「なんだよあいつ、ムカつく。ちょっとでもすごいと思った私が変だった」
正直、フルアダイヤーは強かった。今の血のにじむような努力を続ければ、もしかしたら桜花賞を勝ってしまうかもしれない。でも、そんなのあたしが許さない。確かに努力は認めるけれど、勝ち負けなんてどうでもいいだとか、結果は気にしないとか、そんなことを言うやつが桜花賞を勝っていいわけがない。そんな奴にアーちゃんの凄さが分かってたまるか。
「はい、お茶。ウールはアイちゃんのこと、なんだかんだ尊敬していたよね」
「はい、でももういいです。あたしはやっぱアーちゃんと二人がいい」
恥ずかしいし本人の前ではとても言えないけれど、少し憧れていた。アーちゃんに強い自分を見てもらうために、誰かのためにあんなに努力できる彼女を。でもあいつはそれだけだった。アーちゃんに見てもらえるならなんでもいいんだ。それ以外はどうでもいい。まさか、それでいいわけがない。ウマ娘は勝つために努力できるからかっこいいのに。結果に一喜一憂できるから楽しいのに。
「二人はいないんですね」
「アリアンスがアイちゃんと二人にしてほしいって。あの子なら大丈夫。アリアンスの強さはレースだけじゃないから。ウールが彼女のことを大好きなように、彼女はきっとアイちゃんも巻き込んで、三人を強いチームにしてくれる。アリアンスの周りには否応なく人が集まってくるんだ。そんな彼女を僕は誇りに思っているし、尊敬している」
「待ってください。あたしはもうあいつとは走りません」
「本当にレースの結果に興味のないウマ娘なんていない。アイちゃんは少し不器用なだけ。それをアリアンスは変えてくれるはずだよ」
何を言っているのか分からなかった。あんなに冷たい顔をしていたフルアダイヤーの心中にレースへの熱く強い気持ちがあるとは思えない。
「レースという巨大な舞台にアイちゃんが本当の意味で正面から向かうことができたら、きっとアイちゃんとウールは素敵な仲間になる。その仲介にアリアンスがいる。アイちゃんがここにやってきて、三人で練習している姿を見ていたら、そんな構図を思い浮かべてしまった。僕がずっと思い描いていたウマ娘の青春の光が、そこにはあったんだ。だからもしアイちゃんが前に進もうとしていたら、一言だけでいい、ウールも手伝ってあげてほしい」
窓から夕陽を見つめるユウトレーナーは遠い未来を達観していた。ショーウィンドウの向こうの高級な人形に憧れる子どものような眩い輝きの瞳で。そんなに熱く語られてしまったら、何もしないわけにもいかない。
「分かりました、けどあいつ次第ですから。次変なこと言ったらもう本当にあいつとは走りませんから!」
「よかった。ウールならなんだかんだ戻ってきてくれると思ってたよ。信じてくれてありがとう、アイちゃんのこと」
「別に信じたわけじゃないです!アーちゃんのためだから!」
「もちろん分かってるよ」
「な、なんですかその顔ー、絶対分かってない!」
あいつに戻ってきてほしいだなんてほんのちょっとしか思っていないのにユウトレーナーはちっとも分かっていない。ニヤニヤしている。あたしが顔を膨らませているともっと笑顔になった。
「やっぱり僕たちにはウールが必要だ。アリアンスが強くなるにも、アイちゃんが強くなるにも、僕が三人のトレーナーであるにも、ウールが必要だって改めて思った」
「そ、それはそうかもしれないですけど、いや、絶対そうです!アーちゃんにはあたしが必要ですから!」
「もちろん。さあ、二人が待ってる、行こうか」
甘い言葉に乗せられて、あたしたちはトレーナー室に向かった。
「ウールちゃんはきっと許してくれるよ。アイちゃんのこと、たくさんお話ししてたもん」
「でも、呆れられてしまった」
「大丈夫、今のアイちゃんなら、ウールちゃんも受け入れてくれると思うな」
アイちゃんは落ち着きがなさそうでした。どのようにウールちゃんに話を切り出せばいいのか分からないようです。うつむきながら悩んでいました。
「アイちゃんの今の素直な気持ちを伝えればいいと思うの」
そうこうしている間に、ドアノブがガチャリと音を立てました。ユウさんと、わざとらしく不機嫌そうに見せているウールちゃんです。後ずさるアイちゃんの背中に回って、とんと両手で後押しました。
「その、さっきはごめん。アンに言われてようやく気づいた。私はまたレースの恐怖から逃げようとした。今は支えてくれる皆がいるのに。私を認めてくれる人たちがいることを知って、あがいてあがいて勝利を掴み取るレースの尊さを知った。もうあんなことは言わない、思わない。だから、その、ごめんなさい」
つんとそっぽを向きながら話を聞いていたウールちゃんでしたが、深々と頭を下げたアイちゃんを見て少し笑顔になりました。アイちゃんの気持ちがウールちゃんに伝わりました。けれどそれをアイちゃんに悟られないように演技ぶった表情で言います。
「まああたしだって鬼じゃないから、許してあげる。あんたの実力は認めてたし、ちゃんと反省してくれたなら文句言ったってしょうがないから。今回だけだから!次はもうないからね!あとアイス奢って!」
しょうがないからと言うわりには笑みが溢れているのです。やっぱりアイちゃんもウールちゃんも、大切な仲間です。微笑ましいやりとりに胸をほっこりさせていると、ユウさんが隣にやってきてささやきました。
「素直じゃないね、ウールも」
「うふふっ、本当ですね」
「ちがっ、そんなんじゃ!」
りんごのような朱色の頬にはもう怒りは見えません。いつものかわいいウールちゃんでした。そしてそんなウールちゃんを、はてなを浮かべながらアイちゃんは眺めるのでした。