れで……。今は何かに悩んでるように見えるから、相談してほしいな……」

「はあ、あんたに私の何が分かるの?皆が皆あんたみたいに全力で走りたいと思うわけじゃない。分かったならもう帰って」

 

心の深い部分を抉られたような気がしました。初めて話した時よりも何倍も怖い顔で、冷たく鋭い目つきで私を睨んでいるのです。何が、何がそこまでアイちゃんを苦しめるのでしょうか。あんたに私の何が分かるの、その言葉が何回も何回も肺をぎゅうぎゅうと押しつぶすのです。なんとか耐えて言葉を紡ごうとしても、次の一言が出ませんでした。私の心は折れかけてしまって、もう謝って帰ろう、そう思いました。でも、アイちゃんが何を言ってもレースだけは観戦したい、その気持ちは変わりません。

 

「ごめんね、私なんかがおこがましいよね。次のレースだけ教えてくれたら本当に帰るから、教えてほしいな」

「仁川ステークス」

「何かあったら相談してね。私はいつでもアイちゃんの味方だよ。ずっとずっと応援してるから」

 

それだけ伝えて、逃げるように寮へと戻りました。部屋ではナタリーさんが何かのレースを見返しています。アイちゃんのことをナタリーさんに相談したら、何か良いアドバイスがもらえるでしょうか。

 

「そんなことがあったんだ。なかなか厳しいことを言う子だね。でもそもそも彼女はどうして走れなくなって、怖い子になっちゃったんだろう」

「教えてくれないんです。私なんかに相談しても意味ないって思われてるのかもしれません」

「まさか、アーちゃんは相談役にもピッタリだとあたいは思うけどな。でも、そんなに走るのが嫌ならさっさと辞めちゃえばいいのにね。次走のことだって、来てほしくないなら話さなければいいのに」

 

ナタリーさんはしばらく探偵のような仕草をしながら思案していました。そして、お茶をすすって、閃いたようでした。

 

「アーちゃんがあまりにも自分に期待してくれてるから、きっと辞めようにも辞められないんだよ。最初の方は走る気があったんだから、きっと負けて何かあったんだろうね。例えば周りから非難されたとか。それでもアーちゃんは離れてくれないから、余計に強くあたっちゃうんだろうね。だからアーちゃんはあの子が折れるまでひたすら応援してやればいい。この前のすばるステークスの時だって、きっと声届いてたと思うよ、知らないフリしてるだけ。彼女に必要なのは、走る理由。そしてそれは、弱い自分も認めてくれて、それでも側にいてくれる人。その人のためなら、きっと走るようになるんじゃないかな。多分ポテンシャルはあるだろうし」

 

目の前がぱあっと明るくなったような気がしました。やっぱりやっぱりナタリーさんはすごいです。少し相談しただけでここまで見抜くことができるだなんて。夢中で話を聞いていたので、熱々のお茶も飲むことができるくらいの温度になっていました。

 

「ナタリーさん、ありがとうございます。私、自分がやるべきことが分かったような気がします」

「うんうん、それでいいそれでいい。アーちゃんの思いはいつか絶対に届くよ。だってあたいもルドルフも認めた子なんだから」

 

アイちゃんの次走、仁川ステークスでたくさんたくさん応援します。私の声が向かいまで聞こえてしまうくらい応援してみせます。アイちゃんのことを何も知らないからといって、諦められるわけがありません。全部教えてもらって、全部ぶつけてもらって、全部理解するのです。もうレースに全力を出さないなんて言わせないです。どんどんやる気に満ち満ちてきて、今から週末が待ち遠しくて仕方がありませんでした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。