「さて、XXX。状況は御覧の通りだが……抵抗してみるか?」
下らない言葉に意識を向けず、迷いなく博士へ向けて駆け出す。
出力は普段通りかそれ以下、さっきまでのような真似は出来ないし、激痛を上げる全身がパフォーマンスを落とそうと躍起になっている。
関係ない、ZZの為だ。
「っ!」
「平常より出力がニ十パーセントは低下しているな。その状態ではその内停止するぞ」
喧しい、そんなの俺がよく分かっている。
そんな事は関係無いのだ。
「最も、低下していなくとも結果は同じだが」
「!?」
何も見えなかった。
気が付いたら、としか言いようが無い。
いつの間にか体は吹き飛ばされ、建物を貫き、地面にクレーターを作る。
一瞬遅れて絶叫すら出来ない激痛が襲い掛かった。
「~~~~~~っ!!!」
「苦痛を堪えるのは結構だが、早く動いた方が良いぞ?」
出鱈目に動かした足で地面を蹴り跳ね、直後居た場所が消し飛んだ。
早すぎる。何も分からない。無理だ、駄目だ、何だこれは。
知るか、ZZを助けないと。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
振るった拳が何かに当たる。放った蹴りから鈍い感触が返ってくる。
右手右足、次に左手──それを繰り出そうとして、体が右に倒れ込んだ。
「……は?」
右足が無い。
右手も無い。
白面の化け物に変貌した博士の触手にその両方が絡めとられていた。
「無謀な行動は控えた方が良い。命を縮めるだけだ」
動けない。体の修復が始まらない。何もかも次元が違う。
痛みが思考の邪魔だ、動かない体が憎い、クソ、クソ、クソ!
「それで終わりか。それでは回収しよう」
待て、まだだ、まだだ、まだ、まだ、まだ!
動け! 動け! 動きやがれ!
「っ、があ!」
地を這い、無理矢理に叩きつけた左腕。
それは背を向けた博士へ直撃し、その頑丈さに耐えかねてへし折れた。
「お前の機能では私にダメージは与えられん。諦めろ」
「──ぁ」
最後に視界に入った物は、伸びて来た触手であった。
「兄貴!? 兄貴!?」
「心配するな。殺してはいない。暫く動けないだろうがな」
喚くZZを片手で抑え、博士は悠々と立ち去ろうとしていく。
その歩みを阻む者はおらず、彼を止める手段も無い。
それでも確かにXXXは時間を稼いだのだ。
「……ふむ、妨害はしていたが」
機械が降る。
鬼が、氷が、夢幻が。
博士の眼前に立ちはだかる怪物はいずれも異様な力を備えていた。
「よう、舐めた真似しやがって」
不機嫌と言う言葉を体現するような表情でアダムが言い放つ。
あの研究所は元から囮、最初から博士はZZを直接攫いに来るつもりだったのだ。
研究所は侵攻を阻むのではなく、内部の存在を脱出させないように組み上げられていた。
だが、そこで予想外が一つ。
「予想よりもかなり早い。あの研究所であればお前達でも一時間は抑えてのけると思ったが」
「ああ、俺らだけなら一時間は掛かっただろうな」
つまり自分達以外に誰かが居る、と言い放ったアダムに博士は首を傾げ……直ぐに一つの可能性に思い至る。
「千桜四石か。やってくれたな」
あの時、博士が研究所外部に居ると分かった瞬間に四人は脱出を始め……それが異様に困難で有る事に気付いた。
ランダムに変質を続ける空間は解析を阻み、内からの破壊にのみ凶悪な耐性を発揮した外壁。アダム達でさえ傷つける狂ったような兵器群。
侵入前には察知さえさせなかった閉じ込める為の造りが、今まさに牙を剥いた時、ひらりと一枚の紙が空を舞った。
特に何か仕掛けがされていた訳では無い。単に研究所にあった紙の一枚が偶然脱出の攻勢に巻き込まれて舞い上がったと言うだけ。
だが、アダムの眼前に舞い降りたそれには施設の構造及び脱出経路、空間の組成理論に構造的弱点迄全てが書き込まれていた。
「ま、アレだけ有るなら五分で済む。あの女の思い通りも癪だがな」
「何でも良いじゃろ、あの男を殴り飛ばせるなら」
『警戒はしておけ。我々よりは遥かに上だ』
「私としては興味の方が強いのだけれど」
口々に好き勝手話始める四人。だが、その目的は一貫していた。
「という訳で、だ」
先制の一撃は銀河系を貫通する程の熱線によって行われた。流石の博士もそれを受けるような真似はせず、回避に回る。
そこへ殴り掛かった天道の一撃が博士の体を軋ませた。
「随分頑丈じゃな!」
「呪いの類か。相当に負荷がかかる筈だが」
天道の底上げをあっさりと見抜き、博士はまともに相手をしようとせず、逃げに回る。
当然それを見逃す彼らでは無い。
『逃げてばかりでは勝てはしないぞ』
博士の前を塞ぐように極から冷気が放出された。
それは時間や空間さえも凍てつかせる法則を飛び越えた超越的な冷気であり、捉えられれば博士でさえ動きを止めてしまう凶悪な代物である。
「絶対零度を下回る冷気。法則の超越とは凄まじい」
凍り付く触手を片端から切り捨て動きを止められることだけを回避し、博士は逃げる。不規則且つ無軌道なその動きを予測する事はアダムにしか出来ず、その本人も攻撃を見てから回避する程の博士相手に演算を限界まで回している為周囲に伝える余裕は無い。
それが覆ったのは──エンヴィーの一手によってだ。
「取りあえず、ちょこまかとした鬼ごっこはおしまいにしましょ?」
「逃走防止か。器用な事を」
唐突に粘性の強い液体に放り込まれたような重さが全身を襲い、回避が覚束なくなる中で博士は次なる判断を迫られる。
空間の法則を打ち破っての逃走か、その場での迎撃か。
その判断さえもさせまいと襲い掛かる金棒と冷気を裁き、博士が見据えるのは生成された空間全てを飲み込まんとする大火球。
直径僅か十キロ程度のそれは博士の回避よりも早く着弾し、押し込められた極悪な熱量を以てその体を焼き尽くす。
十キロ程度の球体は解き放てば宇宙に絶無の空間を特大規模で作り上げるだろう。
それを見据えた博士は瞬間的に全身を触手で覆った。
「……仕留めたって気はしねえな」
アダムの予想通り、極熱の中で影が動く。
天体を数千億単位で蒸発させる熱も、完全に防御態勢に入った博士を殺すには足りない。
それでも焼け落ちた触手は多く、その内の白い肉体もブスブスと焼け焦げていた。
「途方も無い出力だ。政府は予想外な技術を有している」
爆炎を薙ぎ払い、博士が再び逃走に移る。
あの僅かな時間で空間の解析を終えた彼を阻む物は無い。
「みぃぃぃぃつぅぅぅぅけぇぇぇぇたぁぁぁぞおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
天より、禍星が降る。
純白の翼を広げたそれは、美の化身が如き少女の顔を凶悪に歪めて笑い声を響かせた。
「あらゼロエル。帰ったと思ったのだけれど?」
「んな訳ねえだろ! こんな極上があるのによお!」
ギロギロと忙しなく動く目は博士を、その先に有る何かまでも見通そうとしているようにも見える。
先程とは明らかに異なる様子を見て、呟きが博士から漏れた。
「目を変えたか」
「あーそうだよそっちもふざけた観察眼だなこの野郎!」
ゼロエルの戦利品。彼女の本拠地へ無数に積み上げられた物の一つ。そこには過去何億年もの戦いで奪ってきたあらゆる物が存在する。
今回持ち出した物は、目。
あらゆる物の組成、来歴、由来、構造を見抜く魔眼の一種。
それを使って彼女は博士の技術を盗むつもりなのだ。
「研究成果に拘るつもりは無いが……そう安々とくれてやるつもりも無いぞ?」
「知るか! 勝手に奪って終わりだ!」