秋の向こうへ、その向こうへ。   作:たいたい35

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レースの絶対と領域

「なんとか許可をいただいたわ」

「ほんと?よかったー。こっちも快く了解してくれたよ。正直一番の不安はコートだったから、なんとかなってよかった」

「ユウさんの言葉、とっても感動したのにウールちゃんいないんだもん。私涙出ちゃった」

 

無理を通してもらったのでしょうか、コートちゃんの顔は少し曇っていました。改めてウールちゃんが計画を発表していたのですが、その時間もなんだか浮かない顔をしているのです。

 

「楽しみだね、コートちゃん!」

「え、ええ、楽しみだわ。とっても」

 

前のめりになってウールちゃんに両手を重ねると、観念したように頬を緩ませました。でも、いつもの優雅な笑顔ではなくて、あからさまなつくり笑顔で、ぎこちないものでした。

 

「コートちゃん、何かあったの?私でよければ相談してほしいな」

「本当に何もないわ。気にしないで。えっと、何の話をしていたのかしら」

「もう、ちゃんと聞いててよ!」

 

意識がここにないような感じです。心配でした。でも、コートちゃんが気にしないでと言うなら、私ももうそれ以上は踏み込めませんでした。

 

「じゃあ当日は新幹線かあ、いいねいいね。駅前集合で一緒に行こう!えへへ、楽しみだなあ。コートも、浮かれ過ぎて下着忘れちゃダメだよ?」

「わ、私を誰だと思ってるの!そんな恥ずかしいミスはしないわ」

 

ウールちゃんのジョークで一瞬だけいつものコートちゃんの笑顔が戻りました。少しだけつり目で堂々としているコートちゃんは、笑顔を見せると子犬のようにも見えるのです。心から笑う彼女は、一人の乙女なウマ娘でした。ある程度の予定を立てて、私たちは解散しました。ウールちゃんと私は二人で寮に戻ったのですが、一緒に歩いている時も隣から爽やかなオーラが届くのです。

 

「ウールちゃん、ほんとに楽しみなんだね」

「それはもう!あたしがトレセン学園で達成したい目的の一つがもうすぐ達成できそうなんだもん」

「一つは、みんなで旅行?」

「正解。さすがアーちゃんだね。もちろん他にもたくさんあるけど、叶ったものなら、一緒に切磋琢磨できる親友をつくる、とかかな!」

 

もちろん、目の前のかわいいかわいいウマ娘のことだよ!上目遣いで自慢げに指を立てて語るウールちゃん。私だって、最初に出会えたのがウールちゃんでよかったと思ったことなんて数え切れないです。その笑顔に救われた回数は星の数よりも多いです。けど、今のウールちゃんにそれを言うのは少し恥ずかしくて。私はふふっと笑うだけでした。その後は一緒にご飯を食べて、それぞれの部屋に戻りました。通路の照明が新しくなった気がして、いつもより眩しかったです。部屋に戻るとナタリーさんが真剣モードでした。きっと大阪杯に向けて相手の研究をしているのだと思います。そんなナタリーさんを見て、レゾルーラ先輩を思い浮かべました。小声で呟くと、背中を向けていたナタリーさんの耳が反応しました。

 

「あれ、アーちゃんレゾルーラ知ってるの?」

「はい。この前初めてお話ししました」

「なかなかテンション高かったでしょ。なんか短距離って感じだよね、あの疾走感」

 

確かに、思わず頷きました。ローズピーチ先輩がなんとかなだめて、良いパートナーのような雰囲気を受けました。

 

「あいつはスプリンターズステークスの時よりも仕上がってる。高松宮は勝ち負けより、どう勝つかが問題だと言われてるくらい。世間は彼女が負ける想定を誰もしていない」

「ナタリーさんも、そう思いますか」

「まあね。レースに絶対はない。ずっと言われてきたことだけど。確かに生涯絶対負けないなんてことはないかもしれない。でも、ウマ娘が限界の限界、さらにその先を超えた時、一回くらいなら絶対は生まれてしまう。レースが始まる前から、今回はいけるとなぜか確信してしまう瞬間が。あたいはそう思うかな。努力とか戦略とか、過程なんて全部吹き飛ばした異次元の脚が生まれる瞬間が、ウマ娘にはあるかもしれないって思う」

 

限界を超えたさらにその先、私にはまだ想像もできない世界でした。ナタリーさんの言っていることを理解するには、必要なものが多すぎる、そう思います。

 

「レゾルーラのレース、きっと大変なことになるよ。アーちゃんがもっと強くなるために必要なことが学べると思う。ちょっと難しいこと言っちゃったかな。特別なことをするんじゃなくて、今まで通りレースに真摯に向き合っていれば、いつかきっと分かるようになるよ」

「ナタリーさんは、絶対のその瞬間を感じたことはありますか」

「もちろん。限界というピンと張った糸が、ある時ぷっつりと切れた。視界が歪んだと思ったら、急に身体が軽くなったよ。そしたらあたいは勝っていた。それ以来、似たようなことは起こってないけどね」

 

どういうことなのでしょうか。視界が歪んだら自分の百パーセント以上の実力を発揮できるというのは、少し不思議な話です。

 

「絶対を期待されたウマ娘は、みんな経験してるんだって、この感覚。アーちゃんは聞いたことあるかな、領域(ゾーン)の話。全ての歯車が噛み合って、その上で全てを出し切った時、奇跡が起こる。それが領域(ゾーン)。やっぱり難しい話かな。やめよやめよ。アーちゃんもあたいも忙しくなるし、そろそろ寝よっか」

 

領域(ゾーン)、ナタリーさんのその話し振りから、きっとウマ娘の中でも頂点しか味わえない感覚なのだと思います。そして、もしかしたらレゾルーラ先輩も経験できるかもしれないと言うのです。そんなおとぎ話のような存在に胸を躍らせる私がいます。もっと話を聞きたいと思っても、ナタリーさんは集中モードに入ってしまいました。

 

「コツコツと努力できない子には、奇跡は起きないよ。だからアーちゃんも頑張ること!三女神様は見てるよ、きっと。ああそうだ、あたいもお風呂行かないと」

 

ノートを開いたまま行ってしまいました。大阪杯に関する情報がびっしりと載っています。ナタリーさんが言いたいのは、きっとこういうことなのだと思います。努力を怠らない態度を忘れないこと、そう背中を押してくれているように感じました。まだナタリーさんには旅行の話をしていません。机の上のピンクのメモ帳に一言添えて、ノートに挟んでおきました。

 

「おみやげ、絶対買ってきますね」

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