がさ、とアダムが崩れた黒雲の残骸に手を差し込む。
完全に機能を停止したそれは、今や巨大な砂山だ。
「……
ナノマシンの残骸に手を差し込んだアダムは、
数にして十の二十四乗の領域にまで登った膨大極まるナノマシンの群れ。それを全て切断してのけると言うのは……実の所、
ゼロエルやカリオストロならば十分可能であるだろうし、極天の幼翁であれば呼吸より容易く行える。
問題は、その技をこの相手に行った事だ。
絶大な器を持ち、あらゆる攻撃を飲み込み吸収し広がるナノマシン。無限の変化を体現したかの如き存在は、最後の最後に極天でさえ容易に飲み込む程の「格」を得ていた。その時点でまともな存在では傷一つ付ける事も敵わない筈である。
更に言えば対抗手段を用立てたとしても、絶対的な変化が制限なしの対処を見せる為に瞬く間に無効かされる筈だ。
故に、この現象に対してアダムは、
……並みの存在であれば出来る者も多いだろう。常人でも描いた絵を塗り替えれば良いだけである。それだけで絵画に存在した認識も難しい可能性は描き変わる。
問題は、それを極天相手に行った事。
あらゆる存在、その頂点にして至高、全ての頂に居座る極天を、そんな扱いが出来る者。
「……何の気まぐれですかね、マスター」
ぽつりと漏れた呟きは誰も聞く事無く空へ消え落ちた。
何か絶対死んだと思ったら奇跡的に生きてた。やった、良かった、助かった……
「あ……」
ぐらりと視界が傾いて行く。その割に苦痛や身体異常は無い。……気力が切れたのだろう。
「兄貴!?」
「あー大丈夫大丈夫ちょっと疲れただけだ……」
全身が鉛のように重い。体の骨子は軽めの金属だと言うのに。
一応意識はしっかりしているのだが……動けない。と言うか、動く気になれない。このまま寝たい。
「……兄貴」
「何だ……」
「ありがとう」
「良いよ、兄貴何だから……」
あー、瞼が落ちて来た。意識もちょっと怪しいなコレ。……まあ良いか。アダムも居るだろうし……ちょっと、寝よう……
「兄貴、寝ちゃった」
目の前で倒れたまま寝息を立てるXXXが生きている事を確かめ、ZZはその場に腰を下ろした。
賢く無いと自負する彼でも、自分を助ける為に色々な物が途轍もない被害を被った事は理解している。その結果、これから先は大変な事になるだろう事も。
「……無事か?」
「アダム!」
姿を見せたアダムに、ZZが立ち上がる。
「無事みてえだな」
「……アダムこそ、無事だった?」
弱々しく尋ねるZZに、一瞬だけ驚いたような表情をアダムは見せた。が、直ぐに普段通りの気だるげな顔に戻ると、何てことねえよ、とZZをあしらう。
「それで、そっちは……」
「寝てる」
「暢気な奴だ」
言葉とは裏腹に、アダムは大きく安堵の息を吐いた。
「……アダム」
「あー問題ねえよ。
「え?」
今後について不安に考えていたZZに衝撃が走る。だが、アダムの言った言葉は何処までも真実だ。
「戻った? 全部?」
「全部な。あの黒雲に飲み込まれた奴、物、概念、空間……何でもかんでも元通りだ。博士以外だがな」
余りにあり得ない現象。あの黒雲に呑んだ物を吐き出すような機能は存在していなかった筈だ。
ならば誰がやったかと言う話になるが……それに関して、アダムは心当たりが有る。
「多分幼翁の仕業だ。どこまでも恩着せがましい野郎め」
同じ事が出来そうな者に幾つか心当たりのあるアダムだが、黒雲を討伐した者は気質上そう言った事をしないと辺りを付ける。
となると、態々こんな事をするのは幼翁位である。アダムはそう結論付けた。
「じゃあこの後大丈夫?」
「大丈夫だろうな。多分何事も無しだ」
「やった!」
喜ぶZZに大きな溜息で返すアダム。
「気楽なもんだ。……まあお前はそのぐらいで良いよ」
「何だーその位って!」
段々と普段の調子を取り戻してきたZZに、やんわりとした笑顔をアダムは見せる。
「気楽な方が良いって事だよ。……それじゃ、面倒な作業してくるから、お前はそいつ見てやっててくれ」
「分かった!」
言うなり音を立てて飛び去ったアダムを見送り、ZZは寝ているXXXに視線を向けた。
「……おれもねーようっと」
ぱたんとZZはXXXの横へ寝転がり、数分後には二つの寝息が響き始めた。
「それで、修復は完全に?」
「ああ、私の認識している範囲で完全に行った。……その私自身も助けられた身ではあるが」
あの時……幼翁の身は完全に黒雲に飲み込まれていた。塔の頂上から振るわれた剣閃が無ければ確実に死んでいた、と幼翁は自嘲する。
「何だろうと助かりましたよ……一難去ってまた一難は嫌ですから」
千桜四石は安堵の息を吐いた。
彼女の予測だとあのままであれば、他世界からの来訪者二割がそのまま敵に回る筈であった。
幼翁の手により全員が元通りに復元され、同時に返報された事によりその危険は無くなったが……同時に少々厄介事を呼び込んでしまっている。
「ただあの天使……ゼロエルは妙に対抗心を燃やしていたが。もしかすると暫くこの世界に居着くかもしれんぞ?」
「もしかすると、では無くほぼ確定ですね……まあアイギス相手の戦線に組み込んでやりましょう。面倒な交渉は政府に丸投げするとして……連中は動きませんでしたね」
千桜がちらりと明後日の方向を……七界神達が監視をしていた場所を見た。
「アレ、どう見ます?」
「埒外だ。戦力の総数が
幼翁をして、不明。
その事に千桜は舌打ちをした。
元々アイギスの戦力が侵攻当時に見せた
極天である幼翁でさえ計り知れないとなると、その規模は──
「そうなると頭は……」
「間違いないだろう」
「「
二人の声が揃う。
言葉の内容に幼翁は憧憬を含ませ、千桜は面倒くささと多少の好奇を滲ませた。
例外。
存在の領域を超えた、存在せぬ何か。
力の領域で測れず、あらゆる全てに含まれない。
全ての集合たるIでさえ
それは、明確に神の座である。
「……例外ってどの位いるんです?」
「私も良くは知らん。良く絡んで来る者なら居るが……アレは例外の域でも少し外れ物だ」
その事に千桜は一際大きな溜息を吐くと、塔の頂上を見据えた。
「最悪今度一回嘆願でも送ってみましょうかね……」
「……長期間付きまとわれている私が言うのも何だが……例外連中に余り関わらん方が良いぞ。視点の規模が違い過ぎる」
「ご心配なく、知っています。……と言うかそれ、貴方が言います? 百と無量大数の年月に区別付くんですか?」
「……これは痛い所を突かれたな」
苦笑する幼翁に、千桜は軽い溜息を吐いた。
「一応最終手段ですよ。……アイギスも、直ぐにこの世界をどうこうするつもりは無さそうですからね」
そう言って千桜四石はその場を離れ、幼翁もまるで元々存在しなかったかのように姿を消した。
戦いは、終結した。
遥か彼方にて。
「遅いぞ、七界神」
「うるせーぞ三下!」
「黙れ獄地。立場だけなら我々より上だ」
「そもそもお前にそんな仕事出来ないだろう」
「喧嘩売ってんのかテメーら!」
受付の男へ向けて怒鳴り散らす獄地を、各々が諫める中、七人は建物の中へと入って行く。
アイギス七界神。
地球において恐怖と絶大な力の象徴として語られる彼らは……アイギスと言う組織に置いては、出世頭以上の意味を持たない。
『相変わらず』
「そうだな。相も変わらず、途轍もない」
そう呟いたキリカルの視界に入るは……扇状に広がる、余りに広大な客席。
端から端まで数千キロは有る、真っ当な人間であれば中央のステージ等見る事も出来ない圧倒的広さの巨大ホール。
その広さに見合った数の椅子が無数に並び、そしてそのほぼ全てが埋まっている。
アイギスの定例会……所謂活動の報告場であり、同時に彼らにとって絶対である総帥の姿を見る事の出来る、数少ない場だ。
「我々の席は……あそこか」
「わざわざ七人一列で固めやがってよお……嫌味のつもりか?」
「そうだな。お前のような程度の低い奴と同じに見られるのは御免だ」
「カセカル、余り煽らないように。これでも仲間なのですから」
「白々しい」「まるでそう思っていない」「その面の皮が欲しい」
各々が勝手な言葉を紡ぎながらも大人しく席に着き……直後、遥か離れた──と言っても彼らの目であれば容易に捉える──ステージに、一人の女性が上がった。
『それでは、皆様が出席なされた様ですので……我らが総帥より、開会の御言葉を』
口元に据えられた拡声器を通じて、広大なホール全体へと声が響く。
と、同時に話し声で埋め尽くされていた一帯が水を打ったように静まり返った。
「……総員、今回の集まりに感謝を」
声が響く。
余りに超然としたような、どこまでも隔絶したような、言葉で言い表す事を不可能とするような、ただどこまでも離れた印象の有る声が、響く。
「世界を滅ぼし、喰らい、力とする。……皆が我が命に従っているようで何よりだ。
……ではこれより、第六千二十五億十二万三千十四回、アイギス定例会を開催する。
まずは十七兆番多元宇宙2ARAAAAAAAAAAGGGGPOLLL0912担当であるグルンフォースから報告を述べよ」
「はい」
響いた言葉に合わせるように、遥か端で一人の男が立ち上がる。
定例会は大した事を行う場ではない。ただ、アイギスの活動……世界を己の力に変える、と言う行為の進捗を述べると言うだけだ。
組織内で果たすべき目標……ノルマのような物も存在せず、ただ各々が勝手に世界を見つけ、そこを滅ぼすと言うだけの話。
それに付いての成果をこの場で述べる。罰則も無ければ、規定も無い。
ただ、何も成せていない者であれば……周囲から蔑まれ、最悪、餌として見られ、喰らわれる事もある。
その中で出世頭と言われる七界神は何を成し遂げたのかと言えば……実の所、そこまで多くの事をしていない。
ただ、彼らは一つの世界をずっと担当
「では次、十七兆番多元宇宙……」
定例会は地球の時間で二か月程行われる。最も、この場の存在からすれば瞬きよりも短い時間だが。
それでも気の短い者は存在するようで……獄地は早々に足を投げ出し、不満気な表情を浮かべていた。
「……総帥の前だ。不敬な態度を取るな」
「総帥は俺より遥かに上だろ。蟻が足向けても何も思わねーよ」
無駄な時間に苛立ちを浮かべ、獄地は虹へ言い返す。
とはいえこの定例会が短くなる訳でも無い。単に彼の苛立ちが長引くだけであった。