秋の向こうへ、その向こうへ。   作:たいたい35

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青春の旅行

今日の教室はいつもと少し違います。まずはウールちゃんが用事でいません。そして、アイちゃんがコートちゃんとお話ししているのです。これは由々しき事態です。コートちゃんの前の席にアイちゃんが座って、身体をくるりと反転させ、一冊のノートを二人で見つめています。二人が馴染めてよかったとは思うのですが、いったいどんな話をしているのでしょうか。今の私は探偵です、二人にバレないように教科書を盾にしながら覗いていました。

 

「ただいま、先生話長くてたまんないよー。ねえねえアーちゃん、今度の週末なんだけど、あれ、どうしたの?コートの方じっと見たりして」

 

あがっ、情けない声を出したウールちゃんも気づいたようです。

 

「まあまあいいんじゃないの。成績優秀同士色々語り合いたいことがあるのかも。花粉症はどうやったら無くなるのか、とかね」

「そうだよね。喧嘩してるのかなって不安になっちゃったの」

「まさかー。あいつはともかく、コートは冷静だから感情的になんかならないよ。あ、そうだ、せっかくだから二人も呼んでみよっか」

 

何の躊躇もなく二人の元へ歩いていって、何やら相談を始めました。

 

「あたしめっちゃ桜の綺麗なスポットを見つけたんだって!今度の週末、一緒に行かない?もちろん一泊二日で!」

「ちょっと待って、桜花賞までもう一ヶ月も無いのよ。貴重な週末を旅行で潰すだなんて。確かに魅力的だけど……」

「私もやめとく。興味ないし」

 

さすがのウールちゃんも響いてしまったようです。時が止まったように静止して、思わず流れた涙を拭いました。二人に自分の顔を見られないように、手で覆っています。私はすぐさま駆け寄りました。

 

「ウールちゃん、大丈夫?」

「いいんだアーちゃん。コートの言うことはもっともだし、興味がないなら仕方ないよ。せっかくこの子も馴染めてきて、みんなが大好きだから、思い出つくりたいなって考えてたんだけど……。そうだよね、嫌なものは嫌だよね……」

「ま、待って、分かった、分かったわ。私だって大切に思ってるわよ。行くから、ちゃんと行くからそんな顔しないでほしいわ」

 

ポロポロと溢れる涙はウールちゃん一人の力では拭いきれなくなっていました。私はポケットのハンカチで溢れる涙をそっとさらいます。

 

「アーちゃんは来てくれるよね……?」

「もちろんだよ。みんなとお出かけ、楽しみ」

「待って、アンが行くなら私も参加する。それに、あんたにそんな顔されたくないし」

 

ウールちゃんの涙の前ではさすがの二人もきっぱりと断ることはできなかったみたいです。二人の同意を得た瞬間、ウールちゃんの涙は引っ込んで、笑顔が戻りました。

 

「えへへ、やったやった。じゃあ今週末ね!場所はここなんだけど」

「まったく、トレーナーになんて説明すればいいのよ」

 

机からパンフレットを取り出してきて、四人で見えるように開きました。さっきの涙が嘘のようなはつらつさでプランを語っています。元気になってよかったとは思いますが、もしかして大袈裟な部分もあったのでしょうか。コートちゃんまで言いくるめてしまうその演技力、さすがウールちゃんです。私たちもユウさんに連絡しないといけません。それにどれだけ私たちで予定を立てたとしても、コートちゃんのトレーナーやユウさんがダメだと言えば計画は遠い海の向こうに消えてしまうのです。ウールちゃんが計画について蝶々しく語った後、私たちは三人でトレーナー室へ相談に向かいました。

 

「それで、旅行に行きたいんです!今週末!」

 

トレーナー室に入るや否やデスクワークに勤しむユウさんに飛びついていきます。どんっ、デスクにパンフレットを叩きつけました。ユウさんは驚きながらも何ページかめくって、ゆっくりと閉じました。

 

「写真の景色はめっちゃ綺麗で楽しそうだ。よくこんな素敵な場所見つけたね。楽しんで行っておいで。でもくれぐれも怪我には気をつけて」

「さすがユウトレーナー!オッケーしてくれると思いました!あたし結構調べたんですよ!」

 

少し冷たい眼差しでパンフレットを見つめていたので内心は少し苦しかったのですが、まるで自分が行くかのように心を躍らせています。必要なら呼んでくれれば車ですぐにでも駆けつける、そんな優しさまで見せてくれました。ユウさんが許可してくれたことを伝えにウールちゃんは足音を立てて飛んでいってしまいました。

 

「反対すると思った」

 

一部始終を寡黙に聞いていたアイちゃんがふと漏らしました。私も全く同じことを思ったのです。自分で言うのも良くないですが、これ以上に無茶なお願いもないと思います。クラシックを一番の目標にしてきた私たちが、第一戦前の大事な休日を旅行に費やすなんて、到底許可されるべきことではありません。

 

「今の時期じゃなくてもつくれる思い出なら何回だって反対する。今週、さらに来週はウマ娘にとっては調整という最も大事な期間だからね。けど、それに負けないくらい、大好きな親友との時間も大事だ。きっとウールは全部理解して、今週のプランを立てた。多分たくさんパンフレットを読み漁って、ネットサイトを何個も巡ったと思う。四人を結ぶ、幸せで大切な時間を忘れないように記憶に残したい、そんな思いを胸に秘めながらプランを語るウールの笑顔が眩しくて、どうしようもなく心を打たれてしまった」

 

私たちの予定で埋め尽くされているカレンダーは、もちろんユウさんがいつも記入してくれています。G1の開催日や重賞の中でも特に大事なレースの日などにしか赤ペンを使うことはないのですが、今週の週末はまだ空欄です。先日、今週末は特に大切だからその日のコンディションを見て丁寧に予定を立てたいと言っていました。そんな二日間の欄二マスにまたがるように、大きく「旅行」と書き記しました。大切な人への手紙の最後の宛名を書くように、ゆっくりと。

 

「親友との時間は、G1にも代えがたい貴重なひとときだ。それに、旅行はストレス発散の最高効率の調整方法だしね。お金はいくらでも出すから遠慮なく楽しんできてほしい」

「トレーナーのこと、ちょっと見直した」

 

最後に「旅行」の隣に星のマークを残しました。アイちゃんも申し訳なさそうな顔をしていたので、納得したのだと思います。私たちのトレーナー、どう?素敵でしょ?アイちゃんにそう言いたくなります。

 

「せっかく桜の綺麗な場所に行くなら、何枚か写真をお願いしたい。もちろん、四人全員が写っていて桜が綺麗な二重の絶景の写真。みんなが帰ってから最高のパフォーマンスを発揮できるように僕も色々準備しないと。よし、頑張るぞ」

 

椅子が鳴き声のような音を出しながら回転して、ユウさんはまたパソコンとにらめっこを始めました。私たちも旅行があるからといって怠けていてはいけません。私はアイちゃんの手を引いてターフへ駆け出しました。

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