秋の向こうへ、その向こうへ。   作:たいたい35

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(番外編)一話 天才の子

僕の父は天才と呼ばれていた。ウマ娘に関するあらゆる知識、コースに関するあらゆる知識、レースに関するあらゆる知識を極限までに詰めた、辞書のような人だった。それがトレーナーとしての才を否応なく育んだのだ。自身に収納されているあらゆる知識から、ウマ娘を型にはめて、データから適切な手段を選択し、与える。ある種、一つの機械のような人だったのかもしれない。歩くフローチャートと呼んでもいいかもしれない。型にはまったウマ娘は成功した。レールを敷かれて、その上を一歩一歩踏みつけるように歩いていくことで、ある程度安定した成功が得られたのだ。だから天才と呼ばれた。どんなに見込みがないウマ娘でも、彼の手にかかれば、圧倒的なデータ量によって、強引にレールの上を歩くような存在へと変えられてしまう。そして成功する。周りは当然、結果だけを見て、狂気の歓声をあげるのだ。ただ、そんなものは果たして成功と言えるのだろうか。確かに安定して強いウマ娘を育てられることは、称賛されるべきで、天才なのかもしれない。しかし、それは同時にウマ娘たちの、名誉以外の全てを奪っているではないか。「型」にはまればどんなウマ娘でも等しくなるのだ。それでは、ウマ娘たちの意見はどうなる。夢はどうなる。データという理由だけで、彼女たちは出たいレースにも満足に出られないのだ。彼女たちが出たいと思ったレースは、父のデータに合わないから選択肢から消される。それはあんまりではないのか。当時まだ幼かった私にはそんなことは理解できず、父を心の底から尊敬していた。数年後、彼の権威を落としかねない出来事があった。あるウマ娘をチームに引き入れた際、そのウマ娘はどのデータにも当てはまることはなく、何年経っても全く成果を残すことができなかった。彼の全てが通用しなかったのだ。彼はそのウマ娘を引き入れるまでは、G1制覇の申し子として、確固たる地位を確立していた。彼が引き受けたウマ娘で、G1タイトルを取ることができずに引退したウマ娘は一人たりともいなかった。ゆえに、今回の事件は彼の周りにも、彼自身にも強く響いた。自分の過ちが世間に露呈することを恐れた父は、そのウマ娘をチームから捨てるように追放し、別の零細チームへと送り込んだ。父は界隈でも影響力が当然強く、父を非難するものはいなかった。僕はこれを聞いて、胸が裂けるような思いがし、父を激しく軽蔑した。僕が憧れていた人は、自身を頼みにして敷いたレールの上を無理やりに走らせるだけではなく、自分のためなら平気でウマ娘を捨てるような悪魔だった。二重の方法でもって、ウマ娘の個性と未来を潰した人間だったのだ。それを知った日から僕は、父の教えを全て無視し、時には反抗するようになった。さらに、父の目を盗んでトレセン学園に、本当のウマ娘たちの生き様をこの目に焼きつけた。それを繰り返すたびに、僕が守るのは自分ではなく、ウマ娘なんだと強く意識するようになった。それは当たり前のことだが、僕はウマ娘の未来も夢も、そして過去も、全てを守り笑顔で引退させたいのだ。そのために、父から学んだ事は基本的な事項のみを記憶し、その他には、医療関係など、あらゆる知識を頭に叩き込んだ。いつしか父は僕に対しての愛情は冷め切り、お前じゃオープンすら勝たせられないと蔑むようになった。父の手回しで、レースの情報やウマ娘の情報が入ってくることは少なくなったが、二十歳になり、なんとかトレセン学園のトレーナーとして働くことができるようにはなった。一応、天才の息子として、トレーナー試験の成績も優秀だったために父以外は期待の眼差しを向けていた。そんなある日のことだった。

 

「今日は模擬レースだな。今年はどんなエリートが発掘されるんだろうな」

「やっぱりメジロ家は外せないよな。最強のステイヤーの卵がまた生まれるかもな」

 

周りのトレーナーが騒いでいる。今日は模擬レース当日だった。父の影響から僕はトレセン学園内でもいささか肩身の狭い思いをしているので、安易に校内を出歩くことはできないが、模擬レースを見て、勧誘くらいなら当然できる。申請書もなんとか提出し終えて、正直浮かれていた。僕が初めてのパートナーはどんな子なんだろう。絶対に幸せな学園生活を送らせてみせると、そう意気込んでいた。

 

「おい、あいつが天才の息子らしいぜ。試験満点だったってよ」

「嘘、意外とイケメンじゃん。わたしあの人のトレーナーになりたいわ」

「何言ってんだよお前。でもいいよな、天才の息子ってだけで、どんな強いウマ娘もチームに入れられるんだろうな」

 

思わず歯を食いしばった。やはり自分は、周りからはあの父と同じに見えるらしい。煮えたぎる気持ちを押さえつけて、深呼吸した。こんなのにかまっていてはいけない。せっかくの気持ちが乱れてしまった。もう気にしないようにしよう、そう決めた。

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