②あいつは俺の×××××   作:雨葩

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ヒヨシがハンター時代に女の子とのエブリデイ酒池肉林してたならノースディンとエンカウントしてほしいという幻覚を煎じた話です。
タイトルは犬猿の仲とか腐れ縁とか未来の義弟とかを引っくるめた筆舌に尽くしがたい感情的なサムシングです。
※何から何まで捏造パラダイスです。

楽しんでいただけますと幸いです。


あいつは俺の×××××

 

 

 ヒヨシの行動原理(いきがい)は女の子にある。

 女の子にモテることが喜びで、女の子と遊ぶことが楽しみで、女ここの笑顔が幸せだった。女の子のためならどんな努力だって惜しくなかった。

 なので

「いらっしゃいませ! お好きな席へどうぞ」

 女の子が集まりそうな場所を探すことも、電車を乗り継ぐことも、まったく苦ではない。毎度そうしているように、まずはその場にいる女の子たちをざっと眺めてみたところで

「げぇっ!?」

 この世で最も会いたくない氷笑卿(おとこ)と目が合った。

 ぎょっと目を剥くヒヨシの全身をわなわなと震わせるのは、かつて女の子をめぐって戦う内に夜が明けてしまったことで「男と朝帰りした」などと知己達から揶揄された屈辱。

 女の子との出会いを求めてはるばる新横からやって来たというのに、最悪だ。いっそもう二度とこんな悲劇が起きないように、ここであの夜間に合わなかった決着を――

「あの、お客様……?」

「っ! おお……すまんすまん。お前さんの愛らしさに浸っておったわ」

「えっ、そんな……」

 憎しみに染まりかけていた思考が、鈴を転がすような声で浄化される。気遣わしげに顔を曇らせる店員に微笑んでみせながら、ヒヨシは内心で自省する。

 折角女の子を探しに来たというのに、よりにもよってノースディンにかまけてしまっては本末転倒だ。

 確かに恨みはあれど、それはあくまでもハンター時代の私怨。今はお茶と本を嗜む一介の客に私闘を挑むことはもちろん、アフタヌーンティーセットにはしゃぐ女の子達の邪魔をするなどご法度だ。

 つまり、ヒヨシが今すべきことは――無視だ。

「さて、と」

 ノースディンが見えない席に座ればいいのだと気を取り直して、ヒヨシは新たな一歩を踏み出した。そんな彼に対して

「……」

 ノースディンは露骨に顔を曇らせた。しかも、取り繕う素振りを見せるどころか唖然とするヒヨシから目をそらした。

 まさにしまったと言わんばかりに観念するような(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)挙動を怪しまないわけにはいかず――ヒヨシは心を隊長のそれへと切り替える。

 折角の非番を棒に振る羽目になりそうだが、右腕より安い。なにより女の子のためである。

「よぉ。久し振りじゃな」

 ちょうど背中合わせになれる席に陣取る。果たして、ノースディンは逃げることなくため息を吐いた。

「……まさか、君とまだ縁が繋がっているとはな」

「そりゃこっちの台詞じゃ。何を企んどる」

 備え付けのタブレットでコーヒーを注文しながら、潜めた声で問う。

 他人ばかりの空間ではあるが、噂というものはどこでどう膨らむかわからない。身に覚えのない武勇伝を増やさないためにも、警戒するに越したことはなかった。

「企み……か。その通りではある」

「……」

「だが、失敗した」

「失敗じゃと?」

 まさか既に「魅了」を試したのかと気色ばむヒヨシに、ノースディンはくつくつと喉の奥で笑う。どこか空虚な響きだった。

「彼女以外にも……それこそ、君が考えているように魅了されてくれる女性はいくらでもいると思い出すために来たはずなんだがな。かえって彼女のことばかりが思い浮かぶ体たらくだ。全く……ここまでくると呪いだな」

 吸血鬼(ポンチ)の性癖にまみれた供述や部下の私情に染まった報告とも違う――自嘲まじりの独白に、ヒヨシは心底戸惑った。

「お、おおう……」

 なにせ、ここまで込み入った打ち明け話をされるような間柄になった覚えはない。この短時間でそこまで心を開かれたのだとしても、恐怖でしかない。

 ――だが、そんな寒気よりも先に込み上げた疑問があった。

 図らずも震えてしまった声で、ヒヨシは恐る恐る確かめる。

「なぁ、その言い草じゃと……まるでお前の方がその女に捕まってるように聞こえるんじゃが……」

「その通りだ」

 届いたコーヒーの方が甘く感じられるくらいにうんざりとした調子で、ノースディンは肯定した。

 どこまでも不本意そうな態度に、ヒヨシもこれが本当の話なのだと納得せざるを得ない。

「……それにしても」

 受精卵だろうと地縛霊だろうと、「女」であるならば誰にでも紳士を気取る氷笑卿に「呪い」とまで言わしめさせる女が存在するとは。

「凄い女もいたもんじゃ」

 感心にも似た驚きが、ヒヨシの好奇心をくすぐる。

 なにせ、吸血鬼が名乗る二つ名のほとんどが自称である中、ノースディンが冠するそれは女のみならずありとあらゆる人間を虜にする魅了への畏怖を象った称号だ。事実、ヒヨシさえ翻弄しかけた男の意識が、一人の女に絡め取られたときた。

 ――この胸がすくような思いを痛快と言わずしてなんと呼ぼう。

「どんな娘なんじゃ」

「……とにかく頑なだ。口説けと強請ってくるくせに、信じてくれない。おまけに……」

「うん?」

 何やら含みを感じて首を傾げたところで、ノースディンは忌々しげに声を噛みしめる。

「私よりも兄の方が格好いいと比べてくる始末だ……!」

「そりゃあ手強くて当たり前じゃ」

「……どうして君にわかる」

「兄貴ってのは、とにかく妹に格好つけてなんぼの生き物じゃからの。俺の次にいい男なんじゃろ」

「ああ……なるほど」

 あの氷笑卿をここまで参らせるとは、まさに傑物としか言いようがない女だ。よほどいい兄貴に育てられたのだろう。

 他人事ながら、まるで我が事のような誇らしさを覚えてしまう。

「まぁ、お前のいう誠意を尽くすんじゃな」

「……言われずとも。今だって新しいアプローチを考えている」

「ほぉ?」

 返答の代わりに脇腹のあたりを掠めた感触を見やれば

「……人間離れした女じゃとは思ったが……ゴリラなんか」

「血を引いてる可能性があるというだけだ。見境が無いくせに見識が狭いな、レッド・バレット」

「今は吸血鬼対策課(おまわりさん)で隊長じゃ。流行りに疎いの、氷笑卿」

 スキャンダルは勲章だと嘯くハンター時代から、ヒヨシは成長したのだ。美人局に遭った反省と公務員を取り巻く職務規定は案外よく噛み合い――手当たり次第のナンパではなくじっくりと見定めるのが今の遊び方である。

 それに、結局あの食えない上司の思い通りになってるようで不本意ではあるものの、公務員には公務員の「モテ方」があった。

 女の子以外からの声援も、中々どうして悪くはない。

「まぁ、お前さんにも落ち着くべきときが来たということじゃろ」

 自分でも意外に感じるほど毒気が抜けていたのは、付箋にまみれた本がすっかりくたびれていたから――ではない。あくまでも、世の女の子たちがノースディンの毒牙にかかる心配をしなくてもよくなった安心感故だ。

「……落ち着く、か」

 もちろん、件の女性が吸血鬼対策課やらギルドに駆け込んでくるようなことがあれば止めるが、今のところは

「波乱の予感しかしないな」

 ノースディンの愚痴めいた惚気を聞き流しながら、ヒヨシはコーヒーを飲み干したのだった。

 




余談:ヒヨシはノースディンのことを氷笑卿って呼ぶけどカズサは吹雪の悪魔って呼びそう。そういう認識のズレから得られる種族間対立が平和になってる実感とかあると美味しいですね。
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