『ふむ、意図的にエネルギーを減らす事で命令の重要度を切り替えたか』
音速を維持したまま行われる目にも止まらぬ高速戦闘を映像越しに確認しながら、博士が呟いた。
視界外からの一撃を予測し出現地点に攻撃を置くXXX。それを更に予測し空間を遮断した障壁を張るYYYY。
二人の戦いは異常な精密さで以て繰り広げられていた。
周囲を利用した跳弾は疎か、相手に弾かれた弾丸さえも利用した超精密砲撃の雨あられ。その中でも全周に張り巡らせた空間障壁を纏いYYYYには傷一つ無い。
しかしYYYY側もこの状態では動けず、解除すればそのタイミングで一斉に砲撃が炸裂するだろう。
故に、全面にのみ障壁を維持し、YYYYは疾走した。
即座に背後側面から無数の砲撃が飛来しYYYYの体を破壊していくが、それには気も留めずXXXへと前進する。
交錯は一瞬。
破壊不能な空間障壁の衝突を受けたXXXが跳ね飛ばされ、大きく距離を取らされる。
『残存エネルギー十一パーセント、損傷率七十七パーセント、修復エネルギー不足。戦闘個体より回収を開始します』
XXXの右腕が変形する。
武器でも、盾でも無く、何かのプラグのように。
着地を待たず、空中で変形を繰り返して加速しYYYYへと音速超えを維持したまま飛来。当然迎撃が飛んで来るが、驚異的な演算能力がその全てに精確な回避軌道を出力した。
『成程、改良の余地は十分だな』
事実上の完成にあるXXX、ZZと違いYYYYはまだ未完成な機体だ。単なる出力で言うのであれば並んでいるが、何らかの施設に据え付けて運用することを想定している為、本体の持つ演算能力はそこまで高くない。
それこそが破損し今にも動きを止めそうなXXXがYYYYに勝り続けている最大の要因であった。
接近したXXXに空間を伝わる衝撃が襲い掛かる。
それはXXXの装甲を砕き……その内側には何も入っていない。
その瞬間、背後からYYYYの体が抑え込まれる。XXXは装甲を囮に回り込んでいたのだ。
『エネルギープラグ接続、命令優先順位復旧まで残り五十一パーセント』
急速に吸い上げられていくエネルギーに危機を感じ、YYYYは身体を暴れさせる。
だが、行動のパターンを完全に予測し、精確に変形を繰り返すXXXを振り払えない。
何度も転移を繰り返すが、接続しているXXXは諸共に移動し、空間の障壁はXXXを内側に判定してしまう。
しかしYYYYは機械的な判断に従い行動を止めない。
背後のXXXを壁面に何度も叩きつけ、その動きを止めようとする。損傷度合で言うならYYYYとは比較にならないXXXの体がバキン、と音を立てて外れ、脱落した。
『現在エネルギー三十二パーセント、命令優先順位復旧まで二十八パーセント』
瞬時に破損したパーツを修復し、見た目だけであれば元通りになったXXXがYYYYに立ちはだかる。
YYYYからすれば苦しい状況だが……そんな時に行動を止める、とは入力されていない。
自身の周囲に攻撃を拒絶する法則を纏い、視界の空間を切断する事で攻撃を行う。
間違いなくYYYYが使える最強の一手は、全身を分割させて変形を行い人間には絶対に不可能な軌道で回避を繰り返すXXXの前に安々と避けられた。
攻撃を拒絶する法則が張られている都合上、ダメージは与えられない。だが、その維持にはYYYYをして無視できはしないエネルギーが必要だ。当然、長時間展開していられる物ではない。
しかし、解除した瞬間致死の一撃が飛来する。
そんな矛盾した状態において、YYYYが下した判断は──攻勢。
周囲の法則を解除し、空間切断の密度を増す。
攻撃で以て防御の代替とする戦法は、断たれた空間に跳弾して飛来した砲撃によって、あっさりと打ち破られた。
『戦闘終了、計測時間三十四秒ニ七。エネルギーの回収を行います』
淡々と紡がれる無機質な声に答える者はいない。
唯一呟かれた声は、XXXに向けた物では無いからだ。
『改良の余地は多い、と。しかしこの状態は少し予想外だな。ZZが破壊されてしまう』
キリ、と機械が駆動する。
XXXの視線の先には、倒れ伏したZZ。
『停止命令を受け付けていないのは確認したが……全く、上手くいかんな。緊急のセーフティまで作動していない』
この局面にてようやく博士の声が焦りを帯びる。
通信の向こうでは幾度となき思考が積み上がり、それを実行に移さんと多大な努力が一瞬にして行われていた。
そしてこの状況は意識の途絶えているXXXにとってもかなりの予想外だ。
なぜなら、彼の切札である戦闘用制御人工知能の誘導だが……それは、ZZのいない状況で切る予定であった。
しかし、不安に思い、変な自身を持ったZZが戻って来た為予定外の状況へと陥ってしまっている。
そして、そこに最後のピースが追加された。
「痛ってー……あ、兄貴!」
ZZが立ち上がる。
XXXの制御人工知能に入力された最後の命令は、実験用の撃破命令。即ち、敵性存在が戦闘不能になるまでの攻撃である。
ZZがあのまま倒れていれば戦闘不能と判断されただろう。しかし、その事を知らないZZにはそんな判断が出来るはずも無い。
「……あれ? 兄貴?」
反応の薄いXXXを見ておーい、とZZが手を振る。
そこに、無機質な声が響いた。
『戦闘用サイボーグXXX、戦闘を開始します』
「兄貴じゃない!?」
咄嗟に飛びのいたZZの眼前を攻撃が通り過ぎる。
躱した、とZZが思った瞬間に追撃が打ち込まれた。
「ぐぇっ……!?」
打ち上げられた体に更なる攻撃、一瞬にして四肢が両断され、胴が貫かれた。
そこでその全てが粒子に変わる。
「兄貴―! 戻れ―!」
実体を崩し、完全な粒子状に移行したZZが叫ぶ。物理攻撃は全ていなせる状態だが……XXXの右腕が火炎放射器を作り上げた。
ゴウ、と唸りを上げる火炎がZZの体を焼く。
反射的に実体を取り戻した所へ砲撃が放たれた。
「ギャッ!」
胴へ炸裂した砲撃はZZの肌を焼き、肉をえぐる。
生身では無い為致命傷にはならないが、ZZに激痛を与えるには十分だ。
しかしそれでもZZは動きを止めない。
「兄貴ー! 兄貴ー!!」
『落ち着きたまえ。その状況であれば十分に生存が可能だ。後方へ退避しろ』
「兄貴が戻らねえと意味ない!」
博士の言葉にも耳を貸さず、ZZは無謀な突進を繰り返す。その度に体の一部が破壊され脱落或いは潰れ使い物にならなくなっていく。
「っ……兄貴ー!」
焼け落ちた右腕から必死に目を逸らし、ZZが叫ぶ。
だが、それでXXXが意識を取り戻す事は無い。それを知っている博士は通信の向こうで舌打ちをした。
『救援を急ぎたい所だが……全く、堅牢なシステムは流動性を失う』
無駄な事に命を賭そうとしているZZへの苛立ちを含んだ声色で呟き、目的の為に整備したシステムを組み替え現状に対応しようとする。
しかし、それは次の瞬間無に帰した。
「……逃げてろって言っただろ!」
ガン、と自分の頭部を壁へ叩きつけXXXが意識を取り戻す。
わーんと泣き始めるZZに溜息を吐きながらも、そのボロボロの体を抱え上げた。
「こんな訳だ。無駄な努力ご苦労様」
『ほう、素晴らしい。素晴らしい兄弟愛だ……一人間としてはそう言いたいがね。
生憎私は科学者だ。お前のシステムがそんな柔軟な物では無い事を良く知っている。一体どのような手を使った?』
「……同じ命令コードの使いまわしは止めとけよ」
む、と痛い所を突かれた様子で博士の言葉が止まる。
そもそも任意での補助人工知能の起動自体が不可能だ。だが、XXXの手によってエネルギーの残量を減らされ、一時的に命令の優先権を書き換えられた。
そして、入力された命令自体も一定時間で解除されるようになっていたのだ。
その原因は博士が同じ命令コードを使っていたと言う何とも単純な物である。
『失敗したな。長く生き過ぎたか。些細な事に気を遣うのが難しくなっている。一度リセットしておこう』
「何でもいい。もう俺達兄弟に関わるな」
ZZを背負い、階段を登りながらXXXは博士へ言葉を告げる。
それが終わった後、意識を取り戻したZZと軽い言い合いになり、歩みを遅くしながらも彼らは研究所の扉を開いた──
「さて、逃亡劇御苦労。二十四分とは随分長い時間だが、こちらの抱えていた問題も炙りだされた。有意義な時間だったよ」
「……は」
研究所を出た先、淀んだ空の広がる下。
二人の眼前に夥しい数の兵器が並んでいた。
そして、その最前列に博士が佇んでいる。
「何を驚く。この研究所の出口は元々一か所だけだ。なら、そこを抑えてしまえば良い」
博士の言葉には常に焦りが無かった。当たり前だ、最初から王手をかけていたのだから。
唯一焦ったのはZZが破壊されそうになった時。配備した兵器を動かす必要が出たからだ。
「それで、一応聞いておくが……続けるか?」
ガシャガシャガシャガシャ……地平線を埋め尽くすかの如く広がる兵器群が一斉に動き出す。
ある物は無数の円錐、ある物は真球、ある物は円盤……研究所内で見た奇怪なゲテモノとはかけ離れた、合理と機能に全てを振り切った「兵器」が存在した。
「……当たり前だ」
「兄貴……」
背中のZZを庇い、俺は一歩前に踏み出す。
無謀……いや、無駄の領域。何をしても結末は変わらないと確信する。
だけど。ここで行かないのは兄じゃないだろう。
「心配はするな、命は奪わん」
どこまでも上から目線な言葉がかかり、同時に全ての兵器が唸りを上げ──爆ぜた。
光の瞬き、爆炎の踊り。
地平を埋め尽くすと感じた兵器群が、何か、によって破壊されていく。
正体不明の光が物質を消し去り、ミサイルのような物は指向性の破壊を量子単位の精密さでばら撒いた。
神が、居た。
機械の神だ。
天地を睥睨する視線は無感情に破壊を見据え、紺の髪が布のようにたなびいている。
無限のような破壊を引き起こしながら迫るそれは、何処までも圧倒的な雰囲気と、無機質さを備えていた。
「……政府の兵器か。厄介な物を送り込んできた物だ」
「ルキシア研究所所長、貴方には捕縛命令が出ています。要請に従い投降すれば抹殺は行いません」
「断ろう。残念だが一旦そちらに預けておく」
全く意味の通じない会話を繰り広げたと思った瞬間、博士と神の間で光が爆ぜた。
次の瞬間、何も無くなった。
博士も、兵器も、今まさに出て来た筈の研究所でさえ。
変わらないのは相変わらずの淀んだ空と……飛来した、機械の神だけだ。
「……研究所からの脱走者ですね。
お二人とも、大丈夫でしょうか。ご安心を、身の安全は保障致します。どうぞ、体の力を抜いて下さい」
そう呼び掛けて来た声が俺の意識を揺らし……背後のZZ諸共、その場に倒れ込んだのだった。
この時にはまあ色々とアダムの事を超越的な存在だと思っていたのだが……知り合いになって物の二か月で頭のイカレた傍若無人っぷりを見せつけて来た。今では殆ど腐れ縁だ。