秋の向こうへ、その向こうへ。   作:たいたい35

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劣等感

「ただいま。どう、かっこよかったでしょ?」

 

走り切ったウールちゃんの髪は少し乱れていて、呼吸もまだしっかりとは整っていませんでした。そして溢れる勝利の喜びが隠し切れていないことは緩む口元からすぐに分かります。この大舞台でウールちゃんは自分の作戦を見事に成功させてみせました。重賞二勝目、もう遠いウマ娘のように感じてしまいます。風に揺れる髪を押さえるその仕草は夕日に重なって少し大人びて見えました。

 

「ウールちゃん、とってもかっこよかった!」

「私も唸ってしまうくらい完璧なレースだったわ。やっぱりあなたは強い」

「今日は素直に褒めてくれるんだね。これはあたしがあんたを倒す日も近いかも」

 

今回ばかりはコートちゃんも何も言いませんでした。レース中ウールちゃんから目を離すことがなかったので、きっと心から尊敬しているのだと思います。そんなことを言う私も、心臓が張り裂けそうになりながらひたすら逃げ続けるウールちゃんにすっかり心を打たれてしまいました。

 

「本当にお疲れ様。その顔を見ていると大丈夫だと思うけど、今回の勝利は紛れもなくウールの実力だ。誇っていい。そして、皐月賞はもう目の前にある。手の届くところではっきりと輝いている。僕が二人をG1制覇まで導いてみせる」

 

今日のウールちゃんの勝利はユウさんの闘志にも火をつけました。もちろん私の闘志にも。私がコートちゃんに勝つために必要なことは、さっきのウールちゃんが示してくれたような気がします。もちろん同じ逃げを試すわけではないですが、確かな手がかりがあるはずです。

 

「あ、アーちゃんまた難しい顔してる。せっかくあたし勝ったのに。ウールちゃんすねちゃうよ」

「ご、ごめんね。そうだよね、こんな顔されたら嫌な気分にもなるよね」

 

レース後のウールちゃんとの距離が気になってしまったのです。サウジアラビアロイヤルカップと弥生賞を勝ったウールちゃん。それに対して私はどんなレースも善戦止まり。そんな私なんかとトレーニングをしたところで、ウールちゃんのためにならないのではないかと思います。でも、私の練習相手はウールちゃんが適任なのです。けどウールちゃんの練習相手は私ではない方がいい。少しずつ差が開いていく今の状況が不安なのです。

 

「それは違うよ、アーちゃん」

 

ふわっと浮くような感覚の後、レースの後で二倍になったウールちゃんの温もりに包まれました。私は抱きしめられていました。いつもの甘い匂いが汗で強調されています。その甘さの中には、妖美な香りも漂っていました。

 

 

「戦績、気にしてるんでしょ。アーちゃんが考えてること全部間違ってる。あたしはアーちゃんがいい。アーちゃんだから強くなれた。皐月賞も、あなたの応援で、併走で、笑顔で、いくらだって強くなれる。今日だって、アーちゃんと水族館で撮った写真、お守りで持ってきたんだから」

 

私の落涙でウールちゃんの肩が濡れました。そんなことを言われてしまったら、自信を持つしかありません。ウールちゃんの勝利への祝辞を忘れてしまうくらい悩んでいたことが一瞬で霧となって散ってしまいました。私の笑顔を確認して、ウールちゃんは離れます。すると何かに気づいたのか、途端に顔を真っ赤にして言いました。

 

「待って、あたし臭くなかったかな!?つい勢いであたしはなんてことを……!」

「うふふっ、私は好きな匂いだったよ」

 

鳥のような声を出して頭を抱えていました。いったいどんな感情なのでしょうか。少し恥ずかしそうです。コートちゃんはいつも通りやれやれと呆れています。アーちゃんのおかげ、そうウールちゃんは言ってくれました。私も同じです。ウールちゃんのおかげで桜花賞に挑戦できるくらい強くなれました。あと一ヶ月、ウールちゃんと一緒に全力で頑張っていきたい、そう改めて思いました。

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