次回からやっとコラボらしくなってきますよ。
日照りが段々ときつくなってきて、蝉どもの鳴き声が五月蠅い。
俺は容赦なく照り付ける太陽を忌々しげに見上げる。
うざったい夏がやって来た。
俺は肌にへばりつく服、その原因を作っている服の下の汗を拭う。
くそ、だから夏は嫌いなんだ。
内心でそんな事をぼやきつつ、俺は振り上げた鍬を地に打ち付ける。
……なんで俺、こんな事をしているんだ?
俺は今、田んぼを耕すような有益な事をやっているという訳ではなく、只々目の前の千鶴とか言う侍のやっている事に付き合っている。
しかし嫌という訳では無い。
俺は完成間近の水路を見、そう思った。
「何やっているんだ?」
去年の冬頃の朝、身体を覚ますために近くの川で水浴びをしようかと表に出ると、千鶴が何故か穴を掘っていた。
「水路を、作ろうかと、思いまして、ね」
鍬を振りながら答える千鶴。
俺はふと足元にある、千鶴が描いたであろう完成図を見つける。
彼女が描いた図。
それは近くを流れる二つの川の間、約六町半(約710m)程の距離に水路を建設するというものだった。
……馬鹿かこいつ?
それが俺の正直な感想だった。
確かにこいつは多芸である。
刀、学問、医術、農業、裁縫、料理等々……果ては人形まで自在に操る。
しかも決してちょっとやそっと齧った程度で調子に乗る若者とは違った、経験に裏打ちされたそれら。
前に弥助が興味本位で千鶴に己の流派を聞いたことがあるが、返ってきたのは
名で人が斬れますか?
だ。
言葉の重みと言うのを久々に感じた。
もしかしたら見た目以上に色々な経験をしているのであろうが、全てを受け入れるのが幻想郷だ。
余計な詮索をするのは野暮と言うもの。
しかし、今回ばかりは彼女のこの行動は阿呆としか言いようが無かった。
「馬鹿かてめえは、なんで水路なんか作ってる。それを作ってお前の一体何の役に立つ?」
「……里の付近はよく河川の増水で水が溢れているとか」
「あ~、大方問屋のシズから聞いたのか……それなら問題ないぞ。溢れるって言っても里どころか、里の田畠にさえ届いていないしな」
「土屋殿、川を……あの水を見ていないのですか?」
「何だと?」
「あれは反骨の相を持った水。今は大丈夫でも、長き嵐が来ればいずれ決壊するでしょう。まあ決壊する事がもしなかったとしても、今まで河川の増水で駄目になっていた土地が水路を作る事で使用可能になるので無駄では無いでしょう」
「とは言っても千鶴よぉ、いくらなんでも一人で掘ろうなんて何か月……いや、何年掛かると思ってんだ」
「一人じゃねぇ」
スタスタと俺の横を通り過ぎていく弥助。
手には鍬。
弥助は千鶴が掘った穴に降りて千鶴と同じことを始めた。
「何やってんだ弥助」
「侍の姉ちゃんの手伝い」
「何故手伝う?」
「姉ちゃんは命の恩人、それに色々良くしてもらってる。理由なんて十分あるよ」
「チッ、勝手にしやがれ」
俺はそう言って奴らに背を向ける。
付き合ってられん。
そう思って家に帰ろうとすると、家の前に一人の女、問屋のシズがこっちを見てニヤニヤしていた。
……こっち見んな。
「俺の家に何か用か?」
「は、村八分を受けた家なんざに用向きなんて無いね。あたしゃただ問屋にある腐りそうな物を投棄しに来ただけだよ」
そう言って俺の家の玄関の前に置いてある野菜やらなんやらをクイッと指さす。
……どう見ても新物じゃねぇの。
「それにしても、あのお侍さんには毎度ほんと驚かされるよ」
「話しかけて大丈夫なのか?」
「ただの独り言さね。誰が聞いてようと、受け答えしようと、私は独り言を言うだけさ」
「……」
「あの子はよくやってるよ。偶にしか人里には来ないけど、来る度に里の子と遊んでやったり、人形劇をしてやったり、病人を無償で診てくれたり、足腰の弱い奴の収穫を手伝ってくれたり」
「しかし奴は一定の距離から近づこうとしない。おかげであいつとの距離を測り損ねて参ったものだ。お前のとこもそうだろ?」
「わっはっは、まさか鬼の弥太郎と言われた退魔師様からそんな言葉が出るたあねぇ」
「うっせぇ」
「……恐らくあの子は寂しがり屋なんだよ。過去に何があったのか知らないけれども、人と一定の距離を取ろうと振る舞っているのに、結局知らず知らずの内に人を求めている。そんな二律背反に気づかないあの子はきっと人を遠ざけて生きていく事なんて無理だよ。だからしっかり気ぃ使ってやんな。かみさん助けてもらったり色々恩義があるんだろ。あの子泣かせたら只じゃ済まさないからね」
そう言って去っていくシズ。
そんな彼女の背中に俺は「分かり切った事を言うな」と吐く。
「……」
気づけば俺は鍬を持って千鶴の元に駆けていた。
突然駆けて来た俺を見て、弥助がギョッとしていたが構う事ねぇ。
「父ちゃん……」
「二人より三人だ……」
「土屋殿?」
「人数多い方が作業が捗るだろ。お前らはそのまま川に向かって掘ってろ、俺が幅を作ってやる」
「それはありがたい。頼みましたよ、土屋殿」
「何言ってやがる、これは只の暇つぶしだ。手伝ってる訳じゃねぇからな」
「奇遇ですね土屋殿、私もこれは只の暇つぶしですよ……それと土屋殿」
「なんだ?」
「土屋殿ってツンデレですか?」
「は?」
ツンデレって何ぞや?
千鶴の阿呆らしい計画に手を貸す様になって
それだけの期間やった筈なのに、半町(約55m)程しか進んでいないのだが、千鶴曰く「千里の道も一歩より、何事も継続が肝要」らしい。
俺は何度も何度も辞めようとは思ったが、結局辞める事は出来なかった。
とはいえ、飯を食って行く為にも田んぼの方も疎かにすることは出来ないので、せっせと耕していたのだが
「やあ、久しいな弥太郎」
「正蔵か……何しに来た。俺は村八分だぞ」
「独り言、独り言~」
「ちっ、てめえもか」
何故か里にいた時の友人の正蔵が、これまた彼の友人の佐吉と権兵衛を連れて俺の所に現れた。
キョロキョロと、正蔵は辺りを見回して誰かを探しているのだが……ああ、千鶴を探しているのか。
「千鶴なら穴掘ってるぞ」
「やっぱりシズさんの言った通りか。すまんが案内頼めるか?」
「……こっちだ」
別に案内をする必要はないが、どうしてかそんな気分だった俺は正蔵を引き連れて千鶴の許へ。
程なく歩いて作業場に着くが、千鶴たちはどうやら休憩を取っていたようだ。
……というかどうして菊までここにいるんだ?
「あら、私は千鶴様達にお水をと思いまして持って来ていただけですが……居たらいけませんでしたか?」
「い、いや。なんでもない」
嫌味でもなく、悪意がある訳でも無く、ただ純粋に笑顔で投げかけられる菊の問いに俺は言葉を詰まらせる。
いや、脚気を治してくれた千鶴に何か恩返しがしたいという気持ちは分からんでもないが……
そんな事を考えている俺を見て、正蔵がニヤニヤ。
俺は慌てて咳払いをして正蔵に話を促す。
「そうでしたそうでした。千鶴様におきましては御日柄もよく」
「様?……私はそんな大層な者ではありませぬ……」
「いえいえとんでもない。わしらは皆、千鶴様に色々して頂いて感謝しておりますよ。この前なんか村長の所のでb……次男坊を扇で嬲って……ゲフンゲフン、懲らしめて頂いたのですから」
「あれは彼の自業自得です。しかし悪い事はしっかり貴方たち大人が指摘してやらないと増長するばかりですよ?」
「これは耳が痛い……それはさて置き里の者は皆、感謝している訳ですよ」
そこまで言った正蔵は一息置いて「だからこそ」と繋げる。
「だからこそ、貴女のやっている事が分からない。何故貴女がこのような事をする必要があるのですか?」
「……と、言いますと?」
「知っていますか千鶴様「せめて殿で」……殿、我々も嘗て二度、治水を試みた事がありますが、水を御する事は到底無理だと分かったんです。いずれの水路も悉くが上手くいかなかった」
「だから私にも出来ないと?」
「……然り」
「千鶴さん、俺たちに色々してもらってこんな事あんたに言うのは気が引けるが、結局神様の掌で踊っているのが俺たち人間なんだ」
「そんな俺たちが天に逆らえる訳がない」
「神、ですか……」
三者三様投げかけられる言葉を受け止めた千鶴は、正蔵を指さして告げる。
「人こそ神である」と。
「人が神?」
「そう、私に言わせれば地球上で物を生産したり、加工したり、土地を耕したり、土地の上に建物を作ったり等々、モノづくりができるのは今現在において人以外にはありえません。そして人間のしている事は神々の創造と何ら変わりない。なればこそ、人は一人一人が神と成りうるのです」
「言いたいことは分かった。しかし、治水の問題は口先だけでどうにもならないぞ千鶴」
「……見なさい」
千鶴は今まで飲んでいた湯呑を掲げ、中身をゆっくりと零してみせる。
無論中身のお茶は上から下へと。
そして落ちたお茶は千鶴の足元で水たまりを作る。
千鶴は湯呑を隣にいた弥助に預け、今度は地面に広がるお茶の水たまりの浸食が早い部分の端に指を刺し込んで地に道を作る。
無論、お茶は出来た道に従って突き進む。
「水は何処まで行っても自由、上から下に落ちようと、流されようと、水は何があろうと水、只々行きたい所を流されるだけ。川の水も同様、そして」
川の水はここを行きたがっているのです。
千鶴が指さすのは、今俺たちが掘っている水路。
「何故そんな事が分かる?」
「では、川の水の声を聴いて来なさい。水自身がそう言っているのです」
正蔵が問うた言葉に、今度は川がある方向に指を刺しながら答える千鶴。
ハッキリ言って彼女の言っている事は要領を得ないのだが、それでも無意識に川の方に足が進む。
それは正蔵たちも同じことなのか、俺の後を追って歩き出す。
そしてついた近くの川。
そこにあるのはさらさらと、いつもと変わるところのない川の流れ。
「違う」
俺は川に足を突っ込んで改めて川を見る。
俺の脚に水の流れが当たって、水の進路を変える。
しかし、水自身は変わらない。
只流されるだけ。
進みたいように進むだけ。
「嗚呼、成程。我々は元より水を御するなんて骨折り損をしなくてもよかったのだ」
正蔵が呟いた言葉に、佐吉も権兵衛も頷く。
「御するのではなく」
「流すだけ」
「水は何処までも水」
「……決まりだな」
そして千鶴の元に戻った正蔵たちは、開口一番彼女にこう言った。
「千鶴殿、貴女様にご助力致す」
「え……ぁ、はい?」
「そうかい、完成したのかい」
「ええ、お蔭様で」
私はシズさんに先日水路が完成したことを伝えるついでに買い出しに来ていた。
今回は買い出しを済ませたらすぐに帰るつもりだったのだが、女性同士故かついつい長々と世間話をしてしまい、私たちはかれこれ一刻程話し合っていたのだが、それはそれでいつもの事だ。
「それにしても、正蔵さんが手伝いを申し出た後、あんなに人が集まるなんて思いもしませんでしたよ」
「それだけ千鶴はこの里の者に愛されているという事さ。そうだ、あんたもうこの里に住んじまいなよ」
「折角ですが……おや、雨」
ポツリポツリと空から落つる、小さな滴。
空を見上げれば、いつの間にやら曇天。
「おかしいねぇ、さっきまで快晴だったのに」
「一雨来ますね……すみませんが、追加で傘を売っていただきたいのですが」
「大丈夫、大丈夫、傘ぐらい持っていきな……っとそういえば」
「?」
「あんた、子どもたち相手に人形劇をしているだろ?」
「ええ、最近はちらほらと大人の方も見に来ているので、子どもたち相手だけの劇じゃなくなっていますけどね」
「『正体不明の人形師』」
「はい?」
「何処からか、ふらりと現れた人形師は見事な辻人形劇を開いたかと思ったら、いつの間にか手品の様に消えていた。あんたの事を知らない巷の連中が勝手につけたものだよ」
うわ、なんか中二病みたいな異名やな。
いやね、私の劇を大人も楽しんでもらえるようになったのはいいのだけど、ある日観客の何人かに無断撮影とストーカー紛いの事をされかけたのよね。
その時は咄嗟に能力で
『我を撮る事能わず』
『我を認識する事能わず』
って呟いたからその時は大丈夫だったけど、その時から追跡を防ぐ為に終わったら速攻逃げ帰る癖がついたんだよ。
「それでさ、傘妖怪があんたの写真を撮ろうと血眼になって探しているんだよ」
「傘妖怪?」
「そうそう、傘妖怪。この前劇をしているあんたの写真を撮ろうとしたんだけど機材の故障で撮れなかったらしいんだよ。すぐに機材は直ったらしいけど、その時にはあんたは何処にか。だから今度こそ撮ってやるって里中探し回っているみたいだけど」
傘妖怪……恐らく多々良小傘の事だろう。
この前無断撮影行おうとしていたのは恐らく彼女だ。
(因みにストーカー紛いは村長のところの次男坊が犯人)
彼女の事だ、無表情で愛想のない私ではなく劇を見ている笑顔で笑っている子どもたちを撮ろうとしていたのだろう。
しかし、なんで彼女がカメラなんか持っているんだ?
私の知っている彼女と、カメラとの接点が思いつかないのだが。
「何故妖怪が写真を?」
「そうそうその傘妖怪、何でも妖怪の山に住んでいる人間の写真屋に弟子入りしているらしいんだよ。ええと、そいつが載ってる新聞は何処にやったっけ?」
妖怪の山に住んでいる人間……排他的な天狗が住み着くあの山で住むなんて本当に命知らずな人間だな。
いや、此処は私のいた世界じゃない。
もしかしたら、妖怪の山の天狗たちは案外排他的じゃないのかもしれない。
「あったあった、これだよ。ちょっと古い号外だけど」
シズさんに渡された新聞、文々丸新聞の一面に大きく写った濃い銀糸の髪に淡いエメラルドの瞳を持った少年(いや写真自体は白黒写真だが、本文に少年の特徴が書いてあった)。
見出しには『記憶を失った少年!写真屋としてデビュー!』とある。
「……」
私は少年を見て思う。
「ここに写っている彼は果たして人間か?」と。
彼は、この少年の正体は……
「どうしたんだい、黙り込んじゃって。もしかして惚れたのかい?」
「シズさん、それは流石にないですからね」
まあ不干渉を決めている私が接点の無いこの少年の事に関してとやかく言う機会は今後無いだろう。
それに私が干渉せずとも、そこら辺は紫辺りが上手く手を回す筈だ。
「それではシズさん、ごきげんよう」
「ああ、またおいで」
私はそう考えて、少年に関しての思考を止める。
そして雨が本降りになる前にと、私は風呂敷に包んだ荷物を首に引っ掛けて帰宅する足を速めた。
「おかしい」
やまぬ雨風、嵐を庵から見上げ、私はポツリと呟いた。
シズさんの所に買い出しに行ってから数日たったが、嵐は日に日に勢いを増すばかり。
流石におかしいと思った私は傘をさして外に足を向ける。
庵の近くにあった少しばかり背の高い木に飛び上り、辺りを見渡すと
「は?」
嵐は妖怪の山を中心に渦を巻いて起きていた。
妖怪の山自体は嵐の目となっている為とても晴れてはいるが、それ以外は強い嵐が襲っている。
「?」
妖怪の山の目と嵐の境目がキラキラしているのを不思議に思った私は視力を強化して見てみると、銀の破片だと分かった。
更に、その銀色の紙が太陽光を反射して山の山頂にある球体の様なモノに集められているのが確認できた。
恐らく何らかの理由であの物体に太陽光が必要なのだろう。
そして太陽光を集める為に故意に嵐を起こして銀紙を宙に浮かせ、何らかの方法で宙に浮いた銀紙の角度を操作しているのだろう。
「河童め、考えたな……いや、河童に指図出来る天狗の仕業か」
異変だな。
私はそう思って妖怪の山に突撃しようかと考えたが、此処が異世界である事を思い出して踏み留まる。
代わりに私は土屋殿の家へと足を向ける。
家、と言うより彼の家の近くにある水路がちゃんと機能しているのかが心配になってきたからだ。
私は木の上から飛び降り、水路の端、堰を築いた所に足を向ける。
走って向かっていたのだが、傘が邪魔だと感じた私は途中で傘を袂に、四次元空間に仕舞い先を急ぐ。
程なく走り続けると、堰の近くに水路の建設に携わった人里の者たちが何故かたむろしているのが見えた。
堰は……切られていなかった。
「正蔵殿、弥太郎殿!!」
「来たか千鶴」
「どうして、どうして堰が切られていないのですか?このままでは……」
「分かっています。川が決壊寸前まできているから私たちはここにいる」
「正蔵殿、なら何故です?」
「切りたくても切れないんだ」
正蔵さんが指さす先には、堰を切ろうと六人の男衆が踏ん張っている光景が目に入る。
しかしそれでもうんともすんとも言わない堰。
男衆の顔には焦りの表情が見える。
「千鶴殿、残念ですが「退いて下さい」……はい?」
「男衆を退かして下さい、私が堰を切ります」
私の言葉に一瞬戸惑いを見せる正蔵さんだが、すぐに頷き男衆を堰から遠ざける。
私は彼らの退去が済み次第、刀を居合で構えてゆっくり深呼吸。
そして
「飛べ!!」
刀を振るい、斬撃を堰に飛ばす。
堰に使われていた木の板は斬撃により綺麗に割れ、ガコンという音を立てて川の水を水路に招き入れる。
それを見た人里の者たちは歓喜するのだが……
「たすけ……」
「!?」
川の方より微かな声が確かに聞こえた。
私は川の方を慌てて見るが……そこには誰もいない。
「どうしたのですか千鶴殿?」
「川の方より声が……」
「声?」
「見た所、誰もいませんが……」
「いたぞ!!」
弥太郎さんが指さすその先、確かに水の中より苦しそうにもがく手が小さく見えた。
私は慌てて袂、その中の四次元空間より人形を一体取り出して、溺れている人の方に差し向け、川より引っ張り上げる。
「おめえ、上流の里に住んでる久作じゃねえか」
「げほっげほ……助かった、マジで助かった……」
引っ張り上げた久作という男。
落ち着いた彼に川に流された事情を聴くと彼の里、上流の方では強風や雷や河川の増水等、嵐の影響でかなり悲惨な事態になっていたらしく、彼は里にこの事を知らせようと戻る途中、運悪く足を滑らせて川に落ちてしまったそうだ。
「どうする?」
何故かそんな事を私に問うてくる正蔵さん。
そして皆が沈黙し私の方に耳を傾けて意見を求めている状況に「なんで私……」と内心ツッコミを入れる。
「どうするもこうするも無いでしょう。動ける男衆はすぐに上流の里に走って貴方たちの里に避難するよう連絡しなさい。それと一人……正蔵殿は里に戻って村長に避難民の受け入れの準備をするよう伝えてください」
「合い分かった」
「千鶴殿、従わない者は?」
「知りません。従わない者は彼らの意思を尊重して残してきなさい。従わない者の面倒まで見る余力は私たちにはありません」
「りょ……了解」
「私は溺れている者の救助にあたります、何かあった時にはこの札に念を入れれば私に伝わるので持っていてください」
私はそう言って袂より連絡用の札を一人一人に渡す。
これは博霊の術式で組まれた札なのだが緊急事態なので致し方ない。
弥太郎に手渡した時に少し眉を顰めていたが、それを問いただす事は無かったので胸を撫で下ろした。
「それでは行きましょう」
「「「応!!」」」
私の掛け声で一斉に散っていく里の者たち。
私も己の仕事をするため、川に沿って走り出した。
上流に住んでいる里の者一軒一軒を当たって避難を促す事数刻。
漸く担当の里に対する避難指示が終えた所で俺は佐吉と権兵衛に遭遇した。
「弥太郎!!」
「佐吉と権兵衛か、そっちの首尾は」
「問題ねぇ。上流の里に住んでたやつらはこちらに避難してくれるそうだ。後は里の外れに住んでいる退魔師とかだな」
「ああ」
「急ごう。千鶴さんからさっき伝令が入ったんだが、あと一刻かそこらで上流の河川の決壊はするらしい。早く離れないと俺たちもヤバい」
「これでも持った方だろ」
「だな」
そうして里の外に住んでいる、里の守護を担う退魔師たちにも指示を出し終えた俺たちは決壊も間近という事で、急いで里に戻る途中
「ぶひゃああぁあぁぁああ~助けて~!!」
豚が川に流されているのを見てしまった。
「あれって……村長ん所の次男坊だよな?」
「間違いねぇ……あんの豚野郎、なんで流されてんだよ」
「大方上流に売っている角煮でも食いに行ってたんだろ。自業自得だ」
「だな、あんな奴生きていても碌な事にならないしな」
「……馬鹿野郎が」
「弥太郎!?」
俺は川の上に結界で足場を作って豚野郎の元に駆けだす。
「弥太郎、見捨てちまえよそんな奴。お前を村八分に追いやった張本人だぞ!!」
「知るか……俺はただ、目の前で人に死なれるのが我慢ならねえだけだ!!例えそいつが豚野郎だろうとな!!さあ、さっさと手を伸ばせ豚野郎!!」
「ぶひぅ、弥太郎……たすかっ」
俺は豚に手を伸ばし、引き上げようと力を加えようとして
ゴキリッ
予想外の豚の重さに俺の腰から鈍い音が鳴り響く。
そして俺は腰の激痛に耐えきれず、そして豚に手を握られていた為、俺は川に落ちかけるが後ろから突如ガシリと手を取られる。
「ぜえ、ぜえ……全く、ミイラ取りがミイラになってどうするのですか?佐吉殿から連絡なかったら……私が近くに居なかったら、土屋殿も落ちるところでしたよ」
振り向けば千鶴がしっかりと俺の手を取っていた。
彼女はいつも通りの無表情……いや、彼女にしては珍しく呼吸を荒くし、苦しそうにしていた。
そして彼女は背後に従えていた人形たちをを使って俺たちを引っ張り上げると、千鶴はその場にへたり込んで胸を抑える。
「おい大丈夫か!?」
「ぜえ、ぜえ……こ、ここまで来るのに少々無茶をしましてね(人間の身で
「ぶひひ、苦しそうにしている千鶴……イイ!!」
「豚は自重しろ!!」
「ぶぎゃぁ!!」
「ほら、立てるか?」
「あ、有難うございます」
俺は腰の痛みを我慢し千鶴に肩を貸して立たせ、岸の方まで何とか歩かせる。
そこまで歩いた千鶴は崩れ落ちる様にその場に倒れた。
俺も彼女を支えきれずに一緒に倒れてしまった。
「すみません土屋殿」
「構わん」
そう言って今度はしっかりと彼女を支えあげ、佐吉たちも千鶴を支え、里に向かって足を進めた。
私はあの後、運ばれていた途中に何時の間にやら眠っていたらしく、目覚めた時には私のではない布団の上で目が覚めた。
私はしばらく只々ぼ~、と天井を眺めていたら部屋の襖が開けられ、とある人物が桶を抱えて入ってきた。
「目が覚めたのか、千鶴さん」
「上白沢殿……」
上白沢慧音、この世界においても彼女は寺小屋の先生だった。
彼女とは里における辻劇で何度か顔を合わせた事があり、二、三回ほど話もした事のある、こちらで唯一私と接点のある実力者だ。
彼女は私の近くで腰を下ろし、身体の具合を聞いてきたので私は大事ないと返す。
「それは良かった、あれから五日ほど眠ったままだったので心配したぞ」
「それは……ご心配をおかけしました」
「いや、無事で何より」
やはり人の身は何とも脆弱なものだな。
私は改めてそう感じた。
それはさて置き、あれからの事の仔細の気になった私は慧音にそれを問うと、一つ一つ色々と私に答えてくれた。
その中で聞いた死傷者、行方不明者は思っていたより少なかったが、家を失った者が多く、その者たちはこの里に新たに住居を建設し、住む事になったそうだ。
それと土屋一家に掛かっていた村八分は取り消し。
何でも水路建設と避難誘導に尽力した事、あとあの次男坊を救った事が理由らしい。
聴きたいことが一通り聴き終えると、慧音は私に深々と頭を下げてきた。
「上白沢殿?」
「千鶴さんには数多の者を救っていただき、里を代表して心から感謝を申し上げる」
「や、私は別に……ん?」
慧音が桶と一緒に持っていた新聞が気になった私は、彼女にそれを見せて欲しいと頼むと彼女はしまったというような顔をした後、渋々それを私に見せてくれた。
「『彼氏が出来ました』……これは」
「今日、問屋に届けられた号外だ。事が事なので販売は差し押さえている」
「賢明な判断です」
今、妖怪の山が原因で起こった異変でかなりの被害のあったこの里でこれが出回れば、里の者は憤慨するに違いない。
特にあの嵐で家族を失った者がこれを見ればどうなるか……
きっと怒り狂って危険を顧みず、妖怪の山に乗り込みに掛かるのが目に見えている。
「しかしいつまでもこれを差し押さえておくのは妖怪の山側と里のただでさえ微妙な関係がこじれる可能性がある」
「ふむ……それでは
「何故?」
「それだけ期間を置けば怒りも多少は和らぐでしょうし、相手は妖怪です。その時には私たち人間が妖怪に勝てない事を判断できるくらいには冷静さを取り戻すでしょう」
「分かった、私も出版側に一月何とか待ってもらえるよう交渉しよう」
「上白沢殿、宜しくお願いします……して、弥助はそこで覗き見ですか?」
「うへぇ、侍の姉ちゃんよく分かったね」
襖の裏でこそこそしていた弥助を私は部屋に招き入れ、用向きを尋ねる。
弥助はしばらく言い辛そうに口をもごもごさせるが、意を決したのか、顔を上げて口を開いた。
「姉ちゃん、頼む、人形劇をやってくれ!!」
「はい?」
弥助に頼まれた人形劇。
それは、被災した者たちに対するチャリティーの様なモノだった。
「被災して失意の内にある彼らに再び笑顔を」
弥助のそんな思いに押され、私は意を決して、この世界において初めて大々的に人形劇を行った。
結果は大成功。
即興劇ではあったが、被災した彼らに少なくとも笑顔を、活気を取り戻す事に成功した。
「紳士淑女の皆々様、本日は私めの拙い人形劇にお集まりいただき誠に有難うございます」
そしてそれを見ていた村の重役に土下座外交されて、村の娯楽として劇を続ける事、今回で15回目。
『正体不明の人形師』をこの里で知らない者など既にいない。
日に日に増していく観客の数に驚きながら、紫たちに目をつけられないかとビビりながら、結局私はズルズルと劇を続けている。
「短い時間ではありますが、どうかごゆるりとご観覧ください」
深々と頭を下げる私に向けられる拍手。
それらはきっと私の劇に対する期待のあらわれだと思う。
これだけの期待を向けられて少しばかり緊張するが、彼らを笑顔にさせたい。
その一心で嗜好を凝らして作った物を用意してあるので今日も楽しんでいって欲しい、笑顔になって欲しい。
ふと私が今思った事を思い返し、今行っている当初の私と矛盾している行動に納得がいった。
「ああそうか、だから私は危険を冒して劇を続けるのか」と。
私は頭を上げて、ゆっくりと腕を持ち上げ、壇上の人形に指示を出そうとしたその時、偶々客席から新聞に写っていた銀糸の髪を持った少年がこちらにカメラを構えているのを見かけた。
「拙い」と思った私は慌てて観客の整理に当たらせていた人形の一体をカメラの前に割り込ませて撮影の妨害に成功する。
「申し訳ありませんが、許可のない撮影はお控えください」
「ご、ごめんなさい」
とうとう目をつけられたか……
内心焦りながらも劇をはじめ、その時は何事もなく幕引きまで行った。
そして私はその後、言霊を使ってその場から認識されずに逃げ帰る事が出来たのだが、この事が後にあんな事件に発展する事になるなどその時の私には知る由も無かった。
ども、bootyです。
やっと終わったプロローグ。
次回からは 戌眞呂☆さんが書いた物を千鶴視点に書き直ししていく形になるので今回みたいに10000文字越えは無いと思います。
それでは、またの日のあとがきにて。