笑い声が響き渡る。
幼翁に去来した感情、それは嘲笑であった。
「ははははは! いや、神か! まさかとは思っていたが……全く。これでは負ける訳にいかなくなった。
「……負け惜しみ……と言える存在では無いな」
博士は訝しむ目を幼翁に向け、油断無く迎撃の用意を整える。
瞬間的に無数の兵器が黒雲から作られ、博士の周囲に揺蕩った。
「負け惜しみ、と言う発想は無かったな。それを言うべき相手と争った覚えがここ数澗年無い」
幼翁から放たれるは無限の矛盾。
あらゆる理屈をねじ伏せ、圧倒的な出力で迸るそれを、博士の兵器が防ぎ、或いは打ち砕いて行く。
「ならば何に笑う。気でも狂ったか?」
「神だよ。
「全存在の収集が過ちだと?」
オムニバースを揺るがす一撃が無限に飛び交い、互いを削る。
博士の放つ光線は幼翁の腕をえぐり飛ばし、幼翁の振るった矛盾の剣は博士を両断した。
当然どちらもその程度に意識を向ける存在では無い。
「ああ、過ちだとも。愚かと蔑む程に」
幼翁は兵器群を消し飛ばし、博士の懐へと潜り込んだ。
「
『右30度、上2度時速400.332キロ、2.13秒後に左5度、直進、時速70.77キロ……』
微細な指示が千桜さんから飛び、その都度アダムが速度と方向を変えていく。
ZZの黒雲内部へ突入してから五分、俺達はかなり危機的状況だった。
『XXXさん、足上げて下さい。捥がれます』
「はいっ!」
折りたたんだ足の下を黒雲が抜けていく。……アレに当たったら分解されるんだよな。背筋がぞわぞわしてきたぞ。
こんな指示も一度や二度では無い。酷い時は指示された通りのポーズを取らないと飲み込まれると言われた事もある。何か古いゲームみたいだと思った物だ。
幸い千桜さんの指示は滅茶苦茶早く的確な上、分かりやすい。
具体的に体のどこをどうするかこっちの感覚に合わせて言ってくれるので普段の感覚通りの動きで対応できるのだ。
「おい、考え事も良いが集中切らすなよ。一回ミスったら終わりだからな」
「分かってる、分かってるから緊張するような事を言うな! 俺はリラックスしてる時が一番集中できるんだから!」
現状を真面目に考え出すと余りのヤバさで発狂しそうになる。ちょっとゲーム感覚でいる位で無いと落ち着いてられないのだ。
しかしそれでもヤバい。何だか心の大事な部分がガリガリと削られているような気が……
「追加で言うが変に周囲に意識向けるなよ。最悪意識を分解されて食われるぞ」
「恐い事言うな! ただ忠告はありがとう! 後そういうのって言われた途端意識し出すんだが!?」
ええいこの野郎嫌なタイミングで嫌な事を!
『無視は出来ないでしょうし諦めてアダムさんをずっと見ていて下さい。視界に入らなければ意識も出来ません』
アドバイスの通りにアダムの背中だけをずっと見ておく。……これで良いのかは分からないが、周囲を意識する事は減った……ような……?
『XXXさん、右肩の力を抜いて左手を頭上に。右足を前に蹴り上げる形で』
「はい!」
指示に従った瞬間、視界の端を黒雲が駆け抜けていった。
……コレ、一体後どの位で終わるんだ?
『後三分程です。用意は良いでしょう?』
「大丈夫です」
……アダムもそうなんだけど言葉にしても無い事を平然と読んで来るのはどういう事なのだろう。
黒雲の内を走り抜けるアダムの内心は、焦燥感に満ちていた。
(冗談じゃねえ! サーチの機能まで食われた! 情報単位で分解してやがる!)
先程の忠告も決して嫌がらせでは無い。万が一無防備なまま周囲を認識してしまった場合、意識事食われる可能性があった。もうそのように周囲は変質してしまっている。
アダムは何が起こったのかを知らないが、丁度その頃遥か天上で博士が攻撃の目標を幼翁へと定めた。
その時点で世界の軛を侵食すると言う第一目標は切り替えられ、周囲への攻勢が第一目標となったのだ。これまで行われた周囲への攻撃は、第一目標達成を阻害する存在の排除でしか無い。
それを切り替えた結果、黒雲は圧倒的な危険度を有し始めている。それこそ認識をトリガーに情報を食らい始める程。
(この黒雲の機能……恐らくだが、破壊では無く収集。となると博士が掛けた神へのアプローチは全存在の合一か?
アダムは内心でそう吐き捨て、ついでに浮かんで来た博士の顔に唾を吐く。
彼の知る限り、そのアプローチ方は神の座を目指す方法として最も愚かな手段であり、最もはた迷惑な物だ。
(
厄介な点として、博士の取った手段は神へのアプローチとして見るならアダムでさえ分かる程の糞だが、巨大戦力の誕生としてはこの上ない程的確だ。
何せ全ての集合を誕生させるのだ。それは如何なる存在よりも強大であろう。
(止める鍵がコイツにしか無いってのが一番ムカつくがな!)
内心の憤怒をおくびにも出さず、アダムは黒雲の内を飛ぶ。目的の場所まで後僅かだ。
神は何処にいる?
古来からあらゆる者が問い続け、遂に誰も答えられなかった。
それはこの地球だけの事でも、この宇宙だけの事でも無い。
あらゆる星、あらゆる宇宙、あらゆる次元、あらゆる場所にてあらゆる存在がそれを問い続けていた。
その答えを持つ者は余りに少ない。
無限の宇宙が無限に集まり、それが無限に続き無限に繰り返される。
そうした繰り返しが無限に連なり、それさえ矮小とするオムニバース。その中に在って神の座を見つけた者は、永劫の内で千人にも満たない。
その僅かな一人である幼翁は思い違えた博士を笑う。その滑稽さを嘲笑い、そしてその為に存在全てを滅ぼす暴挙をやってのけた事を称え笑い、そしてただ、空虚に笑う。
「神は居ない。少なくともお前の手段に置いてたどり着ける場所には」
「……それを私が信じると? それに例え真実だったとしても、完遂すれば無限の時間が出来る。たどり着いて見せるとも」
博士の言葉に幼翁は更に笑う。
「無限の重みを知らない若人が言うじゃあ無いか。書類の上で、意識の内で、数式の上で扱おうとも無限を実感等出来はしない。
真に生きた者がそれを知るのだ」
「……何とでも言うが良い。私は止まらん」
幼翁の言葉を断固たる決意で以て踏み越え、博士は黒雲より更なる兵器を引きずり出す。
オムニバースを貫くレーザー砲、無を砕く削岩機、概念を叩き潰すハンマー。
出鱈目な兵器は、また出鱈目な力の前に砕け散るがその数は無限、どれだけ壊されようとも黒雲の内から湧き出すのみ。
「いいや、止まるとも。何億、何兆、何京……無量大数の彼方だろうと、お前は必ず止まる。そして神にもたどり着けはしない」
だが幼翁もまた無限。
無を有に、生を死に、創造を破壊に、矛盾を突きつけ崩壊させ、無限の器を突き崩す。
「たどり着く。必ずだ。どれ程高き頂であろうと、どれ程不可能な有様であろうと」
その言葉に幼翁が再び笑う。だが先程の物とは違い、空虚さが全面に押し出された諦念の笑いだ。
「……高き頂、か。そのような物であればどれ程良かったか」
ゆら、と幼翁の形が揺らぐ。
それは永劫を生きる存在としての在り方が表に出た物であり、時間も空間も超越した極天たる一つの力だ。
「我々でさえこの程度であれば心拍のように出来る。であるならば、神が