秋の向こうへ、その向こうへ。   作:たいたい35

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(番外編)十四話 彼の乖離

今日のターフはいつもより静かだった。それでも多少の賑わいはあって、トレーナーとウマ娘のペアが米粒のように散らばっている。そんな中に、ヒナはいた。ただ孤独に芝を見つめ、夕日を透過してしまいそうなほど霞んでいた。砂粒の混じる芝を踏みつけ、魂の抜けた彼女に声をかける。どう説明しようとか、何て声をかけたらとか、そういうことを考えるのはやめた。

 

「ユウくん……」

 

トレーナー室で僕と再会した彼女が持っていた艶やかな髪の代わりに、今は濁ったクマを宿していた。ホームから身を投げようとしている人間が持つ負のオーラをまとっている。

 

「ヒナ、さっきはごめん。幼稚で浅はかで、酷いことを言ってしまった。何時間も努力して、せっかく会いに来てくれたヒナに対して、本当に冷たい態度をとったと思う。本当にごめん」

 

ヒナは灰色の瞳で僕を見つめているが、何も答えることはない。

 

「ヒナのおかげで、僕は過去と向き合うことができた。僕は君と一緒にトレーナーとして高め合いたい。そのためなら何でもする。だからどうか、僕を許してほしい。もう二度と、自分の感情に任せて誰かを傷つけるようなことはしない」

 

ウマ娘みたいに、彼女の耳がピクっと動いた。固まった血液がとめどなく流れ始めるように、彼女の瞳の端から少しずつ、色彩が戻っていく。僕の謝罪を一言ずつ、受け入れてくれたようだった。

 

「私、ユウくんの隣にいてもいいの……?」

「ああ、もちろん。むしろこちらこそ、お願いしたい」

 

よかった、私、拒絶されていなかったんだ。ユウくんのあの顔、私は触れてはいけない禁忌の扉を開いてしまったのかなって。数十分の時間だったけれど、煩わしくて、何もやる気が出なかった。でも、今目の前にいる男性は、私が焦がれたユウくんだった。二人の間のわずかな距離が鬱陶しくて、私は走り出した。でも、小石につまずいて、視界が歪んだ。顔が地面にぶつかる寸前、差し伸べられた大きな両手は、私を金魚すくいのように優しく受け止めた。

 

「危なかった。大丈夫?怪我はない?」

「あわわ、あわわわ……」

 

彼の顔が近い。それどころか、身体がユウくんの腕と密着してる……!布を隔てていても、彼の確かな温もりが

伝わって、じんわり広がっていくのが分かった。でも、それと拮抗しているのは、急接近した恥じらいで、彼のたくましい腕に支えられていることを実感させた。あわわ、ユウくん、いい匂い……。

 

「ごめん、離れないと」

「あ、う、うん!」

 

トキのように真っ赤になる私とは対照的に、彼は芝のソファに座り込んで語り始めた。

 

「僕は、尊敬してた親父の闇を見てしまった」

 

ここから百メートル先に、芝コースの向こうでトレーニングを重ねるウマ娘がいる。ユウはそれを普段の温かい瞳ではなく、呪われたような表情で見つめていた。

 

「親父は天才なんかじゃなかった。確かにG1を勝つようなウマ娘を育て上げることは並みの人間にはできない。でも、あいつのやり方は間違ってるんだ。自分のつまらないエゴのために、ウマ娘の要望を無視して育てたいように育てる。もうあれは改造だよ」

 

彼の手に力が入る。憎しみにも侮蔑にも見える感情が渦巻いていた。

 

「巧みな言葉でウマ娘を誘い、身に余るような練習メニューを組み、出走レースさえ相手に決めさせない。それがあいつのやり方だったんだ。僕はそんな人間を崇拝していたと知って居ても立ってもいられなくなった」

「そんなことが……」

「その時から僕は親父とまともな会話をしなくなった。ショックでしばらくは学校に行けなかった。そしてついには転校が決まって、ヒナにお別れも言えなくて。本当にごめん」

「えっ、ううん、全然大丈夫だよ……!」

 

ヒナの中の疑問が少しずつ音を立てて崩れていく。ずっと知りたかった、気になっていた、今の彼のこと。想像を絶する父との軋轢を、その濁った瞳に見た気がした。

 

「転校を機に、僕は猛勉強を始めた。親父とは全く違うトレーナーになるために。ウマ娘に心から笑ってもらえる環境を提供できる人間になって、天才を超えるために自分ができる最大限の努力をしたと思う」

 

だから私の言葉に――。お父さんのようなトレーナーになれるよ。ヒナのその言葉は、ユウに深く刺さった地雷だった。私はユウくんになんてことを……。彼にバレないよう心の内で深く後悔するヒナに、ユウが急接近した。

 

「何も言わず感情的になってしまってごめん。ヒナが知らないのも当然なのに、僕は思い出したくなくて、反射的に強く当たってしまった。でもヒナのおかげで、自分の過去と向き合うことができた。そしてヒナに、きちんと事情を説明したかったんだ。ヒナが傷ついたのなら僕はなんでもする」

 

おかしいくらいまっすぐな瞳の輝きは、彼女が焦がれた昔のユウと微塵も変わってはいなかった。ヒナはその事実だけで満足だったが、最後の一言も聞き逃さなかった。

 

「な、なんでも……?」

「うん、もちろん」

 

なんでもと言われると、かえって何も浮かびません。注がれるユウくんの熱い視線――。紫外線よりも強力です。それでもなんとか絞り出して、ここに来た目的を伝えました。

 

「ユウくんと一緒に働きたいな、なんて……」

「そんなの、もちろんだよ。むしろ僕の方からお願いしようと思ってた!ヒナがいてくれれば僕はもっと良いトレーニングを提供してあげられると思う。だから、一緒に、どうかな!」

 

天真爛漫なこの感じ、小学生の頃、私に理想を語っていた時のユウくんそのままだった。透き通るような青空を見上げて、先生のように身振り手振り教えてくれた彼は、目の前にいた。大人びた今の彼と、お父さんを慕っていた記憶の中の彼がちょうど重なって――――。ここまでやってきて、本当によかった。もう一度、ユウくんと……!

彼女は涙を浮かべながらほほえんだ。

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