学園に来たばかりの頃は熱心に授業を受けて、トレーナーの言う通り前向きにトレーニングをしていたのに、どこで道を踏み間違えたのだろう。ほんの一瞬、レースの意味がなくなってしまっただけなのに、どうしてここまで言われるようになったのだろう。
「フルアダイヤーさん、この前のジュニア優駿の件、どうお考えですか」
またこの質問だ。どうせまたあの子を泣かせてしまった件についてだろう。悪徳記者から意味のない質問ばかりを受ける。全てを話したら話したで、蜂のように群がって私を批判するくせに。レースがつまらないなんて、別におかしな理由じゃないはずなのに、この学園はそれを許さない。ついに私をもてはやす輩はいなくなった。ジュニア優駿前はあんなにちやほやしていたのに、皆マロンナットの涙に心を打たれてしまった。確かに彼女の姿勢は称賛されるべきで、あんな素敵な子が勝ったのだから私も全く文句はない。けれど、その本気に応えなかった私に何を言われても、どうすることもできない。そう言うなら、誰か私のこの堕ち切ってしまった情熱を呼び覚ましてくれないものだろうか。
惰性で日々を過ごし、トレーニングも気の向くままに行っていたある日、トレーナーから次走の連絡があった。
「すばるステークスに出走しましょう。この程度のレースなら、絶対に余裕ですよ!トレーニングの結果は良くないですが、きっと本気を出していないだけでしょう。本番で少し足に力を入れたら、絶対に勝てます」
そんなことを言われても、走る気になれないのだからしょうがない。もう私に期待してくれる人もいなくなった。むしろ毎日のように非難の手紙なんかが送られてくるのだからもうやる気なんて起きるはずもない。
「さあ、注目の一番人気、七番フルアダイヤーはここにいました。前回の敗北をすっかり忘れてしまうような走りに期待です」
「どうしたフルアダイヤー!全く伸びない!ここからはもう抜け出せないぞ!」
レースの結果は五着だった。当然非難の嵐だったけれど、レース中もずっとずっと透き通った声が私の脳に反響していた。アリアンスだった。周りが批判しかしない中で、一人私を応援し続けていた。来なくていいって言ったのに、あんなに熱心に私を応援して。そんな声を張ることができるタイプでもないのに。彼女は、私の前が塞がれて絶体絶命になってしまっても声を落とさなかった。最後の最後まで全力で私を応援した。観客のほとんどは私のことなんて見なくなったのに。それに私は全くもって全力ではないというのに、ひたすら応援していた。レースの結果なんてどうでも良かったけれど、アリアンスのそのひたむきな応援が私の心をチクチクと突いて仕方がなかった。ただの一観衆のはずなのに。
「アイちゃん、お疲れ様。ゆっくり休んでね」
水とタオルをトレーナーより先に持ってきてくれた。この子はいつもそうだ。冷たくあしらっても毎日のように機嫌を伺いにきて、優しい言葉をかけて去っていく。今だってこうして私を労っている。こんなに堕ちた私に対して何がしたいのか分からない。私は水だけ受け取ってさっさと控え室へと戻った。
教室で何も考えずに窓を見つめていると、アリアンスが話しかけてきた。
「すばるステークス、惜しかったね。私たくさん応援したけど、足りなかったのかな……」
「え、現地で見てたの。私は走れないって言ったのに。どうしてわざわざ見にくるの」
水まで受け取ったのに、まるで存在を認識していなかったかのような言い方をした。こうやって突き放せば去ってくれると思ったから。彼女は悩みがあったら相談してほしいと言うけれど、走る目的が明確にあって、今一番勢いがあるクラシックウマ娘といっても過言ではない彼女に、私の悩みの何が分かるのだろうか。それが偽善に見えて腹立たしかった。
「はあ、あんたに私の何が分かるの?皆が皆あんたみたいに全力で走りたいと思うわけじゃない。分かったならもう帰って」
少し後悔した。私の言葉を聞いた彼女の声は普段からは想像できないくらい醜いものだったから。何を考えていたとしても、心配してくれている人に対してあまりにも冷たい対応だった。謝罪しようとしたけれど、馬鹿みたいなプライドがそれを邪魔して許さなかった。彼女は心底傷ついたようで、さすがに帰っていった。やってしまった。今私と彼女が正反対なのは、全部全部自分のせいなのに。自分が本気で走っていれば、こんなに追い込まれることもなかったのに。彼女と同じように明るく生きられたかもしれないのに。自分が勝手に堕落していっただけなのに、それをまるでアリアンスのせいかのように彼女を責めて、それでもまだ助けようとしてくれる彼女を私は追い払った。自分の酷さ、情けなさに涙が出てきた。全部全部自分が悪いのに、誰かに助けてほしくてしょうがなかった。一人じゃ、耐えられなかった。もう一度誰かに手を差し伸べてほしい、そう強く思った。
「誰か、誰か助けて……」
教室の隅で私はひたすら泣いていた。小さな彼女の後ろ姿と弱々しい声を脳裏に貼り付けて、寮の門限になるまで机を濡らした。