「脱走だと!?」
「実験機XXXだ! 一級以上の武装を用意しろ!」
警報と怒号が響き渡る。その渦中を、俺は走り抜けていた。
目的は一つ、ZZの救出だ。
時間は無い。こういう事は速さが重要である。なにせ向こうは俺がこの事に気付いた、という事に気付いているのだから。
だからこそ知った瞬間に動く。向こうの対応が追い付く前に。
「撃て!」
声と共に放たれた銃弾を盾で防ぎ、突進の速度をさらに上げる。
どじゅ、という鈍い音が響き壁と盾に挟まれた人間の潰れる感触が伝わって来た。しかし、今はそんなことに頓着していられない。
「っ! かまわん! 撃──バッ!?」
殴りぬいた腕が、相手の頭部を吹き飛ばす。流石にこの至近距離で撃たれたら痛い。
ともかく、コレで二人。残りは──三人!
「フッ!」
振りぬいたブレードが何の手ごたえも無く一人を切り捨てる。残った二人が銃を構えるが……遅い!
爆発音が響き俺の放った砲撃が二人を諸共肉片に変える。五人の分隊を始末するのにかかった時間が十秒程。これでもまだ遅い。博士が兵器を持ち出すまでに決着を付けないとまずい事になる。
「一体ZZはどこだ?」
あの部屋を飛び出してから全速力で五分は走っている。その間、見つけた部屋は片っ端からこじ開けて中を見ているが、一向にZZが見つからない。
というかこの研究所こんなに広かったのか。探索した事が無いから分からなかったが……明らかに四方の距離だけでも一キロ以上あるぞ。
目についた扉を蹴り破り、中を確認する。
怯えた様子の研究者達が複数人、外れだ。
「居たぞ! 十二番区だ!」
「もう来やがった!」
背後から轟く銃声を無視し、一気に走り抜ける。
進行方向にいるなら倒してもいいのだが、背後にいるなら戻る手間が出来てしまう。という訳で装甲を展開して銃撃を防ぎ、逃げる。
時間が無い。博士が何かこの状況に処置をしていないとは到底思えない。
例えば、俺の停止コマンドのような物があればその時点で終わりだ。更に言えばそんな事をしなくてもこの研究所には俺以上の兵器があるだろう。
一応対策は考えているが……そのカードを切るよりは、対応される前に逃げた方が楽だろう。
「ここも外れ!」
ぶち破った扉を投げ捨て次の部屋に走る。ZZが一体どこの部屋にいるのか分からない。聞いておけばよかった……いや、待てよ?
1111、1908、8730、1654……研究所内の通信コードを片っ端から試していく。単純な物ばかりな上、数もそこまで多くない。アクセス権限が剥奪されていないなら直ぐにでも繋がる筈だ!
その予想通り、二十通りめを試した瞬間、繋がった感覚な脳内に訪れた。
『……誰?』
『ZZ、聞こえるか!? 俺だ!』
『え、兄貴? 何かよう?』
『今どこに居る!?』
えーと、と言ってZZが周辺にある物を一個ずつ上げていく。が、大体どこにでもある物ばかり。壁とか天上とか言われても困るんだが!?
『何か具体的なのは無いのか!?』
『えー……あ、
ぞっ、と。
存在しない筈の総毛が立った感触に襲われる。
博士の部屋が隣? それじゃあ、間違いなくヤバいぞ、絶対。
『っ……取りあえず、廊下に居てくれ!』
『分かったー!』
それだけ言って通信を切る。多分傍受されているだろう。ならば、その対応よりも早く動く!
背中に意識を向ければ、ガチャンと音がして開く感覚が体に響く。
燃料点火、制御機能起動、ブースター展開!
視界を置き去りに音越えで動く。響く破裂音は空気の壁を突き破る衝撃、周囲一帯をズタズタに切り裂く衝撃波も、俺の体なら損傷を受けない。
一秒、二秒、三秒。ZZの姿は見えない。
四秒、五秒……前方に人影!
「っと! ZZ!」
「へい兄貴!」
「着いてこい! 外を見せてやる!」
「分かった!」
何も聞かずにZZが俺の体に飛びついて来た。よし、残りは脱出だけ!
『ふむ、ではその脱出がどれ程困難かよく考えると良い』
研究所全体……では無く、俺の脳内に直接音が響く。
同時、廊下、天井の面が全て硬質な気配に変わる。明らかに生半可な手段で壊せるようには思えない。
「……壁をぶち抜いては無理だな」
「兄貴ー、何か出来る事あるー?」
「しっかりしがみ付いておけ!」
再度ブースターを動かし、今度はゆっくりと音速へ移行する。他にさっきと違いがあるとすれば衝撃波で周囲が砕けなくなっている事だろう。
猛烈な速度での移動。それはこの施設の広大さを思い知らせる要因ともなっていた。
音速越えで、一分。毎秒四百メートル近くの超高速移動で廊下を突き進んでいるにもかかわらず、それだけの距離を進んでも出口が見えない。
それどころかますます廊下が伸びているような印象さえ受けてくる。だが、この速度であればそう安々と攻撃は──
「兄貴横!」
「!?」
響いた声に飛びのけば、
何だ、コイツは。
実験戦闘でも戦った覚えのない相手。つまり、一切情報が無い。
一瞬見えた大鎌は近接型六号にも似ているが、幾らアレでも壁をすり抜ける機能は無かった筈だ。
この状況で、分かる事は一つ。
こんな奴の相手はしていられない!
「逃げるぞしっかり掴まってろ!」
「分かった!」
ブースターを全力で動かし、速度を跳ね上げる。加速度が俺の体にも強い抵抗を掛けるが、今は構っていられない。
なぜなら壁の向こうで何かが同速で追いすがって来ているのだから。
再び大鎌が振るわれる。
今度は奴の体が見えた。見えたが……なんだあれは。
ぬらりと煌めく軟体は俺の身長程に太く、この廊下の幅よりも長い。色はドギツイ緑、それがうねっていた。
明らかにヤバい奴だ。
「ZZ! 後ろ見てくれ!」
「下から何かでた!」
その言葉に足で地面を蹴りつけ、無理矢理加速する。一瞬足で変な音がしたが気に等していられない。
すぐ後ろで鎌が突きあがる。右に跳ねた瞬間直前の場所を鎌が貫き複眼が覗き込んだ。
駄目だ、逃げ切れない。
なら!
「おおおおおおおおおお!!!!」
突き出た鎌を掴み、引き上げる。幸い膂力は俺の方が勝っていたようで、それは全身をあっさりと現した。
……ナメクジの化け物。そんな言葉が思い浮かんだ。
まるで軟体生物の胴に、昆虫の目と手足を付けたような、生理的嫌悪が凄まじい謎の存在。だが目を逸らす訳にはいかない。
瞬時に照準を合わせ、砲撃を叩き込む。呻いて地面に逃げようとするそれを、掴んで無理矢理抑え込む!
「くたばってろ!」
展開した徹甲縦深貫通ロケットカノンが奴の胴へめり込み、内から爆ぜた。
周囲にびちゃびちゃと気色の悪い音と共に謎の液体が降り注ぐ。それには目もくれず、ZZを担ぎなおして再び走る。
「兄貴すげー!」
「まだまだ!」
全速力での移動は一向に終わりの気配を見せていない。そんな中で必ず来るであろう襲撃者と、俺の制御喪失に怯えながら進むのは中々のストレスだ。
だが、それでも。
俺を兄と言ってくれるこいつはどうにかして見せる。
カキ、と何かをひっかくような音が響いた。
にじみ出るように出現したのは、フクロウのように頭部を回す、異様に細長い奇怪な何か。
頭部は正三角形で、底辺が口。棒のような胴体は下から六本の足が生えて不格好な六角形を作っている。
それが、こっちへと動き出した。
「兄貴アレ絶対ヤバい!」
「そうだな!」
カキキ、と金属を擦り合わせる音を鳴らしてそれが動く。恐ろしいのはその速さ。音速を超えて移動している筈の俺達に平然と並んで攻撃を用意してきている!
「っ!」
咄嗟に前に飛んで叩きつけられた頭部を避ける。
背後では相当頑丈な筈の床がひび割れていた。
絶対ヤバい、あれは食らったら終わりだ。
多分耐久力は見た目的に無さそうだが……それでもあの攻撃力は圧倒的な脅威になる。
つまり、瞬殺しないとまずい!
「ZZ! 一旦離れてくれ!」
「分かった!」
走り寄ってくる化け物を見据え、大規模に変形を繰り返す。
砲身構築、エネルギー充填、照準セット。アンカーは接地出来ないが……寧ろ反動で吹っ飛ぶ分、そっちの方が良い!
「しがみ付け!」
「イエーイ!」
距離を取らせたZZが再び体に飛びついて来たのを確認し……砲撃を放つ。
放たれた光の奔流は頭部を振りかぶっていた化け物を破壊し、突き進んで行く。その威力に比例して俺の体も後ろ……背後に撃っていたので進行方向に吹っ飛んでいく。
これで速度のロスは無くなった筈だが……!?
「何だ!?」
唐突に周囲が広がった場所にでた。高い天井と遠方に見える壁。一瞬外と勘違いするが……相変わらずの無機質に白い床が、ここも研究所の一部だと伝えてくる。
「……ZZ、ここがどこか分かるか?」
「知らない。来た事無い」
つまり完全に未知の場所。この先が出口に繋がっているかは……かなりの賭けになるだろう。
と言うか、ここ、見覚えがある……ああ、戦闘試験室だ。……つまり?
地鳴りのような轟音が鳴り響き、同時に姿勢を崩す程の揺れが起きる。
それが、何かが着地したときの揺れだと言われてどれだけ信じられるだろうか。
少なくとも、今目の前に見えている物が無ければ……誰も信じないだろう。
それを見て最初に思い浮かんだのは、亀だ。
巨大な甲羅にも似た装甲を背負う、複数の足で体を支える機械と生物の融合体。
それが致命的に亀と食い違うのは……蜘蛛のような八本足。
サイズは高さだけでも俺達の二倍以上、全長に至っては十倍近い。
シャカシャカと足を動かして迫って来たそれに油断なく武装を広げ──直後、謎の攻撃で吹き飛ばされった。
「兄貴!?」
「離れてろ! コイツはまずい!」
ダメージ自体は少ない。だが、攻撃が見えなかった。
何を食らったのか。
音圧砲、空圧砲、衝撃伝播、空間跳躍波……不可視の攻撃に複数の理由が思いつく。そしてその対策は一つ!
「フッ!!」
全力で横っ飛びに跳ね、そのまま円周状に走り出す。どんな攻撃でも照準を合わせなければ意味が無い。単に早いだけなら捕らえられるだろうが……一応俺もかなり戦いの経験はある!
勘に従い反転すれば、進んでいた筈の地面が爆ぜる。一瞬ヒヤッとするが攻撃の正体は理解した。
音圧では地面に損傷が出る事は中々無い、空圧も威力が高すぎる、だが、衝撃伝播……衝撃そのものを前方に放つ超能力を基礎とした概念的攻撃なら、この現象が発生しうる。
そして弱点は……範囲の狭さ。照準を合わせた場所以外碌に攻撃も出来ない筈だ!
「っ! 危っぶね!」
寸前まで居た所が爆ぜ飛ぶ。攻撃の間隔がかなり短く変形の時間が取れない。だが、用意は終わっている!
エネルギー充填終了、照準セット、砲弾は……右腕!
「発射あああああああああああ!!!」
一直線に伸ばした右腕が付け根から発射され、亀の化け物へと突き進む。
着弾と同時に更なるブースターが起動し内側で爆ぜるそれは、この大きさの相手だろうと一撃で破壊する
だが、念の為黒煙を上げて崩れ落ちた化け物に向けて再度照準を合わせる。
放たれた砲撃は粉々に相手を破壊し完全にその機能を停止させた。
「……ZZ、無事か?」
「兄貴すげえ! 強い!」
「そりゃな」
一応この施設に来て五年以上経っている。その間、改造と戦いをずっとされていたのだ。そこそこ実力はある……筈だ。
取りあえずその事は置いておいて……問題は、この部屋の突破方法だ。
どう考えてもここが行き止まりと言うには唐突過ぎる。寧ろ、行き止まりにする為に作られた、と言ってもいい位だ。
考えてみればこの研究所なら部屋の構造位いくらでも変えられるだろう。ならばこうするまでだ。
「ZZ、壁ぶち抜くぞ!」
「よっしゃ!」
言うや否や反対の壁に向かって飛び掛かり殴りまくるZZを尻目に、こっちは大規模な変形を用意する。
戦っている最中に何度も俺の力で蹴りつけられた地面には傷も凹みも付いていない。恐らく相当な強度をしているのだろう。
だが、あの廊下よりは破った先に展望がある可能性は高い。
「おらー!」
ガンガンと壁を殴り続けるZZだが、見た所何の影響も与えられていない。
……そろそろ無駄だと気付いても良い筈だが……何だろう、根性が凄いのか単にアホなのか。ZZはアホだな。
「おーい、用意終わったから離れとけー!」
「分かったー!」
ZZが距離を取った事を確認して、展開しておいた砲身を地面に降ろす。
周囲にアンカーが突き刺さらない為固定に斥力シールドを用いる方式で行く。エネルギーの消費が跳ね上がるが、まあ良い。寧ろそっちが重要だ。
照準セット、エネルギー充填完了……発射!
「グッ……やっぱアンカー無しだと色々怪しいな……」
斥力で無理矢理固定しているが、それでもブレが酷い。今はどうにか腕力で抑え込んでいるが一瞬でもミスをすればはじけ飛びかねない。
「兄貴ー! 穴開いてる!」
「マジで!?」
ZZから飛んで来た言葉に慌てて砲撃を中断する。……本当だ。エネルギーをぶっ放す方式なので俺の視点からは確認できないのか。
にしても随分脆いな。五分以上撃ち続ける事になるとは思ってたが。
「……ちょっと警戒しとくか。ZZ、俺の後ろ歩け」
「分かった!」
疑念は有るが、進まなくては。
撃ちぬいた壁向こうに通路が広がっている。……俺がピンポイントでそこを破った……とは考えない方がいいだろう。
誘導されている。
最初からそんな気はしていたが、幾らなんでもこうまであからさまだと隠す気も無いのだろう。
となると何かトンデモない物を用意しているのだろうが……さて。
一応、最大の懸念への対策は取っている。しかしそれに気を取られ過ぎてもまずい事になるが……どうなるか。
そんな事を考えていると、前方に人影が見えた。
「ZZ、一旦止まれ」
「分かった」
ぽつんと佇んだまま何をするでも無い人影は、近くにいる俺達を見向きもしない。
試しに一歩足を踏み出してみる。が、人影は一切の動きを見せなかった。
「……何なんだコイツ」
博士の追手では無いのか? それにしては一切反応が無いのが不気味だ。
「まあ良いか、動かないなら今の内だ。ZZ、逃げる──」
ぞ、と続けようとした言葉は俺の体が両断された事で遮られた。
「兄貴!?」
「離れろ!」
俺の体は殆どが機械化されている、この程度であれば直ぐに修復可能だ。
だが、一応装甲は張っていた。それを真っ向から両断するとは……コイツ、相当……
『さて、二人とも。凡その実験はこれで完了だ。精々努力するといい』
それだけ言って音声が途切れた。
……実験、か。この脱走劇も博士からすれば実験の一環だったのだろうか。
だが、例えそうだとしてもZZは外へ逃がして見せる。
「……空間制圧指令解除、眼前敵対応能力復帰、試作機
「YYYY!?」
俺達の名前と似た語感……こいつもサイボーグ!?
そんな驚愕も置き去りにし……YYYYと名乗った無機質な人間は、唐突に俺の前へと現れた。
「っ──!!」
金属音が翳した右腕から鳴り響く。相手が拳を振り下ろして来たのだ。
ガキン、と再び金属音。今度は蹴り。右足折りたたんだまま上げて阻む。
と、また唐突にYYYYが姿を消した。一体どこへ──
「兄貴後ろ!」
「!?」
緊急的に屈んだ瞬間、頭の真上を轟音を上げて腕が通り過ぎた。
さっきまでの兵器連中に比べて攻撃力は低い。……だが、確実にこの機体が最強だ。
余りに上手い。
「っ! コイツ!」
蹴り、拳、転移、蹴り。
機械的且つ流麗な動きが俺の攻撃をあっさりといなし、こちらにダメージを与えていく。
振るったブレードは空を切り、避けた筈の蹴りは不自然に伸びて突き刺さる。
強い。
……だが、こっちも形振り構っていられない!
「ZZ! 協力だ!」
「分かった何する!?」
「俺が抑えるから横からぶん殴れ!」
よっしゃ、と叫ぶZZに合わせてこっちも覚悟を決める。
装甲展開、加えて一部パーツの保護。
腕部ユニットにエネルギー充填、更に増設。……掴むタイミングは……今!
ズン、と俺の体を拳が突き抜けた瞬間、思いっきり相手の顔面を両手で掴む。
その瞬間、飛び掛かったZZがYYYYの頭部を蹴りぬいた。
「アチョー!!!」
「何だその掛け声!」
珍妙な掛け声とは裏腹に改造されている人間の蹴りはYYYY相手でも十分に効果はあった。
だが、再び姿を消される。
この転移が厄介だ。
どうもそこまで連発出来る物ではないようだが、予備動作が無い上どうしても見失う。
だが、見失うなら話は早い!
「そこ!」
ズン、と重たい手ごたえが手に伝わり、振り返れば拳に衝突したYYYYの姿。
コイツが視界から外れていくと言うのなら視界の外を狙えば良い。生憎俺の視野は改造の影響で二百七十度を超えるぞ!
再び近接での攻防が始まった。
蹴り、拳、頭突きが加わる。
だが何度も繰り返せば慣れてくる。正拳を平手で受け、蹴り降ろしを頭部装甲で弾く。
……不気味な事に最初に使った謎の切断攻撃は使って来ない。アレは一体何だったのだ?
……分からない事を考えても仕方ない、繰り出されたら対処は出来るようにしておいて──
YYYYが姿を消した。
が、もうタネは割れている!
「そこだ!」
回し蹴りはキレイに突き刺さり……ZZの腹を撃ちぬいた。
「……は?」