「おはよー諸君。あれ、なんかコート嬉しそうだね。昨日の夜何かあったの?」
「別に何もないわ。目覚めがよかっただけよ」
「鼻歌なんか歌っちゃってさ。絶対ご機嫌じゃん」
頭の上にゆらゆら音符を浮かばせながら荷物をまとめるコートちゃん。私はというと、あの後は赤ちゃんのように差し支えなく眠れたのですが、睡眠時間が足りていないからか、コクコクと意識が落ちかける様子はメトロノームでした。けれどそんな私でも、青ざめて睡魔が霧散する行動を、目の前の、上機嫌でひまわりのように眩いウマ娘が行っていたのです。
「さてさて、せっかくだし体重を量っちゃおうかな。えっと、この辺に確か体重計あったよねー」
浴衣を音もなく解いて、桃色の下着と華奢なくびれがお目見えです。体重計に足を乗せ、ガクンと響くその瞬間を、血の気が引くような思いで見つめていました。まさにあんぐり、チューリップ賞の時に体重を量ってから、私はいったい何回お菓子パーティを重ねたでしょう。
「体重測定は構わないけれど、服くらい着なさいよ」
「私にとっては浴衣も重いの!完璧なウマ娘になるためにはまず体重からってこと。どれどれ……、あれれ、ちょっと増えちゃってるかも……」
「あら、完璧なウマ娘なんてどこにいるのかしら。私にはアイさんとアリアンスさんしか見えないわ」
「はあ?じゃああんたはどうなの!ほら、早く乗ってみなよ、はやくはやく!あれ、あれあれ、もしかしてコープコートさん、ビビってるの?」
「そんなわけないじゃない!ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、狼狽したまでよ。いいわ、乗ってやろうじゃない、あんたの話にも、体重計にもね!」
「ま、待ってコートちゃん。私、先にいいかな」
狼のように攻撃的にいがみ合っていた二人の仲裁を兼ねて間に飛び込み、目の前の体重計の針を睨んでいました。大丈夫、数キロならユウさんに坂路を増やしてもらえば――。片足ずつ乗せていった健闘も虚しく、そこには絶望の数字が表示されていました。
「どう、セーフだった?」
私の背中にしがみつき肩から数字を覗き込もうとするウールちゃん。やめてとアイちゃんに引き剥がされていました。もしや、私は冷凍庫の中にいるのでしょうか、それならこの数値にも納得ができます。この機械はきっと壊れています。きっとそうです。体重計に乗ってからの私の硬直に色々と察したのか、それこそ部屋は冷ややかな空気に包まれました。しかし、私の身体はサウナのように熱くて、汗が止まりません。お菓子は残酷です、酷いです酷いです。桜花賞まで日もないというのに、ユウさん、私はどうすればいいの?ウールちゃんがそっと私の肩に手を当てました。
「お菓子、ちょっと欲張っちゃったね。でも大丈夫、アーちゃんなら戻せるよ」
「うう……」
「アンと出会ってから落ち着いたけど、私もやけ食いくらい何度もしていた。だから大丈夫」
「ほら、ユウトレーナーならきっと分かってくれるわ。だから泣かないで、アリアンスさん。それに、多少ふくよかなアリアンスさんも私は魅力的だと思うわ!」
私が受けた衝撃はピラミッドのように大きく、朝食もせっかく高級旅館らしいラインナップだというのに、ほとんど喉を通りませんでした。焦げ目が香る鮭、艶やかな白米とその他惣菜。私の暴食が原因なのはもちろん理解してはいますが、深い憂慮の念が押し寄せてきます。はあ、ユウさんにどのように連絡すれば……。携帯を開くと、何通かのメールが届いていました。もちろん、あの方からのメッセージも健在です。『トレセンに戻ってからの予定なんだけど、いつものメニューから少しだけレベルを下げて段々慣らしていこう。そこからはアリアンスの意見も聞きながら調整していけたらと思う。最終日、全力で楽しんで』何の変哲もないごく普通の文章のはずなのに、私の悩みが見透かされているように感じてしまいます。いつもの調子のユウさんだからこそ、そう感じるのでしょうか。観念した私は、正直に全てを伝えることにしました。もし連絡を入れなかったとしても、今の私を一目見れば、ユウさんならきっと見抜いてしまいます。ただひたすらにごめんなさいと羅列した私の返信は、ユウさんに届いたでしょうか。
「最後は錦市場に行くよ、さあみんな、準備準備!。ほら、アーちゃんもいつまで落ちこんでるの!二人も心配してるよ?」
「アンを沈める贅肉は、私が食べてあげる」
「ほんと、あんたは一途だね」
いつまでも塞いでいては、せっかくの旅行が台無しになってしまいます。お腹にぎゅっと力を注入して、私は立ち上がりました。こうなったら最後まで全力で楽しんでやればいいのです。たくさんおいしい食べ物を買って、お土産もたくさん用意してやります。記憶の底に体重を追いやって、チェックアウトに向かいました。