「……どうします?」
「どうしようも無いです。まさか学会長が出てくるなんて……」
無尽 バミューダ・アロ。
俺達がなすすべなく逃げ出し、それでも到底逃げ切れなかったあのアンキさんと同格の相手。間違いなく出し抜けるような相手じゃ無い。
「アダムが戻ってくるまで待ちます?」
「それしか無いです……」
バミューダ・アロだと分かったとたん、カトラさんが意気消沈してしまった。良く知っている分、自分との実力差も強く感じてしまうのだろう。
とはいえここで俺まで折れてしまったらそれこそ終わりだ。出来る事をしていよう。
そう考えて、映された映像を観察する。
桃髪の女性は油断の無い目つきでどこかを睨んでいる。多分、視線の先には俺達の入ったドームがあるのだろう。
時折肩が上下し、鼻が少し動いていることから呼吸はしている、或いはする必要がある。
胸元を大きくはだけた服装には所々に銀の意匠が盛り込まれ、余り実務的には見えないが……少なくとも、その格好で問題ない、と判断しているのだ。とすると、肌等に何か防御を施している可能性は高い。
その肌だが、映像越しには特に変わった点は無い。普通の、血色の良い肌だ。
「カトラさん、この人が出来る事って分かります?」
「……バミューダ・アロはホムンクルスの第一人者です」
「ホムンクルス?」
分からない俺にカトラさんが簡単な説明をしてくれる。
何でも、人造的に作る人間……それもただの人間では無く、錬金術の究極目標たる完全に近い人間。
本来ならそれだけを指すのだが、バミューダ・アロが極めて簡易に製造できるホムンクルスを製造し、その方法を公開した事により、今では人造の人間をホムンクルスと一律で呼称するようになった、と。
「バミューダ・アロの作り上げたホムンクルスは極めて多岐に亘っています。人と一切見分けがつかない物、人間以上に機能性に優れた物、人を越えた頭脳を持つ物、圧倒的な美しさを持つ物、強さを持つ物……一体、あの方が何をしてくるのか、精確に予想することは私では……」
そう言ってカトラさんは項垂れてしまった。
取りあえず要するに、俺みたいなのを作る事が出来る、と。……一体どのレベルだろう。アダム並みだったらアウトだな。
……いや、アダム並みを想定しておこう。なにせ、あのアンキさんと同格の相手なのだから。
そうなるとまず俺での対処が完全に無理なのだが……可能性はある。
「壊晶って、どれくらい有効か分かります?」
「……私も実際に使った事が無いのですが……文献によると、これを使用した錬金術は、錬金術を崩す……本来、そう言った事をするには相手の使った術への深い理解が必要なのですが、それらの過程を一切省いて、錬金術を崩すのだそうです」
「それがあっても、この人には勝てないと?」
「はい……」
弱弱しい声ではあるが、断言した。
まあ、当然ではある。勝てるならカトラさんは逃げ出さなかっただろう。しかし、今は状況が違う。
「じゃあ、どこまでならできます?」
「どこまで……?」
「一瞬隙を作る、とか」
俺の言葉を聞くと、カトラさんは考え込み始めた。何かを紙に書き記し、何度も映した映像と見比べる。暫くその行動を続けた末、こちらに向き直った。
「……一瞬、本当に一瞬なら、できます」
「成程……」
俺はそれを聞いて、アダムに話しかけた。
『聞いた通りだ、どうにか出来るか?』
『何で俺頼りなんだよくたばれ』
『頼むー! マジで頼む!』
『なんだお前その頼み方。まあアレだ、今度金を寄こせ』
『お前金しか言わねえな!』
『あ? 放置しても良いんだぞ?』
『よろしくお願いいたします』
『分かればいい。後五分でそっちに行く。作戦開始はそれからだ』
通信を切り、カトラさんの方を向く。
「アダムと連絡が取れました。後五分でこっちに来るそうです」
さて、それまでにこっちもやる事をやって置こう──
森林の一角、そこが不自然に広がり生活空間と化していた。
椅子に机、食器にキッチン。複数の小物に本棚まで置かれている。
その一帯だけ風も吹きこまず、雨さえ降らない。外である事を忘れてしまう程、快適な空間に仕上がっていた。
「動きが無いわね」
そう呟いて、バミューダは紅茶を飲む。
この状態は彼女にとって想定外ではあるが、余裕を崩す事は無い。想定外ならば、再度想定し直せばいいだけだ。
「もう逃げたのか……それとも、キティラが負けたのか」
キティラが勝利したのなら、こちらに何か連絡を送る筈だ。全面戦争を避けるにはそれしか無いのだから。
つまり、キティラは勝利していない。逃げられたか、敗れたかの二択だ。
その二択でバミューダは、敗北を選んだ。理由は単純、そちらの方が厄介だからだ。
「少し数が足りない、か。ここで作ろうかしら」
問いかけるような声は返答を期待しない自問。そして、答えも既に出ている。空に書き記す陣がその証拠だ。
ガサリと音が響く。
それを聞いた瞬間、バミューダは思考を切り替えた。
「何もさせんな!」
飛び出してきた人影二つ、即座にバミューダはそれを把握し陣を書き直す。ホムンクルスの製造から、攻撃へ。
しかし、そこまで淀みなく行動していた彼女が、それを見た瞬間硬直する。
「会長、申し訳ありません!」
そう叫んだ少年の手に握られている色を変える結晶を見た瞬間に。
「今だ!」
もう一人の少年が叫び、同時に天から影が落ちる。
それに本能的な危機感を感じ、バミューダは陣を防御に切り替える。
直後、この世の物とは到底思えない異音が響き渡った。
気配を隠し、威力を絞った物とは言え、大陸程度であれば砕く突進を即席の陣で防いだバミューダ。その事に襲撃者は息を呑み、それを見て二人の少年が動く。
「崩せ!」
迸る七色の闇光。それを撃ち落とそうと組まれた術式が、機械仕掛けの少年によって阻まれた。
「っ!」
直撃。壊晶を組み込んだ陣から放たれた術式は、バミューダ・アロの体を貫き……その体を砂に返した。
「え?」
それを見て、カトラさんが驚きの声を上げた。
「……どういう、事だ?」
当初の予定ではアダムが隙を作り、そこにカトラさんが壊晶を当て、それでできた隙にアダムが攻撃を入れる、という物だ。
俺はそのサポートに動き、さっき思いっきり攻撃を貰ったのだが……何だこれは?
「カトラさん、壊晶ってこんな効果なんで……」
「そんな筈はありません! あくまで、錬金術の結果を崩す物でしか……」
動揺しまくるカトラさんを抑え、アダムの方を向く。
「アダム、どうだ?」
「どうも糞もねえだろ。コイツが錬金術で出来てたってだけだ」
「……この人が?」
「こいつの得意はホムンクルスの製造だろ。本体じゃ無かったってだけじゃねえのか」
「これが?」
そう言われてもまるで信じられない。なにせ、映像で見た姿も、今ここで見た姿も、まるっきり人間と同じだったのだ。アレがホムンクルス? もうそれはクローン人間等の域に踏み込んでいる。
「そういう訳でな。そこのガキ、殺したっつって気に病むな。そもそもまだ本体じゃねえ」
そのアダムの言葉で、カトラさんが少し雰囲気を明るくした。……ああ、殺したと思っていたのか。
そう言うとこは文化のズレだろう。俺も大概ズレている気はするが。
「おや、先走って無駄な事をしたみたいだね」
ふわり、と空からローブ姿が舞い降りた。
アンキさんだ。
「バミューダは自分の複製をわんさか作ってるよ。あたしでもどれだけ有るのかさっぱり分からない」
「……テメエ、知ってたのか?」
「そりゃ当然」
ケロリとした顔でアンキさんが言う。……この人、合流したときの話し合いで詳しい事は知らないって言ってたんだけど・
「情報の出し惜しみのつもりか?」
「いや? 単に今相手しているのがどれだけ厄介か知るには、体験させた方が早いってだけだ」
詰め寄るアダムに怯みもせず、アンキさんは平然と答えていく。
……物凄いプレッシャーだ。何というか、息が詰まる。あんまり揉めて欲しくは無いのだが。