「おい、あの第1R勝った子。よくなかったか?俺絶対スカウトしてみせるぜ」
「待った、俺も狙ってたんだけど。お前には渡さない、絶対に」
「すいません。第4R二着の子だよね。私のチームに入らないかしら。きっとあなたのためになると思うの」
食堂から出ると、もうすでにスカウトが始まっていました。夕焼けが一面に渡って、その中で、トレーナーさんたちの声が響き渡っています。まず一番に引き抜かれるのは、一着を取ったウマ娘。疑いようもなく強いのですから、当然です。続いて二着を取ったウマ娘たち。さらにセンスを認められたウマ娘たち。
「結構賑わってるねー。お、あの子人気だね。いったい何人集まってるんだろう、あれ」
「コープコートさん、僕のところに入りませんか。あの綺麗な差し切り。僕のところでならもっともっと磨けますよ」
「私のチームは強制しないことをモットーにやっています。伸び伸びと自由に、ラフな感じでトレーニングできますよ」
「どうかうちに来てください!新たな可能性をたくさん示してみせますよ!」
私に勝ったコープコートちゃんの人気はすごかったです。当の本人は、ほとんどを軽くあしらっているみたいですけれど。どんなチームが好みなんでしょうか。少し気になります。
「フルアダイヤーさん、ダートで勝ちたいとお聞きしました。私のチームに入って、一緒に勝ち上がりましょう。戦術も効率的な練習もたくさんお教えします!」
「分かりました。これからよろしくお願いします」
フルアダイヤーちゃんは案外あっさりと決めていました。そこまでのこだわりはないのかもしれません。
「みんなすごいね。あたしにはいつ声がかかることやら」
「あの、すいません。ショートウールさんですよね。あなたの、迷わず逃げる精神力と最終直線の粘りに感動しました!ぜひ私と一緒に、クラシック路線で走りませんか?」
「あ、あたしですか。そんなに言われたらしょうがないですねえ。いいでしょう、共に皐月の舞台を目指そうじゃありませんか!」
ついにウールちゃんにもスカウトのトレーナーがやってきました。どうやらこれから色々と決めないといけないことがあるみたいで、トレーナーさんに連れられてどこかへ行ってしまいました。私はその背中をただ見つめることしかできませんでした。行き場をなくした私は、光の当たらないソメイヨシノの下で、散った桜を眺めていました。
「やっぱり、私だけ残っちゃったな」
恐れていた気持ちが、胸いっぱいに膨らんで、ここぞとばかりに心臓を締めつけます。この現実から、どうして目を背けられるでしょうか。途方もない孤独感が後から襲ってきました。何もすることが無くなってしまったので、皆がいないターフの反対方向へ、寮の方へ、何も考えないようにして、歩き始めました。
「突然ごめんなさい、アリアンスさんで合っていますか」
私を引き止めたのは、どうやらトレーナーさんのようでした。背が高く、キッチリとしたスーツを着こなすエリートサラリーマンのような方でした。
「はい、そうですけど。どうかしましたか」
「私はトレーナーのユウといいます。アリアンスさん、あなたは間違いなく新入生で一番強いウマ娘になります。先ほどのレースを見て確信しました。ぜひ、そのお手伝いを私にさせていただけないでしょうか」
このトレーナーさんは何を言っているのだろうと思いました。ただ、今はそんなことより、自分を勧誘してくれる人がいるだけで嬉しくて、長考なんてとても難しかったです。
「はい。ぜひお願いします。ユウさん」
私の返事を聞いたユウさんは安堵と歓喜を隠しきれない様子で、慌ただしく荷物を漁り始めました。きっとこれからユウさんのチームで、色々と手続きをするのです。
「アリアンスさん、これからよろしくお願いします。もっとフランクに話してもらっても大丈夫です。僕もそうしますから」
年上の方に砕けた言葉遣いで話すなんて、とても今の私には難しかったです。これも、信頼のためなので、少しずつ頑張っていこうと思います。そして当然気になることは、私を選んでくれた理由でした。
「あの、私のどんなところを良いと思ったんですか?」
「もちろん、あの体幹の強さです。軸が全くぶれることがないので、無駄な体力消費が全くありませんでした。ここまで完璧だとウマ娘のレベルでは大きな差になります。鍛え上げることでできあがる体幹の強さには、限界がありますから」
その時、ナタリーさんの言葉を思い浮かべました。ユウさんは、ナタリーさんと同じことを言っています。彼は、あらゆるウマ娘を見ながら、私のこの唯一の武器にも気がついていたのです。その事実だけで、十分に信頼できます。彼についていけば間違いない、そう思いました。
「あとは、こっちも同じくらいすごい凄いことなんですが、タイムの把握能力が頭一つ抜きん出ていました。数秒単位で正確にレースのペースを掴んでいました。そうでなければ、あんなベストタイミングでラストスパートをかけられるはずがありません。正直、アリアンスさんしかいないとはっきりと思いました」
ナタリーさんでも気づかなかった、私自身でさえも意識したことがなかった私の得意技。やっぱり、トレーナーの方たちはすごいです。ユウさんと一緒にトリプルティアラを目指そう、そう強く改めて思いました。
「ところで、ユウさんのチームには他にはどんな子がいるのですか」
「それが、僕は事情があってあまり他のトレーナーの人たちと仲が良くなくて、だからアリアンスさん以外にはチームの子はいません。今のところ欲しいとも思わないです。やっぱり嫌ですか?」
「いえ、そんなことないです。変なことを聞いてしまってごめんなさい」
少し面食らってしまいましたが、一対一で教えてもらえるならその方が改善点を見てもらえるとも思いました。ですが、なぜ嫌われているのでしょうか、それが少し気になりました。ユウさんがとても優秀なトレーナーだということは、さっきの態度から私でも分かります。
「全然大丈夫です。それでは、明日からよろしくお願いします」
去っていってしまいました。私も夜風に肌寒さを感じたので、寮に戻りました。その日は、バニラのような淡い色の満月が、大きくほほえんでいました。
校長室のような格式ばった蘇芳色の戸。力を込めるとそれは鈍い音を立てて。少々冷えた空気が肌に刺さった。
「ここのスカウトに参加するなら、事前に申請書の提出をお願いしたはずですが」
「申し訳ございませんでした、ルドルフ生徒会長。周りから強い疎外を受けておりまして。なかなか難しかった次第です」
ルドルフの隣にいたエアグルーヴが鋭い睨みを効かせていた。その気迫からは女帝の強い慢侮を見て取ることができた。
「たわけが、あの天才の子がそれでは、先が思いやられるな」
「あれを天才と呼ぶあなた達も、私には随分滑稽に思えますが」
目を見開かせて、もう一度言ってみろ、次は無い。そう言っているように思えた。エアグルーヴが一歩前へ進んだ時、ルドルフが口を開いた。
「やめてくれ、エアグルーヴ。ユウトレーナー、あなたの処罰は追って決定します。今日伝えたいことは以上です。ところで、規定違反まで犯したあなたの目に光ったウマ娘は、見つかっただろうか」
「もちろんです。あの子は、絶対にG1を取ります」
それは楽しみだ。嘲るような口調でエアグルーヴが放った。僕は絶対に成功してみせる。親父とは違うやり方で、ウマ娘たちを導いてみせる。僕は蘇芳色の戸を乱暴に開いた。