「兄貴! 無事!?」
「う……あ……ZZ……?」
頭が……いや全身痛い。
ZZ、そうだZZは……目の前だ。良かった、無事なのか。
「ごめん……守れねえ……」
「んな事良いから! アダムらが何かやってるから! 逃げよ!」
ずるずると体が引っ張られていく感覚がする。……やべえ、目が開かねえ。
霞んだ視界を無理矢理動かして俺を担いだ影を見る。
ごめんな、ZZ……
時間が焼け落ちる。
空間が切り裂かれる。
規格外が一度翼を羽ばたかせればそんな物薄氷よりも脆いのだ。
「アッハハハハハハハハハハ!!!!」
高笑いと共に光の雨が降り注ぎ、遮る何もかもを貫いて行く。
ゼロエルの攻撃はその場の誰も考慮しない無差別の超範囲攻撃だ。
アダムや天道、極では対処が範囲内から逃げるしか存在せず、エンヴィーも特別に防御を行わなければならない法則を突き抜けた一撃は、博士でさえ安々と捉えその体をズタズタに引き裂いて行く。
「……その笑い声が詠唱か」
「もう気付きやがった、マジで良い目だ!」
魔法と呼ばれる技術の一つに、声を使い現象を引き起こす詠唱が有る。
本来世界に働きかけ望みの現象を発生させる物だが……ゼロエルはそれを周囲への強制と言う形で使っていた。
即ち、消耗無しの超範囲攻撃。世界その物に行わせる本人とは独立した超火力。
「今からの停止は間に合わんな。……焼き払うか」
ゼロエルの引き起こした現象を正確に観測し、博士はその結論に至った。
無機質な白い肉体の内から火が奔る。それは物質的な物に影響を及ぼさず、ただ空間と言う概念に影響しそれを焼き払って行った。
「んな真似出来んのか! 器用! 器用だな!」
増々欲しい、と吠えるゼロエルに対し博士は無感情な目線──のっぺりとした顔に目など無いが──を向けるのみだ。
対してゼロエルは再び大きく翼を羽ばたかせた。その瞬間、ギラ、と強い光が瞬く。
「そちらこそ随分器用じゃ無いか。省エネだ」
「嫌味かあ!? 殺すぞボケが!」
焼き払われる空間その物のエネルギーを使い放つ光の刃。これもまた自分の力を使わないノーリスクの一手だ。
とはいえ周囲の存在、それも残滓を使う程度では博士相手の有効打にはなり得ない。
精々が繰り出された触手数本を切り飛ばすだけ……だが、唐突に切り飛ばされた触手の断面から何かが流れ込んでくる事を博士は感じ取った。
「っ!」
咄嗟に触手を根元から切り捨てた博士ににやりと笑いを浮かべたゼロエルが強襲を掛ける。
再生の暇を与えない怒涛の連撃は着実に彼の肉体を現象させて行った。
「どうした! 何もしねえなら……その頭開いて中身貰ってくぞ!」
頭部へと伸びたゼロエルの腕を反射的に回避した博士は、一瞬遅れてそれが失策であった事を悟る。
彼の感知を掻い潜り展開された、捕獲網とでも言うべき力場がその身を捕らえていたからだ。
「成程、意識を一瞬でも逸らせばその時点でアウトか。勉強になる」
「戦闘中に色々考え過ぎてんじゃねえか、相手を殺すの一つで良いってのによ」
ま、貰ってくぜ、とゼロエルは彼の頭部へ手を当てる。
知識、思考、能力。あらゆる全てをそこから奪い取り、己の物とする為だ。
その手を──アダムが止めた。
「止めとけ。何仕込まれてるか分かった物じゃねえ」
「あ? 今更出て来たチキンが何抜かしてやがる」
ハナからんなもん承知してら、とゼロエルは行動を改めない。そして、アダムも。
「世の中予想外ってのは有るんだよ。それと悪い予想程よく当たる」
「そーかよ。粋がるな」
ピッ、と振るわれた指一本。それがアダムの下半身を消し飛ばした。
それどころか背後は星空が消えている。星は疎か、それから発されている光さえ埒外の衝撃がかき消したのだ。
「……ま、何だろーと良いがな。リスクは承知の上だぜ」
「ふむ、受け継ぐのはお前か。好きに任せるとも」
事も無げにそう言ってのける博士に対し、それすらも飲み込もうとするゼロエル。
相手の何もかもを奪おうと手を当て……切断が襲う。
「……そう思っていたがな。間に合ったようだ」
「まだ隠し玉有んのかよ!」
上空より飛来した刃で形作られた人型とでも言うべき何か。それがゼロエルの腕を両断し、行われようとしていた簒奪を防いだのだ。
「引き継げるかが不確定だったのでな。一応の保険はかけておいたが……やはり確実な方で行くとしよう。ZZtype2、権限全解除、対象を撃滅せよ」
その言葉が響き渡った瞬間、刃の人型が流動する。
瞬間的に霧状の組成へ変化した機体はゼロエルがの反応が遅れる程の速度で以て接近し、痛烈な打撃を加えた。
「っ、削りやがったな!」
威力自体はそれほど──精々が地球を貫く程度──だが、触れた瞬間そこが削られ、消滅した。
その消失ゼロエルの目は看破する。極小、素粒子の更に下、ナノマシンと言う言葉が大きく成程極小な粒状機械がゼロエルの組成を分解したのだ。
「厄介だが…‥種が割れたらそれまでだ!」
振るわれた光の剣が霧状の機械を両断し、焼く。
物質的に捉えるのは難しいがここまでの出力が有るならばそんな物誤差だ。纏めて消し去れば良いと言うゼロエルの判断は……粒子がエネルギーを吸収すると言う状況に裏切られた。
「科学者を手品師と同一視するのは止めてもらおう。双方に失礼だ」
「それじゃテメエは能無しだな! 誰にとっても失礼だ! 俺に奪われて有意義に死ね!」
黒雲のような機械は変幻に姿を変え、ゼロエルを相手に立ち回る。
エネルギーや衝撃を吸収し、触れた部分から相手を削り、決して相手に有利にさせない。
対するゼロエルもその特性を理解して攻め方を変える。
無数の光球は周囲を文字通り消滅させ、決して吸収等させず、放たれるレーザーの如き光柱は到底吸収できるエネルギー量に収まらない。
そんな戦いを、ZZは見ていた。
「……おれがあんだけ強かったらなー」
兄貴守れたのに、と呟く彼の表情には以前までとは違う、どこか思いつめたような重い物があった。
彼にとってXXXは時に厳しく時に優しく、そして色々と厄介事に巻き込まれ、最後には無事に帰ってくる存在であった。
それが、今崩れる。
四肢の半分を失い、全身に傷を刻んだ無残な姿はどう足掻いても無事と呼べる物では無く、呼びかけてもまともに答えが返ってこない様子はZZでさえまずい状態だと即断出来る物だ。
アダム達は上空の戦いで手一杯。こちらを助ける余裕は無し。しかし、ZZにXXXを助けるような力も知識も無い。
必然的に彼は今にも死にそうな兄を見る事しか出来なくなっていた。
「……アレ、俺にも出来るのかな」
今天で戦っている機体はZZtype2と呼ばれていた。なら、同じ事が俺にも出来るんじゃ無いかと彼はそれに手を伸ばす。
今までした事の無い行為、己の内に深く潜り、向き合い、力を求める。
それは彼が初めて抱いた心の底からの力への渇望であり……
「っ、止め……なさい! 止めろ!」
意識を取り戻した千桜が吼える。
彼女の頭脳は冷静に無情な結論を告げていた。
だが、感情がそれを拒絶する。
まだ何かある筈だ、まだ、まだ、まだ!
だが体は動かず、周囲の存在は目覚めない。
彼女の咆哮も虚しく彼は最後の一手へ手を伸ばし──
「……これで完了か。長かった……」
「あん? まだ終わってねえぞ。ボケたか?」
「いや、終わりさ。何もかも、私も。これで終わりだ」
「俺も強くなれるかな?」
その言葉は、少しの悲壮感と共に漏れた切実な願い。
そして、彼が今まさに手を伸ばした己の内──即ち、思考補助型の制御人工知能に向けた問いでもあった。
願いは一人の男の妄執によって塗りつぶされる──
『……完成機ZZ、起動。目標、神。自己複製終末機構アポカリプス、開始」
直後、天に黒雲が立ち昇った。