「なるほどね、テイオーと併走したんだ。強かったでしょ、あの子」
「はい。歯が立ちませんでした」
「トレーナーの言う通り、まずはその気持ちが大事だと思うな、あたいも。こうすれば勝てたとか、ああすれば勝てたとか、色々考えて走ってるうちに自然とレースの駆け引きは上手くなっていくものだよ」
「でも、本当に何も分からないんです」
「これはガチで思い悩んでる顔だ……。困ったな、あたいはアーちゃんにどんな言葉をかけてあげればいいんだ」
ナタリーさんの言う通り、今は考えても仕方のないことなのかもしれません。でも、桜花賞はもうすぐなのです。トウカイテイオーさんに覆せない差を叩きつけられて、私はすっかり参ってしまいました。もしコートちゃんがトウカイテイオーさんと同じくらい強くなっていたら?そう考えると眠れません。
「じゃあさ、チューリップ賞はいっそのこと何も考えずに走っちゃおうよ」
えっ、それはもう呆気に取られた顔です。やっと良い顔してくれた、そう笑って続けました。
「思い詰めながら走っても絶対勝てない。なら、もういっそ何も考えず走ってみると、意外と良い結果につながるものだよ。テイオーだって、何も考えずがむしゃらに練習して、走り続けて、ようやくあれくらい強くなったんだから。それに、最後は結局根性だしね」
なんだか一気に身体が軽くなった気がしました。勝つことだけに囚われて沼に嵌ってしまったら、私はもうきっと戻ることができません。ナタリーさんの言葉が妙に腑に落ちたのです。
「ただ楽しんで走ってみよ?困ったらまずは楽しむことだよ!」
「はい……!」
良い返事だね、そう言ってくくっと笑いました。いつかナタリーさんが教えてくれたことを思い出します。レースを楽しまないと、その気持ちを無くしてしまったら、また私は前の自分に逆戻りしてしまいます。そう考えていたら、やる気が湧いてきました。心の中で何度も自分を鼓舞して、ナタリーさんに励ましてもらいました。今の私ならなんとかチューリップ賞で戦える。そう思います。コートちゃんとの勝負を楽しむ気持ちを忘れずに、ただ全力で。やっとでユウさんの言葉を心から受け入れることができました。今は弱い自分を自覚できただけで良いのです。気づくことさえできれば、少しずつ克服できます。
「ナタリーさん、私、頑張ります!」
「もちろん応援には行くからね。笑顔でゴール板、駆け抜けておいで」
明日は休息を取って、明後日はいよいよ桜花賞トライアル、チューリップ賞です。なんだかワクワクさえしてきました。頑張るぞ、心の中で小さく拳を握って深く毛布を被りました。