貴方が良かれと思った行動は、他者にとっては悪い事に繋がるかも知れない
誰かにとってのハッピーエンドは、誰かにとってのバットエンドになるかもしれない
人の数だけあるかもしれない幸と不幸
貴方の世界は貴方の周りだけではないのだから
そういう事だってあるかもしれない
そうした事実を知った時
はたまた幸せの裏に隠された憎悪を知った時
貴方は一体どうしますか?
空が泣いている
上を見上げた男は呆然とそんな事を思う。
男の目は赤く染め上げられ、頬を伝う水は心なしか他より多く見える。
しかしそれは敬愛していた両親を失った彼には無理もない話かもしれない。
そんな男の周りには大勢の者たちが集まり、そして思い思いに天に嘆いていた。
ある者は地を撫で、手塩にかけた作物が諸々駄目になった事を
ある者は天を仰ぎ見て、己が住処を、村を、故郷を失った事を
ある者は地に拳を打ち付け、愛すべき我が子を失った事を
ある者は天に「何故!!」と問いかけ、生涯苦楽を共にすると誓ったはずの最愛の人を失った事を
皆が皆、思い思い、嘆き嘆く。
明日の食はどうするかと問うた者がいたが答えは返らず、明日の寝床はどうするかと問うた者もいたが答えは返らず。
我らの明日はどっちかと問うた者がいたが答えは返らず、我が子は何処かと問うた者もいたが答えは返らず。
そんな中で、某の男が問うた。
“コレハダレノセイナノカ”と
沈黙
皆が問うた男に目を向ける。
“テングタチノセイダ”
そんな中、初めての答え、某の女の震えた声が男の問いに初めての答えを与えた。
女は見ていたのだ。
嵐の中心である妖怪の山が不自然なまでに晴れていたのを。
だからきっと天狗の仕業に違いないと。
女の言葉は伝言ゲームの様に、その場にいる全ての者に伝わっていく。
そして悲しみは憤怒に。
天災であったのだろうと思っていたが故に何処にも怒りを向ける事の出来なかった彼らだが、それが故意に起こされたのなら話は別。
そして彼らは立ち上がる。
己が内にある怒りを、恨みを、悲しみをぶつける為に。
天狗らよ、殺らいでか!!
妖怪らよ、殺らいでか!!
人は何時でも妖怪に怯えて生きてきた。
親族が殺されようと、友を殺されようと、只々彼らは仕方なしと怒りを抑えて生きてきた。
引き金がどうあれ、彼らの怒りが今ここで限界を迎えてしまったのは無理のない話かもしれない。
彼らは天に誓う。
己が死のうと一匹でも多くの畜生を殺してやると。
畜生の子を目の前で殺してやると。
彼らは思い思いに武具を、農具を、詰まるは凶器を手に持って、まずは妖怪の山に駆けだす
筈だった。
「暫く」
彼らの進路を阻むは一人の女。
ただ一人、道の真ん中に佇む彼女を見、彼らは足を止めた。
彼女は問う、徒党を組んで何処に行くかと。
彼らは答える、妖怪共を懲らしめに行くのだと。
それを聞いた彼女は嘆息。
そして彼女は「止めておきなさい」と繋げるが、彼らは皆、首を横に振る。
最早彼らは後戻りする事は出来ない、する必要も無い。
明日に必要な物を奪われた彼らに明日など無いのだから。
「嗚呼、そうですか……合点がいきました」
そんな彼らの思いを汲み取ったのか、彼女は一人頷く。
「しかし、だからこそ貴方たちをここから通す訳にはいかないのです」
彼女の口から吐かれた言に彼らはどよめく。
彼女に「何故」と誰かが問うが、彼女は首を横に振って只々謝罪の言葉を呟くだけ。
「如何やら私はどうしようもなく馬鹿で、短慮で、お人よし」
ピクリともすることの無い彼女の表情。
その様はまるで人形か、はたまた案山子の様である。
そんな彼女は何を思ってか、天に掌を遠くに翳す。
「そんな愚かな私が各々に施すのは何とも浅はかな救済」
偶然か、必然か。
彼女の翳した先の空が晴れ、雲の隙間から光が差す。
差しこむ光は彼女を照らす。
美しく、幻想的に。
色の無い彼女に色を与えるかのように。
そんな彼女を見ていた彼らは徐々に、静かな睡魔に襲われる。
一人、また一人とその場に倒れゆく。
「『さあ人よ、怒りを鎮めたまえ、忘れたまえ、忘れたまえ……案ずるな、皆の怒りは私が一手に引き受けよう、覚えていよう、忘れまい、忘れまい……だから今は安らかな眠りを、眠りを、良き夢を、夢を……』」
子守唄を謳うように紡がれた言霊。
そして一人として立っている者がいなくなったのを確認した彼女は再び嘆息。
「とんだ偽善ですね」
そう呟いた彼女は静かにその場を後にする。
その後、道端に数多の人が倒れているのを偶々空から見つけた白黒魔法使いがこれを介抱し、その話を紅白巫女の耳に入れるのはこれまた別のお話。
どうして私は、かくもどうしようもない愚者なのだろう。
私は手に持つ湯呑に薄らと映る私をぼんやり眺めて思う。
かの者達……妖怪達に報復を企てた彼らがあのまま、怒りのままに暴れていたらと思うと本当にゾッとする。
復讐は復讐しか産まない。
待っているのは、人と妖怪が互いに憎み殺し合う復讐の連鎖だ。
私は少しばかり、生前の世界大戦の惨状を思い出し、身体がブルリと震えた。
今回、偶々彼らの怒りを未然に防げたことは僥倖である……が、さりとて数多の人々の意思を無理やり捻じ曲げた事はどんなことがあっても許されることでは無いのだろう。
例え他人であろうと死に急ぐ者達を救いたいと思うのはやはり私の粗末な、酷く滑稽なエゴ。
一体私は何様のつもりなのだろうか?
「酷い顔ですね、何かありましたか?」
不意に目の前にゆったりと座っている菊殿がそんな事を私に宣うものだから、私は驚いて顔を上げた。
「そんなに酷いですか?」
「ええ、とても」
こんな無表情の顔を持つ私に、彼女はそんな事を宣うのだ。
恐らく分かりやすいほどに私の内面が漏れていたのだろう。
そして漏れてしまった感情は戻る事無く、自覚してしまった私の口からも色々な言葉が漏れだす。
「……駄目ですね、私は」
「?」
「救った気でいた、助けた気でいた、防いだ気でいた……少なからず被害があった事を知っていた筈なのに」
自然と己の裾を強く握り締め、己の自己に対する怒りを露わにする。
「何が『覚えていよう』だ!!己が手に
成程滑稽、嗚呼滑稽。
とんだ道化ではないか、私は。
そこまで言って、目の前に菊殿がいる事を思い出し、子どもの様に感情を露わにしてしまった事を恥じた。
顔が羞恥のせいか、熱い。
「何を言っているのか……私には一切の要領を得ませんが、余り気負いするのは宜しくないですよ千鶴さん」
「すみません、忘れてくれると助かります」
「もちろんそのつもりです……が、それにしても千鶴さんでもそんな風に感情を漏らす事もあるのですね」
そんな風に思われるのは心外だ。
私だって生きているのだから感情の機微位持ち合わせているつもりだと、口を尖らせて反論する私を菊殿はクスクスと笑う。
笑われて、更に羞恥で赤くなった顔を冷ます為に再び茶を一杯。
「あの、菊殿……そんなに笑わなくてもいいではないですか」
「ごめんなさい千鶴さん、私の秘密を一つお教えしますので許してくださいな」
「ほう、秘密とな……」
「ええ、秘密です」
静かに微笑む、目の前の彼女の秘密が気になり少しばかり身を乗り出してしまう。
「実は私、この身の半分は妖怪、雪女の血が流れているんですよ」
「へ?……それは本当ですか菊殿?」
「千鶴さん……とりあえずその刀、置いてもらってもいいですか?」
「おっと、これは失礼」
いつも間にやら親指で半身を見せた状態で構えていた刀を納めて右に置きなおし、その場に座りなおす。
人々の妖怪に対する憎悪を私が肩代わりして抱えているとはいえ、無意識レベルでそれが表に出るとは思っていなかった……というのはただの言い訳か。
注意せねば……本当に誰かを斬ってしまいそうで怖い。
「千鶴さん、妖怪が憎いですか?」
不意にそんな事を聞いてくる菊殿。
私は少し考えて首を横に振る。
「憎くないと……そうおっしゃるのですか、千鶴さん」
「私が一人、二人の妖怪を恨みこそすれ私が……そう、
「そうですか……」
千鶴さんって神様みたいですね。
彼女の言葉に思わずドキリとする私。
そんな彼女に「何故?」と問うてみる。
「千鶴さんっていつも他人の事を気を遣って、自分を顧みないで、見返りを求めないで、人が好きなのかなって思っていた頃もありましたけど、道端で会った妖怪とも親しげに話したり、この前なんか治療も施してましたよね……誰にでも平等で自己犠牲を厭わない、そんな千鶴さんはきっとそこらの神様より神様らしいです」
「そう……でしょうか?」
「でも千鶴さん。自己を顧みない貴女を支えてくれるのは誰ですか?そうやって何でもかんでも一人で背負い込んで、立てなくなった千鶴さんを支えてくれるのは誰ですか?そんなあり方では千鶴さん、貴女はいつか壊れて……」
「菊殿、心配しなくても私なら大丈夫ですよ」
だから私の中に入ってこないで。
思えば生前の大戦で家族を諸々失った時か、世界に生命が一切合切悉くが居なくなった時か、はたまた神として新たに生を受けた時か。
兎に角、私が表情を失った事も、この己の無い他人本位な生き方も、態々他人の恨みをこの身に背負った事も、思えば全てが異常。
言うなれば、私はとっくの昔に、その本質、存在からして
私はどうしようもない程壊れていたのだろう。
『殺せ』
目を閉じればいつでも聞こえてくる。
『殺せ、殺せ』
私が背負った彼らの憎悪。
『殺せ、殺せ、殺せ』
彼らが望むのはただ一つ、妖怪への復讐。
それが果たされない限り、人々の憎悪という毒、呪いは私の身を容赦なく蝕むのであろう。
『ころせころせころせころせころせころせころせころせころせころせころせころせころせころせころせころせころせころせころせころせころせころせころせころせころせころせころせ!!』
「……っ!?」
とうとう私は彼らの叫びに耐え切れなくなり、私は闇から逃避した。
「はぁ、はぁ……」
私の息は異様なまでに早くなっていた。
心臓さえも煩い。
息を整え、私は布団から起き上がると、自身の身体がぐっしょりと汗で濡れていることに気付く。
「身を清めませんと……」
自然に口から出た言葉。
それは本当に自身の身を清めたくていった言葉なのか、それとも己が身の内にある毒を清めたくて漏れ出た言葉か?
「どちらでもいいです……」
そう言って私はふらふらと覚束ない足取りで布団から逃げ出し、庵の闇から逃げ出し、下駄も履かずに外に出た。
外は未だ薄暗い。
しかし東に仄かに光があるのを確認した私は少しばかりほっとする。
私の庵から数分歩いた所にはちょっとした小川が流れている。
私はその小川に着の身のままに飛び込み、水浴び。
小川の水は、真夏だというのにとても冷たい。
先ほどまで熱気で火照っていた身体が嘘のように冷えていく。
「寒い……」
自身の身をギュッと抱いて、私はそんなことを呟く。
ふと視線を落とせば、水面には私の顔が揺れていた。
顔は相も変わらず無表情。
さりとて俯く事で影を落とした私の顔は、とても大丈夫とは言えないものであった。
「酷い顔……まるで地獄の悪鬼にでも出くわしたか、はたまた裁定を待つ罪人か」
ただそれも、人々の憎悪の声を目を閉じるたびに聴くのであまり眠れていない私には無理もない話かもしれない。
これでは菊殿にそう指摘されたのも頷ける。
「寒いです……」
もう一度私が呟いた言葉は自分の身だけではなく心までも冷え切っている事を自覚させる。
身体がブルリと震える。
「誰か助けて……」
自分の口から出た言葉にハッとして、首を振って「今の無し、今の無しです」と自分の言葉を誰かが聞いている訳でも無いのに取り消す。
「ふふ、何が『助けて』ですか?」
人々の憎悪を背負ったのは自分の勝手。
人々の憎悪に苦しんでいるのは自業自得。
なのに、それなのに、自己の救いを求めるとはどういう了見か?
それに本当に助けてほしいのなら、あの日あの時の菊殿の手を取ればよかったのだ。
それを払ってしまった私が、今更誰かに助けを求める事など矛盾極まりない話だ。
「ああ、ダメダメ!!しっかりしなさい私」
このままではずっとこの場で自己嫌悪に陥りそうになる。
今日は村で人形劇を披露する日だ。
流石にお客の前でそんな心持で劇に、お客の前に出る訳にはいかない。
私は頬をパンパンと二度叩いて気持ちを切り替える。
小川から抜け出す頃には日は空の中ほどまで上がっていた。
木々の多いこの森の中でも木漏れ日からそれが分かる。
木漏れ日を浴び、私はそれを見上げ、目を細めながら思う。
ただ、「温かい」と。
日にあたるのは何時でも良きものだと頷きながら、水舌たる寝間着を脱いで身体についた水滴を神気で飛ばす。
四次元空間から新たな着物を取り出し、それを着込む。
空を飛ぶ。
素足で外を歩き回っている事に気づいた私は小川で足を洗い直し、再び汚れないように空を歩くようにふわりと飛んでみたのだが、まるで妖精にでもなったかのような気分になって、これが思いのほか愉快だった。
少し空で踊ってみた。
すると何処から現れた小鳥も歌いながら私の傍で踊り出す。
私も小鳥たちの様に軽く鼻歌も交えてみた。
すると風の指揮の下で森の木々も思い思いに大合唱。
「有難うございました、皆さん」
そうして庵にたどり着いた私は、髪を啄んでいる小鳥達や森の木々に向かって軽くお辞儀、そしてお礼を述べた。
そんな私の言葉に小鳥はチュンチュン、木々はサラサラと私の言葉に答えてくれた。
私に彼らの言葉は分からない。
いや、神の力を使えば彼らが何と言っているのかはすぐに分かるのだが、それは無粋というものだろう。
「しかし、何故かな?」
彼らに「頑張れ」と、なんとなく言われた気がしてならない。
胸が少し温かくなる。
嬉しい事、楽しい事があると、人は心が温かくなる。
温かくなれば、人は前に進む事が出来る余裕が生まれる。
私は人々に、出来れば怒りを奪ってしまった彼らにも、明日を進むための糧を届けたい。
その為にも人情劇も、奉仕活動も、私は何でもやって見せよう。
「ごめんなさい菊殿」
彼女が私を心配してくれるのは嬉しかった。
しかし私はこれを止めるつもりはない。
どんなにそれが綺麗ごとでも、私の目の届く範囲で誰も死なせはしない。
その為なら人の憎悪くらいいくらでも背負ってみせよう。
一人でも多くを笑顔にしてみせよう。
誰にも理解されなくてもいい。
誰にも支えられなくてもいい。
何故なら私は神様だから。
「千鶴殿ぉ~」
村の真ん中で人情劇の為の舞台を設営(とは言ってもそれ程大きなものではないのだが)をしていた私を呼ぶ声がしたのでそちらを向くと、正蔵殿と上白沢殿がこちらに向かってきていた。
私は作業を人形たちに任せ、彼らに軽くお辞儀で応えた。
「正蔵殿、上白沢殿、御機嫌よう。私に何か用向きでしょうか?」
「いやぁ、千鶴さんが見えたから呼んだだけですよ」
「嘘言え正蔵。お前今日の劇の題目を先取りして聴きたいだけだろ?」
「うぐっ、先生は相も変わらす容赦がねぇ」
正蔵殿と上白沢殿。
親しそうに話す二人の接点が思いつかなかった私は二人の関係を聞くと、どうやらかつては教師と生徒の関係だったそうだ。
「不思議な感覚です……見た目は上白沢殿の方が若く見えるのですが」
「仕方あるまい、人と妖怪とでは時間の流れが違うのだからな」
「ははは、先生が若いままっていうのも中々いいものですよ」
人間と妖怪。
種族を越えて並び立つ彼らに、試しに私は一つの問いを投げかける事にした。
「妖怪について、貴方たちはどう思っているのか」と。
「ふむ、難しい話だな。私自身半妖の身である故、その問いに私が答えるべきか、否か……」
「しかし半分は人間ですよね。それにどちらかと言えば貴女は人間側の御人です。どうか人間としての貴女の意見を貰いたい」
「……ん」
口に手を宛がい、少し考える素振りをみせる上白沢殿。
少しして、彼女は「基本妖怪は、人にとって畏怖の対象だな」と私に答えてくれた。
「畏怖」とは何ともありきたりなと私が思っていると、彼女は「しかし」と続ける。
「人喰いをする妖怪もいれば、人に友好的な妖怪もいる。そういう点に関して言えば、人と妖怪は何ら変わりない。だからこそ『私にとっての妖怪とは』と問われても一概に答える事が出来ない。まあこんな意見が持てるのは、私が妖怪とも人とも交流があるからこその意見だ。普段人の中で暮らす者達は個体の性格など知る余裕もあるまいし、大半の妖怪が人に害をなすのには変わりない。故に人は妖怪を畏怖し、害、無害、関係なく迫害する。その方が自分たちが襲われるリスクは減るのだからな」
悲しげにそう語る上白沢殿。
人にもなれず、妖怪にもなれず、長い年月を生きてきた彼女は一体その眼で何を見て来たのであろうか?
「済まない、白けてしまったな」
「いえ、大変参考になりました。有難うございます上白沢殿」
「そう言ってくれると助かるよ」
さて、次は正蔵殿の番である。
彼は頬を掻きながら「あまり参考にならねぇぞ」と前置きする。
「正直言って俺は……と、言うよりこの村の連中はそこまで妖怪に悪い印象を持っている訳じゃねぇ」
「む、どうしてですか?」
「正直言ってこの村は特別なんだ。千鶴さんだって分かっている筈だ」
正蔵さんのその言葉に、私は確かにと首肯する。
この村は強力な博麗の結界によって護られ、博麗神社からの距離も他の村に比べて比較的近い。
それなのに村の中では時たま外部の妖怪が現れたり、上白沢殿や菊殿の様に村に住む妖怪さえいる。
それは彼らが村で人喰いをしないという幻想郷の賢者が設けた絶対条件の下で立ち入りを許可されている事もあるが、妖怪が村を訪れる事が出来るのは、訪れる彼らが理性的で人に友好的だからこそ成り立つことだ。
更には村に現れる大半の妖怪は人型が多く、外の無差別に襲い掛かる妖怪は獣の様な姿が多いことも挙げられるだろう。
詰まりこの村において、妖怪とは「人型は人と大差なく、獣型は獣と一緒」という認識が生まれた頃から根付いていたと推測できる訳だ。
……無論人型でも人を襲う妖怪はいるのだが。
「妖怪だって良い奴もいれば、悪い奴もいる。先生が言った通り、それは人と変わりない。だから妖怪については俺もなんて言えばいいのか分からない」
「そうですか……」
確かに彼らの意見は特殊だ。
この村以外の者にとって、妖怪とは一概に畏怖の対象。
この村の者にとって、妖怪とは個々によって違うもの。
この認識の差は恐らく妖怪をどれ程安全に見てきたかによる差だとは思う。
それでも
にゅる
『殺せ、妖怪など皆殺しにしてしまえ』
無論、
「そうそう千鶴殿、ご存知ですか、天狗と人間が付き合う話」
唐突に正蔵殿から振られた話に思わず視線が上白沢殿の方に向く。
そんな私の視線に気づいた彼女は、軽く頷くところを見るに、新聞の公開に問題は無かった様だ。
「人と妖怪が付き合う!!しかも人の方は俺より若いと来たもんだ!!それなのに何故俺はそれが許されないことがあろうか、いやない!!」
「正蔵、すまん。気持ちだけ受け取っておく……」
「告白する前にフラれた!?ちくしょぉ、なんで俺たちの恋は成功しないんだ!!リア充爆発しろ!!」
泣きながらどこかに駆けていく正蔵殿。
私が状況を把握できず、上白沢殿に説明を求めたところ、よく昔の教え子に告白されることがあるそうだ。
成程、だから「俺たち」ね。
「ご愁傷様です、上白沢殿」
「慧音だ」
「え?」
「お前の呼び方は他人行儀過ぎて、なんか、こう……壁を感じるんだ。もしそのスタンスを変えるのが難しいのならそれでいい、でもせめて私だけでも名で呼んでくれないか?」
「壁を感じる」
言われてみればそうかもしれない。
私は元よりこの世界の住人ではなく、何れ去りゆくのだからと無意識に壁を作っていたのだろう。
しかし私は今、この世界に生きているのだ。
彼女だって今、この世界で生きている。
確かに元の世界の彼女と違うからと言ってそうやって壁を作るのは失礼過ぎるにも程がある。
私は彼女に謝罪し、試しに「慧音殿」と呼んでみた。
そしたら彼女は一瞬驚いた顔を見せ、そして笑いながら私に「殿は要らないだろう」と指摘した。
人形劇は恙無く進んでいく。
今回の人形劇は今までで一番盛大な物に仕上げて来たつもりだ。
今回初の取り組みである前座は、人形たちを観客ぎりぎりの所まで近づけ、以前慧音殿に頼んで香霖堂から借りた蓄音機から流れる陽気な音楽に合わせて躍らせ、また私の操る色とりどりの花火が観客の上を駆ける様に舞う。
花火については私の周囲に近くから吸い上げた、目的の色を出す為の鉱物(緑色の花火を出したいなら銅)を危険が無いレベルで発火させ、それらを操っている。
観客の上を走らせる時も、安全の為に観客の上に広く結界を張った上に花火の周囲にも火と燃えカスだけを通さない結界を張っている。
半刻程の前座が終わると観客からは盛大な拍手を受けたのだが、本番はこれからである。
私は踊っていた人形たちを舞台の両端に集め、傍に置いていた人形サイズに合わせて作った楽器を手に音楽を奏でながら舞台の幕を開けた。
今回の人形劇は「雪男」。
これは以前聞いた菊殿と弥太郎殿の馴れ初めを基にした物だ。
無論二人には製作許可は取ったし、台本が出来上がった時に人形劇を先に見せている。
その折に菊殿と弥助には絶賛して頂いたのだが弥太郎殿は「ちょっ、おま……これを皆に見せるのか!?」と顔を真っ赤にして慌てていたのは中々面白かった(その後菊殿と私で説得して許可はしっかりと頂きました。
物語はとある山の麓に住む男の小屋に女が訪ねて来て、豪雪(これの演出は神術をこっそりと使って舞台の上に雪を降らせている)を避ける為に一泊する事を望む所から始まるが、普通は訪ねてきた方が妖怪のパターンが多いのだが、あえて逆転する事で常道にはいかない意外性を持たせる。
一泊する間、女は一人豪雪の中を彷徨っていたせいで心寂しいのか、気を紛らわせようと囲炉裏を挟んで男に色々話しかけるのだが男は口数が少なく愛想も無い。
女はそんな彼の反応を寂しく思い、用意された布団に潜って一夜を過ごすが、朝目が覚めると自分の近くにまだ火のついた小さな火鉢が。
『何と……こんなにも小さい火鉢には未だに火が。きっとあの方が寝ずに火鉢の番をしてくれたのですね』
そんなやさしさが嬉しかった彼女はその小屋を去った後も小屋を何度も訪れ、男に礼を尽くそうとするが、箱入りで育てられてきた女は失敗ばかりする。
そんな姿を見ても男は口数少なく愛想が無い……が、彼女の失敗や手伝いをさりげなく女をフォローする男に、女は段々と惹かれていく。
『嗚呼、何と不器用な、そして心優しいお方。そんな貴方を、そんな貴方だからこそ、私はお慕い申し上げまする』
これは女の独白なのだが、それを小屋の陰で偶々聞いた男に今度は視点を移す。
女が自分に対して恋慕を抱いている事に気づいていた男はそれを嬉しく思いながらも自身が妖怪「雪男」である事に負い目を感じていた。
女の視点は甘々な雰囲気を、男の視点は妖怪である事を隠す苦しみを、こうして視点を両極端で演出する事で人形劇でありながらも大人も楽しめる内容になる様に工夫している。
それから紆余曲折を得て、最終的に自身が妖怪「雪男」である事を告白する男。
そんな事は関係ないと、妖怪であろうと何であろうと女にとって、男である事には変わりないと告げる女。
そして女が告白をしようとした時、突如現れたのは男の父親。
父親もまた「雪男」であるのだが、男が人間と付き合う事を阻止しようと女を連れ去る。
物語はクライマックスへ。
父と子は戦う前に、父は人間と番いになると苦労する事になると投げかけるが男はそれでもかまわないと答え、父と戦う意思を見せる。
激しい戦闘の末、男は父を倒し、女と抱擁を交わし、接吻する……その最中に、実は舞台の端で倒されて倒れている父が立ち上がって,息子に親指を立てて舞台袖に抜き足差し足させるという気づかない様な笑いも交えてみたりして、気づいた何人か笑ってくれた。
こうして無事に人形劇は幕を閉じた。
私が人形たちと共に深々と一礼をすると、今までにないほどの拍手や礼賛を受けた。
大人も、子どもも、思い思いに笑顔で私を褒めてくれるのがたまらなくうれしかった。
「つ、疲れました……」
今までにない位の集中力が必要だった今回の劇だったのだが、前座での怪我人を出す事無く、また劇が失敗なく終わって本当によかった。
だから、だからこそ
「私、もうゴールしてもいいよね……」
そんな私の呟きに、ぽふっと頭に乗ってきた人形がぺちぺちと私のおでこを叩く。
まるでその子は私に「人形劇は御片付けまでが人形劇です!!」と言いたげである。
「分かっていますよ、無論やりますとも」
ただ、今日は疲れているからゆっくりと、のんびりと、茶屋にでもよって甘味を食べて帰るかなと、言霊による認識疎外を使わずに片付けをしていた私の元に、気づけば一人、誰かが近づいてきているのが足音で分かった。
「こんにちは!」
「……っ!?」
この声が私の記憶の中にある人物と同一であるのなら、明るくて、朗らかな、そして太陽の様な眩しさを見せてくれる、さりとて私が一番今出会いたくなかった人物。
私は恐る恐る面を上げる。
そこに私の知っている人物がいない事を願って。
「清く正しい射命丸です」
しかし私の祈りは、その子の言葉と笑顔に打ち砕かれる。
「何故貴女がここにいるのか!!?」
私は思わずそう叫びたくなるが、唐突にそんな事を言われても、彼女は困惑するだけだ。
「見事な辻人形劇を見せる貴女を記事にしたいので、取材をしてもいいですか?」
『殺せ!!』
「……っ!?ええ、いいですよ」
天狗を目の前にしてしまったせいか、隠れていた人々の憎悪が私に殺せと訴えて来る。
私はそれを無理やり抑え込み、ゆっくりと立ち上がって彼女を見据える。
実際彼女のインタビューはここで断る事もできるのだが、前回逃げる様に去ってしまった事を考えると「私が逃げるのはさも問題を抱えていますよ」と暗に言っている物であると考え直し、インタビューを受ける事にする。
「あの……」
何時の間に彼女の傍に立っていたのであろうか?
件の、射命丸の彼氏が私に写真の撮影許可を確認してきたので私は少し考えて許可をする。
確かに私の写真をとられることは余りよくないのだが、彼の……
しかし私は神として生まれ変わった時からこの方無表情だ。
故に彼がシャッターを切る事は、己の信条を曲げる事が無い限りあり得ないという事だ。
『殺せ、殺せ、殺せ』
「まずは貴女の名前を教えてください」
「私は、はくれ……失礼、千鶴と言います」
危ない、危ない……
思わず苗字まで言いかけるなんて……気を付けないといけないな。
その後、射命丸殿は様々な質問をしてくるのだが、答えられないような質問だったり、人々の憎悪が訴えて来る言葉に彼女の言葉が聞こえずに答えられない物ばかりでどんどん気まずくなっていく。
『ころせころせころせころせころせ』
「も~、一つとして答えてないじゃないですかぁ!」
そう言って痺れを切らした彼女だが、私の方も色々限界が来ており人形たちの作業が終わり次第逃げる算段を立てていた。
しかし
「では、どうして千鶴さんは人形劇を始めたのですか?」
この言葉を受け、いつの間にかゆっくりと私の右手が左袖下に伸びるのに気付いた私は慌てて袖の内で右手を左手で止める。
右手には半分抜身の状態で四次元空間から取り出された刀が握られていた。
「貴女がそれを問いますか……」
その状況で搾りだす様に漸く返した言葉がそれだった。
その言葉を受けた彼女は不快に思ったのか、こちらをスッと目を細めて見つめる。
(くっ……事実、この件に関して私自身もその質問を含めて色々彼女には言いたい事もありますが、今はこの右手をどうにかしないと……博霊神社に近いこの村で人が妖怪に刃傷沙汰なんて本当にシャレになりませんよ!!)
そんな時だった。
「あの、千鶴さん!」
「……はい?」
件の彼……確か葉月某と言う名であっただろうか?
意外な声掛けに何用かと思いながら、右手に集中しつつ彼の方に視線を向ける。
そんな彼が射命丸殿に負けない程の笑みで言う。
「千鶴さんの人形劇ってとても素晴らしいですね!」
「えっ……」
「まるで生きているかのように見せる人形捌きは見事で、つい見惚れてしまいました!」
「そ、そうでしょうか?……有難うございます」
私は彼の言葉に呆れつつも彼の機転には感謝を内心で述べる。
何時の間にやら右手の自由が戻っており、私はその手をごまかす様に頬に持っていく。
ついでに視線を外す事でまるで照れている様に装い、話を逸らし、人形たちの片づけの時間まで間を持たせる……そのつもりだったのだが、彼の褒め言葉は止まる事を知らず、まるでマシンガンの様に私の人形劇を、果ては容姿の事まで褒めだす始末。
男に容姿について面と向かって褒められた事の無い私は思わず顔が熱くなって、それが嘘か真か思わず彼の思考を読んでしまったがそれは本当の事で……
チョイチョイ
「!!……申し訳ありませんが今日のところはこれにて失礼させていただきます!!」
人形たちの片づけが終わったとの知らせを受けた私は逃げる様にその場を後にする。
一秒でも、一歩でも遠くに。
それは人々の憎悪を抑える為でもあったが、この理解不能な胸の高鳴りからも早めに逃げ出したかったのかもしれない。
「なんですか!!何なのですか、彼は!?」
よくも付き合っている彼女の前で他の女性を褒める事が出来る者だと思いながら、彼女は「不純です!!」とか「うがぁ~」とか空を飛びながら叫んでいた。
「あれ……飛んで?」
一通り落ち着きを取り戻した彼女は、今更ながら自分が飛んで逃げた事に気づき、「やってしまったぁあああああぁぁあぁぁああぁぁぁああ!!」と叫びながらorz。
生憎半径五百メートル以内の周りには人っ子一人として誰も聞いてはいないから大丈夫……あれ?
「誰か来る?」
村の方角から速度のある、物体が真っ直ぐこちらに飛来してくるのを感知した私は、付けられていると当たりをつけ、その時になっていつも帰宅するときに掛ける筈の認識疎外の言霊を忘れていた事に気づく。
これでは付けられているのも頷ける話だ。
「ああ、もう!!今日はどうしてこうも悪い事ばかり!!」
私はそんな愚痴を思わず漏らしながらも、改めて認識疎外の言霊を自身に掛けて帰宅を急ぐのであった。
「東方共作録」における、欧我達と村人たちの勘違い
文「私はなんてことを……」
欧我「文さんは俺が護る!!」
村人「「「グギギッ!!リア充爆発しろぉ!!」」」
ここだけシリアル(;・∀・)