秋の向こうへ、その向こうへ。   作:たいたい35

70 / 140
力を抜いて、楽しんで

「よかった。あたしアーちゃんが心配で」

「心配かけちゃってごめんね。私、もう大丈夫だよ」

 

レース直前、ウールちゃんとアイちゃんが控え室までやってきてくれました。

 

「アン、頑張って。ずっと見てるから」

「えへへ、嬉しい」

「あたしだってアーちゃん応援してるし!あたしの方が見てるから!」

「ウールちゃんも、とっても嬉しい。そろそろ行ってくるね」

 

少しずつ春の陽気が顔を見せ始めた阪神に、春の女王を目指す十三人のウマ娘が集いました。最強、一番人気のコートちゃんは、威風堂々とした振る舞いでターフの目立つ場所で観客に手を振っていました。

 

「よく眠れた、そんな顔をしているわ。やっぱり私のレースにはあなたがいなくちゃ」

「今日のレースこそはコートちゃんに勝つんだから」

 

アリアンスは努力した分だけ強くなっている。今アリアンスが彼女と互角に戦えることだけは僕が保証するよ。そうユウさんは言ってくれました。やっぱりユウさんの優しい言葉は元気になれます。ずっと私を見てくれて、他の子も徹底的に研究して。ウマ娘の強さを知り尽くしたユウさんの言葉だからこそ、信じてしまいます。

 

「やはり今年もチューリップ賞は激戦区。なんと無敗のジュニア級女王コープコートと二着アリアンスというマッチアップ!誰がこんなに早く再戦を予想したでしょうか。実況席からも、二人のオーラが見てとれます。これがトライアルだとは信じられません。他のウマ娘たちはどう食らいついていくのか、さあ続々とゲートに入っていきます」

 

最近は寒暖差が激しいですが、今日は寒過ぎず熱過ぎずで過ごしやすい気候です。こんな日は、まさにレース日和。花粉を乗せる春の風にゲートに入るウールちゃんの髪が靡きました。私もゲートに誘導されて、重賞の静寂が流れます。

 

「夢を目指す十三人のウマ娘、その実力を測るにはもってこいのこのレース。今、勢いよくゲートが開きました。おっと、若干ばらついたスタートです」

 

ウマ娘たちが私を囲むように配置されていきます。かなり中団に固まっています。けどその固まりに一番人気はいません。今日もきっと一番後ろで虎視眈々とタイミングを計算しているのだと思います。前にも横にも後ろにもウマ娘。周囲の状況が把握しづらい状況で、少しずつ私は焦り始めていました。

 

「二番手までは一バ身といったところでしょうか。一番前がコーナーをゆったりと通過して、ペースを落としていきます。揉まれているアリアンスはいつ脱げ出すか、注目です。一番人気コープコートはやはりここにいました。余裕のある走りで、さすがは無敗の女王です」

 

流されるまま第三コーナーを過ぎて、最後のコーナーに差し掛かろうとしています。そろそろエンジンをかけなければまずい、身体がそう言っています。抜け出そうと力を入れてもなかなか行かせてくれません。ひゅっと風が吹き抜けて、大外を通って栗毛のウマ娘がギアを上げ始めました。コートちゃんです。一本髪を落とした時には、もう追いつけない距離まで遠ざかるのです。

 

「早く、早く抜けないと……!」

「ここでコープコートがやってきた!外を回されても関係ない!全ウマ娘を薙ぎ倒し、一気に先頭に立った!しかし少し早いか!けれどもアリアンスはまだ集団の中!」

 

お先に失礼、コートちゃんの口はそう動いていたように見えました。集団の外を抜ける瞬間一瞬見えただけなのに、はっきり分かりました。そしてその顔は、まるで友達と遊んでいる時のように笑っていたのです。私はついつい焦ってしまいます。まだ負けていないのに、脳に敗北後のビジョンがよぎってしまうのです。それが怖くてかかってしまうのです。せっかくのレースなら、怯えるより楽しんだ方が何倍も楽しいはずなのに。雑念を振り払うように一呼吸入れました。ナタリーさんの言葉も頭に入ってきて、やっとで身体が落ち着きました。

 

「そうそう、それでいい。笑お、アーちゃん」

 

最後の直線に入り、集団がバラバラになろうとしているその間隙に光の道が差しました。ナタリーさんが言っていたのはこういうことでした。落ち着いて、身体をリラックスさせてレースを楽しめば、あとは身体が道を示してくれる。私はその光に容赦なく飛び出しました。

 

「内だ!間を縫ってアリアンスがやってきた!コープコートも粘っているが!届くのか、届くのか!残り200!」

 

全身に血液を巡らせて、動け動けと命令して、目の前の栗毛を全力で。今日こそ、今回こそ仕留める。私に輝く光明は、桜の女王への布石です。

 

「もう負けないよ、コートちゃん!」

「外コープコート!中アリアンス!粘るコート!追いすがるアリアンス!残り100!壮絶なぶつかり合い!内か外か内か!もう三着以下は届かない、完全に二人の争いだ!今並んでゴールイン!」

 

息を切らしながら見た掲示板には、写真の二文字。写真判定です。リプレイを二人してじーっと見つめています。そしてゆっくり、ゆっくりコマ送りで再生されるゴール板前には、ほんの数センチ差で、栗毛のウマ娘が先着していました。

 

「なんという接戦!勝ったのは二番コープコート!またもや、またしても重賞制覇。このウマ娘を止められる者はいるのでしょうか!そして惜敗のアリアンスも頑張りました!本番もきっと善戦してくれるでしょう!」

「また負けちゃった」

 

はあ、大きなため息は出ましたが、いつもよりは気持ちを抑えることができました。ネガティブを克服できた今回のレースは、私にとって大きな成長でした。凄惨な未来を予知してそのまま何もできずにいたら、それこそその結果が真実となってしまう。レースを楽しむことを通して、私は自分の弱さをまた一つ克服することができたのです。ただ楽しもうという感情が、私の悲観を消してくれました。そして、あの光の道は自身の弱さと向き合い克服し、今までの努力を信じたからこそ生まれたものだったのかもしれません。克服するということは、自分を信じるということ。積み重ねてきた練習を、努力を信じるということ。私は新しい強さを身につけることができました。だから、負けちゃったのは悔しいですけど、しょうがないって思えます。

 

「アン、お疲れ様」

「抜け出すタイミングがもう少し遅かったら危なかったね。もう心配で心配で」

 

アイちゃんにお水をもらいました。ウールちゃんはコートちゃんにお水を渡しに行って、なにやら喧嘩しています。ムスッとした顔で戻ってきました。

 

「せっかく水持ってってあげたのに。かわいくない奴!やっぱりアーちゃんだけ、裏切らないのは!今日のレースも絶対アーちゃんの勝ちだった!」

「アン、お疲れ様。ずっと見てた」

「えへへ、二人ともありがとう」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。