九十世紀の兄弟が   作:Y-K4183

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過去─XXX(3)

カツン、と部屋の壁にスプーンが当たる。

 座り込んだままそれを投げた俺は妙に広く感じる部屋を眺めて溜息を吐いた。

 何か、静かだ。

 気のせいなのだろう。単に昨日まで二人居た部屋が一人になったからそう感じるだけだ。

 だからこそ、そう感じる事は気のせいでは無いのだ。

 

 あの後、部屋まで帰ってくる間の事は覚えていない。気が付いたらこうやって座り込んでいた。そこから立ち上がる気力も無い。

 とはいえ、空腹は覚えるようだ。目の前に出現した食事はどうしてもとらなくては。

 ……それも、半分程で食欲がなくなってしまったが。

 

 暇だ。何も無い。なんだかあの騒がしい時間が懐かしい。

 そう考えても時間は戻らない。例え戻っても、結末は同じだ。俺達はここから出られないのだから。

 無為な思考は何処までも巡り、あの時の事に戻っていく。

 あの時、俺は何をした?

 博士が何かを言った直後、意識が途絶えている。……多分、外部から操られたのだろう。その程度ここの連中ならあっさりやってのける筈だ。

 つまり、俺の意思なんて最初から関係ないのだろう。

 ならここでずっとこうしていても良いはずだ。その内に博士連中が勝手にやってくれる。いいじゃないか、何も考えなくていい。一番楽だ。楽な筈だ。

 あ……でも、まあ、もう一回位顔が見たかったな……

 

「へーい兄貴ー!」

「おあああああああああああああああああああ!!???」

 

 お化け!? 幽霊!? 幻覚!? 何だぁ!?

 

「いやー何かバラバラになってたらしくてさー。治療に時間かかったって言われた! それで兄貴! 外の事教えてくれー!」

 

 ……ZZが何か言っているようだが驚愕で耳に入って来ない。え? 何? どういう事?

 

 

 

「……つまり、生き返った?」

「何かそうらしい! まだ実験に使うってさ!」

「……出鱈目な」

 

 あの時のZZは……普通に首も切り離されていたしパーツが十個以上にバラバラだった筈だ。そんな状況で生き返らせるとは。つくづくここが滅茶苦茶だとよく分かる。

 しかし、それを加味してもおかしい事があるのだが。

 

「……お前、俺の事恨んでないのか?」

 

 殴って蹴って砲撃して、おまけに殺しかけたのだ。俺なら相手を殺すし、それが無理なら二度と関わりたくなくなるだろう。

 

「え? 何で?」

「……いや、何でって。お前、殺されかけたんだぞ? 俺に」

「生きてるじゃん」

「いや生きてるけども」

 

 生きているのとその相手に普通に接触するのは別だと思うが……

 

「それにさ。あの時の兄貴は言われてただけじゃん。だったら兄貴に何かいうのは違う!」

「……違う、のか?」

 

 正直誰に何を言われていようと自分に暴力を振るう……というか普通に殺しに来た相手に前と同じように関わるのは無理だと思うんだが……コイツ、実は物凄い奴なのか?

 

「それにおれは兄貴なんか怖くねえ! おれの方が強いからな!」

「……それは無い」

 

 なんか、うん。

 そういう雰囲気で無くなってしまった。

 

「ただ、ありがとうな」

「え? 何で?」

「俺の事情だよ」

 

 そう言って、ZZの坊主頭を撫でる。……良いなこの手触り。

 

「それで兄貴ー、外の話教えてくれよー、約束しただろー」

「した覚え無いんだけど……まあ良いぞ、何が聞きたい?」

「宇宙! 何かいっぱい行ってるんだろ!」

「まあ、色んな人が行ってるな……例えばムーンコロニーが人口十七億人で……」

 

 ZZの頭を撫でながら知っている外の事について話していく。

 ……しかし、ちょっとまずいな。知っている事がそろそろ無くなりそうだ。

 別に俺は外に長く住んでいたわけじゃ無い。ここに拾われてからの方が長いのだ。当然、外の話も尽きてくる。……まあ、ZZなら同じ事言っても気付かなそうだけど。

 ……今度外の事調べてみるか。

 

 

 

 さて、遂に外の話のレパートリーが尽きた訳だが。

 博士や研究者連中に打診してみたが特に許可は下りなかった。という訳でこっそりそう言うのを調べる方向にシフトする。

 多分見つかるだろうが、ヤバい機密情報とか手に入れ無い限り廃棄される事も無いだろう。罰位は食らうかも知れないが。

 時刻は深夜の二時、この時間帯に出歩く奴は中々いないが……念の為、部屋の扉から顔を出して辺りを見渡す。

 

(……誰もいないな?)

 

 部屋の扉は特に制限も無く出入り自由だ。実験時以外に使う事は滅多に無いが。

 一応開閉はどこかで監視されているだろうし、通路も映像や信号で管理されているだろう。更に俺自身にもそう言うシステムが組まれている筈だ。

 つまり、こそこそ慎重に行っても強行突破しても左程結果は変わらない。なら、速度重視で

捕まる前に必要な物を盗み見る!

 

(うおおおおおおおおお)

 

 そう考えつつも取りあえず声は上げずに廊下を疾走する。

 五人位なら横並びに通れる広さの廊下は、清潔感と無機質さを伝える白。それが視界の先で右に折れている。

 この施設の造りを調べた事は無い。大抵の場合で余計な事を知るとまずい事になるからだ。

 とはいえ、どうしても目に入る事はある。例えば、この廊下を進むと資料室があるという事とか。

 戦闘試験室に行く途中にあるその部屋は、一度だけ内部が見えた事があり、そこには無数の物質的な書籍があった筈だ。

 この時代では珍しいので記憶に残っていたが……さて、扉は開いているのか。

 

 軽く力を込めるが、開かない。まあ何らかの許可があるか時間になるまで開かないのだろう。

 という事で強く力を込めてロックを破壊する。思いっきりスライドした扉は、バキン、と音を立てて急激に開いた。

 同時に警報が鳴る。やっぱそうなったか、急げ急げ。

 

(えーと、最近の最近の……)

 

 どうも年代順に並べられている本の確認し、一番新しそうな物を手に取った。そこで、それから一切の重みが伝わってこない事に気付く。

 

(これ、本型のホログラム?)

 

 脳に信号を送り実際には無い物をある様に見せる、自由な幻覚とも言える技術の一つ。当然だがそんなことをするより普通に電子媒体を使った方が安いし早い。何なら直に情報を送れば全部理解できる。わざわざこんな形式にするのは相当なもの好きだけだろう。

 

(っと、余計な事考えてる場合じゃ無いな)

 

 さっさと必要な情報を見ておかないと。

 

 ……これ、違くね?

 明らかに実験レポートか何かだよコレ。

 何だよ資料室ってこんなのしか置いて無いのか? 外の事が書いてある物……が……

 

「……俺?」

 

 思わず声が漏れてしまった。が、驚きからすれば十分にかみ殺したと言って良いだろう。

 なぜなら、その本には俺の情報が載っていたのだから。

 

(……試験機XXX、ブレインコンピュータ試験完遂。自由意思を無視した制御に成功。従来の自由意思に干渉を行い行動方針を切り替える物より一層直接的な操作が可能……あの時の俺が勝手に動いたのはアレが原因か)

 

 ……あ、ヤベ。つい読み進めてしまった。まずい、機密情報を変にしったら消される。というかロック掛けとけや。権限無しの俺が読めるってどういう事だよ。

 えーい、ちょっとも少しも一緒だ。こうなったらこの辺をZZの土産話にしてやろう。

 

(将来的には量産を視野に入れた設計を行いたい。それに伴い脳に媒体を挿入する形式では無く潜在意識的に頭脳をコンピュータ運用する方式が望ましい。現状では補助人工知能によって仮的にのみ行えている。……これ、成功したらヤバい事になりそうな技術だな)

 

 要するに脳に何も仕込まなくてもこの間の俺みたいに勝手に動かせる技術という訳だ。……何と言うか、滅茶苦茶テロとかに悪用できそうだな、コレ。

 まあ俺にはあんまり関係ない。またZZを殺しかけるようなら嫌だが……恐らく、次は無い。

 前の試験は俺の自由意思を無視した行動を取らせる事が出来るか、という物だ。そしてZZは治療されている。

 第二次実験とかはありそうだが、その可能性も低いだろう。

 なぜなら、明らかに俺よりZZの方が重要視されているからだ。

 なにせあの態度正確で改められることも矯正される事も無く出歩いてうろつけている。加えて俺よりもこの施設についてなら少し詳しかった。

 俺が量産機なら……あいつは精鋭機って所だろうか。……何と言うか、あいつに重要度で負けているというのがちょっとムカつく。

 まあ、生半可な事で処分されるようなものじゃないのだろうが……

 

 そこで、一つの単語が目に入った。

 

(ZZ)

 

 その単語に続いて複数の実験概要が並んでいる。

 再生能力、修復能力、維持能力……見る限りにおいて、ZZの能力とは自分を極小単位に分解するという物のようだ。ナノマシンの集合体らしい。

 ……それはもうロボットじゃないのか? いやでもこっちの解剖図にはしっかり脳みそ書いてあるな……一体どういう技術だ?

 

(実験機ZZ──現状において開発に問題なし。要求仕様とも一致する。

 ……これは私の独白になるが、所長はこの機体について何かを隠している気がしてならない。粒子状の身体を利用した物理的接触を困難にした精鋭的戦闘機というには余りにもいくつかの機能が過剰だ。

 加えて実験結果が全て秘匿されている。直接確認している私たちでもその結果を閲覧できない)

 

 一文を見て、俺は手前の概要を見直した。

 ……概要だけだ。実験の概要、テスト項目だけが記され、結果は記録されていない。

 ……何かある。そう思い、次の行へと目を落とす。

 

(恐らくこの記録を閲覧するであろう所長に聞きたい。この機体の実験結果に記された一文、この情報の閲覧には最高位権限が必要です。

 研究所内での最高位権限はあなただけだ。あなたは、この機体に何を隠している?)

 

 ……ZZは、何かある? 

 しかし、例えそうだとしても俺に出来る事は無い。

 ……分かっている。あの時俺が殺さなくても、いずれは必ずZZとは別れなくてはいけないのだ。それが、ZZが去るか、俺が居なくなるかの違いでしか無い事も。

 俺達は、戦闘兵器なのだから。

 

 

 

 だけど、それでも。その一文は看過できなかった。

 

(……月七日。実験機ZZの人格を消去せよ)

 

 ……人格、消去。

 それがどうなるかはこれ以上ない程シンプルだ。

 ZZを、兵器にする。

 いつでも笑い、バカをやって、迷惑を掛け、話をせがむ、ZZを。

 意思なき戦闘兵器に。

 

 でも、俺に何が出来る?

 つい今しがたそれを自覚した筈だ。覚悟した筈だ、出来ないと知っている筈だ。

 

 だが、それでも。

 

「……ああ…。これが……。兄貴、か」

 

 そう呟いて、俺は警報鳴り響く廊下へと駆け出したのだった。

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