「お涙ちょうだいの無駄話は終わったみたいだな雑魚共」
ぐでー、と擬音が流れそうな程だらけ切ったゼロエルが仰向けのままこちらを見上げて呟いた。
何でここまで言われなきゃならないんだと言う思いが込みあがってくるがその事をまき散らしても叩き潰されて終わりなので我慢する。
あアダムが顔踏みつけた。一瞬で粉砕されてる……
「で、俺は何をするんだ。その博士殺せば良いのか?」
「そうしてくれると凄く助かります」
「へえ」
そう言うといきなりゼロエルが飛び立った。……本気で殺しに行ったのか、それとも聞くだけ聞いてどっかに行ったのか。
……まあ何でもいい、あの面倒な人がいなくなった時点でちょっとした進展だ。
「取りあえず対策考えるぞ……アダム、何かあるか?」
「何かもクソも、まずは見つける事からだ。あの研究所普段は空間の狭間を漂ってやがる」
「空間の狭間……」
心当たりは有る。アダムと初めて会った時、俺達が気付いたら研究所は丸ごと姿を消していたのだ。
「あのゼロエルなら見つけられるかも知れねえけどな。ま、それならそれで助かる」
研究所ごと消し飛べばいいんだ、とアダムが吐き捨てる。……俺達は色々因縁があるが、アダムも何か有るのだろうか。そう思って聞いてみた所、巨大な溜息と共に愚痴が語られ始めた。
「政府から見つけるよう言われてるんだよ……あの無能共、何が統合管理AIだ、意識統合する前に意見を統合しろや……反応見つけて行ったらダミーだわその事でうだうだ無駄な事を言われるわ連中無能を口から垂れ流すしか能がねえのかよ……」
「アダムその辺にしてくれ話の主軸が変わる」
折角重要な話をしているのにこのままだとアダムの愚痴に全部押し流されていく。
というか絶対途中で言っちゃいけない事言うだろコイツ。政府の粛清に巻き込まれたくないんだが。
「まず重要なのは研究所の位置を探る方法だ。これに関しては俺らだけじゃ手詰まりになる」
政府の役立たず共も一応探ってはいるが何分役立たずだからな、とアダムが溜息を吐いた。
「つまり誰か他の人を頼る必要があると」
「私らの出番じゃな」
ぬっと横に現れた天道さんがそう言ってくる。全く気配が無かったぞ……いつの間に向こうからこっちに。
と言うか何か向こうでは極さんとエンヴィーさんが何か話している。一体何を話しているのか。
「それで? 誰をぶっ殺せば良いんじゃ」
「何で皆さんそんな物騒何ですか!?」
誰も彼も喧嘩っ早すぎる。何でそんなに血の気が多いんだ。
「何、元々私ら何ぞ揉め事に首を突っ込んで生きているようなもんじゃからな。揉め事は大きい方が良いのよ」
『だからと言って揉め事を起こして良い訳では無いがな』
睨み合いを始めた二人を無視して元の話を取り戻す。
取りあえずあの人達は余り役に立たなそうだ。となると……
「あら、私? 別に良いけれど、次はもう少し色々お願いするわよ?」
「……遠慮します」
何だろう、凄く不穏な……と言うか、危機感的なアレが全力で機能した気がする。一体何を言われたんだろうか。
「兄貴ー、研究所ってさー、空間のどっかを移動してるんだろ?」
「狭間な」
「だったら、あの……YYYYが関わってるんじゃねー?」
YYYY。俺達の兄弟機にして、あの施設からの脱出を阻んだ兵器。
空間を掌握するあの力ならば研究所を時空の狭間に隠す事も出来るだろうが……
「多分関わってるんだろうけども……だからと言って見つける手にはならない──」
「あん? 空間を隠してる奴がいるのか? ならさっさと言えよ。そっから逆算出来る」
「逆算出来る!?」
アダムの言葉に驚愕の叫びを上げる。
え? マジで?
「取りあえず記憶見せろ。そっから色々と判断してみてやる」
「エンヴィーさんお願いします」
「……まあ、それ位なら良いわね」
「ふむ。圧倒的だな」
空間の狭間、人の脳では認識出来ぬ高次元空間の煌めきの中。
あらゆる理不尽をねじ伏せ羽ばたく純白の堕天使を窓越しに眺め、博士が呟いた。
ある兵器は円盤。回転しながらの突進は小惑星程度を一撃で断ち切り、原子の結合を破砕しながら突き進む。
ある兵器は円錐。零次元点にまで凝縮された鋭さは防御と言う行為自体を無意味とする。
ある兵器は真球。斥力の障壁を纏い太陽中心であろうと活動し、放たれる攪乱の波は量子の観測を揺らがせ物質を消滅させる。
ゼロエルが研究所に飛来して五分。全ての抵抗、反撃は異常な力で蹂躙され続けている。
今の地球文明を七度滅ぼして余りある超兵器の軍勢も、あの怪物からすれば埃とさして変わらない。
それを認識して尚、博士の表情に変化は訪れなかった。
「成程。世界の法則を超越した存在は見た事があるが……アレは自身が法則を作り上げる領域に到達している」
超越、と来て次の領域は何と呼称するか……そう呟く博士には焦りも、危機感も浮かんでいない。ただ眼前の存在を探求し続ける研究者がいるだけだ。
「創造の領域とでも呼んでおくか。とはいえ、目指す物はアレでも足りんがな」
そう呟いた博士の背後へ、幾人かの研究員が走り寄る。その背後には一人のサイボーグが佇んでいた。
「所長! 最終調整完了しました」
「そうか。突入させろ」
「はい!」
サイボーグを所長は一瞥し、再びゼロエルへ向き直る。その目には、別れを惜しむような雰囲気が宿っていた。
「……動きが変わりやがったなあ。切札でもあるのか?」
無数の兵器を出撃させ続けていた研究所が、切り替わる。
湯水のようにあふれ出ていた兵器は断続的にまとまって放たれ、一部に至っては何かを待つように待機している。
「……纏めて消すか」
判断は迅速。幾垓もの戦いの中で磨かれた警戒心が一切の油断を許さない。
ゼロエルは急激に出力を上げ、数千の宇宙さえ焼き尽くす業火の矢を放ち──研究所が消失した。
「……あ?」
それが何か奇跡的な偶然によって起きた物や、威力が高すぎた、などと言った考えをするゼロエルでは無い。
故に、答えは一つ。
「逃げやがった」
研究所は丸ごと転移して、ゼロエルから逃げ出したのだ。
厄介な事に不自然な程痕跡が無い。本来発生する筈の空間の揺らぎや、前兆としての乱れ。
それらをゼロエルにさえ一切関知させずに行った手際も異常だが……更に脅威的なのは逃走を行った事実そのものだ。
「一応妨害はしておいたんだが」
ゼロエルは最初から相手の逃走を想定し、自分の作り上げた空間の内部に研究所を引き込んでいた。
そこで上からなぶり殺しにしてやろうとわざと威力を抑えた攻撃で削っていたのだが……その結果がこれだ。
「曲者だな、あの博士」
ずっと自分を見てきていた男を思い浮かべ、ゼロエルは
作り上げた空間の構造を短時間で把握し、それに対応した干渉を行い逃走する。どれもこれも、ゼロエルからすれば垂涎の技術だ。
「ああ、ああ、まだ、まだ俺は強くなれる」
身体の疼きを抑えるように体を抱きしめ、凄絶な笑みをゼロエルは浮かべる。
圧倒的な強さへの渇望、何処までも見据える絶対的な高み。
あの時、アダムに聞いた一言は高みの規模を教えてくれた。自分が如何に矮小かも。
幼翁らの居座る極天にも届かず、目指す事さえ無謀な力の差。
だがそれでも、ゼロエルはそれへと歩みを進めて行くのだ。