観光バスに揺られて向かった先は、千体の千手観音像が並んでいることで有名な「三十三間堂」。コートちゃんのリクエストです。授業で仏像に関する内容を熱心にメモしていたので、特に関心があるそうです。目に入ってくるのは何といっても建物の長さで、本堂は百メートル以上もあるそうです。いくつか並べてしまえば、東京レース場の最終直線ができてしまいます。実際に入ってみると、想像の何倍も長く感じました。
「うわあ、なんだこの数。見渡す限り仏像じゃん。一匹一匹は小さいけど、こうして並ばれると迫力あるね」
「教科書でしか見たことなかったけど、小さい物でもこんなに情緒溢れるものなのね!これぞまさに歴史の風情だわ!」
千体もいるのでお一人お一人を詳しくみることは叶いませんが、コートちゃんはそれはもう熱心に見つめています。対話しているのかと思ってしまうくらい。一口に黄金色とは呼び難い重厚感のあるその身体。そのサビ一つ一つさえまるで本人がわざと演出しているのかと錯覚してしまう迫力があるのです。ただの仏像と侮ってはいけない、これが昔の人々が創り出した芸術なのです。それに、何本も手があるというのは、ここに佇むのは私たちよりも高次な存在ということです。その千体の仏像と私たちの間には、きっと見えない壁を隔てて大きな次元の境目があるのかもしれない。そう感じました。昔の人の想像力には驚かされます。
「ちなみに、どうしてここが三十三の名を持つかわかるかしら」
「そういえばそうだね。全く想像がつかないや。何が三十三なの?千堂でいいじゃん」
「まだまだ想像力が足りないわ。この数字は、本堂の柱間の数を表しているの。あとは、観音様は三十三の姿に変身して皆を救済したとされているわ」
ふふんと鼻高々に揚々説明するコートちゃん。興奮していることが伺えます。もっともっと説明したそうにこちらを見ているのです。そんなコートちゃんの説明を耳に流しながら、アイちゃんは中央にある一際大きな中尊を一人静かに眺めていました。この大きな仏像はリーダーなのでしょうか、想像が膨らみます。
「ちなみに、ここは正式には蓮華王院と呼ぶのだけど、ここの軒下は120mあるそうよ。そして昔、端から端まで放った弓矢を届かせる『通し矢』という競技があったみたい。それはもう大盛り上がりの一大イベントだったんだから」
雷神像の前までやってきたところで、コートちゃんの小話が始まりました。バスガイドのように私たちに解説をして、カメラマンのように写真を何枚も撮って、画家のようにじっくり観察して、果てしなく忙しそうです。江戸時代、弓矢で放った矢をここの端から端まで届かせる競技があったそうです。そしてそれは高度な技術がいるみたいで、低い軌道で強く正確に矢を放つ必要があったそうです。弓を見たことすらない私には想像もできない世界でした。
「待って待って、今あいつこっち睨んだって!」
「何言ってるのよ、そんなわけないじゃない。そう言いたいけど、そういうこともあるかもしれないわ。昔の人が思いを込めて精巧に製作したものなのだから、きっと私たちを見守ってくれているのよ。ね、アリアンスさん?」
「ウールちゃんの健康を守ってくれてるみたい」
「うーん、そうかなあ。あたしには睨んでるようにしか見えない。ほら、あいつも、あいつも!」
「うるさい」
アイちゃんに厳しい一言と一撃をもらっていました。右目に涙を浮かべて患部を押さえています。つん、とそっぽを向いて、アイちゃんは雷神像を眺める私の隣までトコトコ歩いてきました。過去の栄華に触れながらようやく渡り切った120mの仏像世界はやっぱり思っていたよりもずっと長く、深い世界でした。けれどそれは四方を仏像に囲まれる威圧感ではなく、私たちを見守ってくれる優しさに満ちた慈愛だったのです。最後に四人の写真を通りかかった方に撮ってもらって、次の目的地に向かいました。
「これが千本鳥居……。写真で見ると結構安っぽい気がしたけど、これは圧巻だ」
全国各地に存在する稲荷神社の総本山、伏見稲荷神社にやってきました。そして今はその目玉と言っても過言ではない、千本鳥居の前に私たちはいます。五穀豊穣や商売繁盛の初詣スポットとして名を馳せるここですが、まずは圧巻の楼門が私たちをお出迎えしてくれました。ムラのない朱色の荘厳たる巨大な鳥居、そしてその先には細美が際立つ本殿がありました。そしていよいよ、千本鳥居を目の当たりにしているというわけなのです。赤一色というのが幻想的な世界観を引き立てていて、その赤の均一さがどこまでも続いていくその景色は、まさに異世界への扉です。ここをくぐった先はもう京都であって京都ではないのかもしれない、ふとそんなことを思ってしまいました。鳥居の先、奉拝所に辿り着くと、名物の「おもかる石」と出会いました。この石は灯篭の上にポツンと乗っかっているのですが、ウールちゃんが言うには、まずは願い事をしてからこの石を持ち上げてみるそうです。その際石の重さを想像しながら持ち上げてみて、予想した石の重さよりも軽く感じれば、その願いが叶うみたいです。
「つまり一度この石の重さを知っちゃったらダメなわけだ。じゃあまずはあたしからいこうかな。ふむふむ、これは相当大きいね」
グイグイ顔を近づけたり遠ざけたりして、理科の実験のように観察していました。見た目はどこにでもある普通の石なのです。それに対してピタリと予想を当てるというのはそれはそれで難しい気もします。しかしウールちゃんは顔を歪ませることなく堂々と、チェスでチェックメイトを宣言する時のように、「決めた」と一言。ひょいと持ち上げてみせました。
「うーん、ピッタリ。これならあたしのクラシック制覇の夢も叶っちゃうかな」
「なかなか鋭いカンね。私はこういうの苦手だからやめとく」
「じゃあ私がやってみるね」
実家にはこのくらいの大きさの石もたくさんありました。おもかる石と似たような見た目の石だっていっぱいありました。私には分かります、これは、見た目よりもずっとずっと軽いやつです。ウールちゃんに負けず劣らずの自信顔で、持ち上げてやりました。
「全然重たい……」
「あははっ、これは大変だ!言ってなかったけど、予想より重いとその分努力しなきゃ叶わないんだって!もっともっと努力が必要ってことだよ!大丈夫、アーちゃんならできるできる。一緒に頑張ろう!」
「アンは何をお願いしたの」
トリプルティアラの称号がほしい、調子を崩すことなく健康に過ごしたい、色々考えました。でも、今の私をつくっている「一番」を大切にしたい、そう考えます。何よりも大切で、ずっと離したくなくて、大好きな、みんな。
「みんなとずっと一緒にいられますようにって、お願いしたの」
「アーちゃん……。もう、このこのー!かわいいやつめ!」
「アン、嬉しい」
「二人とも、こんなところで抱きつかないの。アリアンスさんが困ってるわ」
「アーちゃん取られたからって妬いてるんだ。素直に嬉しいって言えばいいのに、かわいくないやつ!」
右腕にウールちゃんが激しく抱きついて、左腕はアイちゃんが掴んでいるのです。まさに両手に花なのですが、恥ずかしくて恥ずかしくてたまりませんでした。恥ずかしさのあまり、汽車のように蒸気を発している気がします。
「べ、別に妬いてなんかない!でも、私もアリアンスさんと同じ願いを心に秘めてたわ。だからアリアンスさんの願いが予想より重かったとしても、私たち皆で分ければきっと大丈夫、綿より軽いんだから」
「コートちゃん……。うん、そうだよね、コートちゃんの言う通りだよね!」
私の思いがみんなに伝わって嬉しかった反面、予想の何倍も重かった事実には少し落ち込んでいる私がいました。しかし、コートちゃんの言葉はそんな曇りを吹き飛ばしてくれたのです。
「もちろんあたしも同じこと思ってたけどね!ほんとだから、ほんとにほんと!」
おもかる石は私たちの願いを占うだけでなく、四人の絆を再確認させ、深めてくれました。その粋な計らいに感謝しながら、私たちは帰りの千本鳥居を潜り抜けて異世界から元の世界に帰還するのでした。