「……アダム、ここは──」
「塔の内部です」
間髪入れずに帰って来た答えに現状を認識する。
塔……先ほど回収した破片の元。その内部。
俺の記憶が確かならば内部に入った人間は居なかった筈だが……もしかして塔の内部に入った地球人第一号なのだろうか。
「残念ながらその予想は外れです。貴方の他にも千桜四石様や政府上層部の方々はここに立ち入られた事がおありになられています」
……淡々と敬語で返してくるアダムは、非常に不気味に感じられた。
……一旦深呼吸しよう。兎に角状況を確認しないと。
見渡せば目に入るのは、黒を基調とした内装。
特に明かりが設置されている様子は無いが十分な明るさが周囲を照らしている。
直径四十メートル程の円状な部屋は中央を貫く柱を除いて視界を遮る物は無く、黒い壁とカーペットはのっぺりと光を吸収し実際より直感的に広く感じてしまう。
壁に掛けられた絵は見た事のない色彩と絵柄。だがやはりこれも中心は黒色だ。
「……ここの奴黒好きすぎだろ」
真っ先にそんな感想が口を突く。しかし正直な感想なのだから仕方ない。
何せ黒い。別に壁が黒いのは良いとして、床に天井、棚に小物、壁の絵迄何もかも黒い。ここまで黒いと物凄くくどいのだ。
何と言うか、十四歳位の奴に内装を作らせたらこんな感じになりそうだ。ぶっちゃけ俺でももう少しマシな配色に出来ると思う。
「兄貴ー。この水槽真っ暗何だけど……」
ZZの声に振り向けば、壁に据え付けられたかなりの大きさの水槽が視界に入った。
デカい。かなりデカい。
高さだけでも俺の身長の倍はあるし、幅は十メートル以上あるだろう。
が、水が入っているのは分かるが……それ以外全部真っ黒だ。何か光を遮る技術が使われているのか、単に黒い壁を作っているだけ……!?
「うわっ!?」
ぎょろん、と巨大な目が水槽の内からこちらを除き返して来た。
あり得ない大きさだ。目が既に水槽の枠をはみ出している。と言うか、この視えている部分は水槽の全体じゃ無いのか。
「……アダム、これって」
「マスターの飼っている魚です。名前はマヴロス、全長二千七百メートルの巨大魚です」
「……この水槽、どんな大きさ何だ」
ちょっと呆気に取られて自分でもわかるズレた疑問が飛び出てしまった。
まあ確かにそう思いもしたが。それはそれとして多分違うと思う。
「お二人とも、鑑賞は良いのですがマスターがお待ちです。申し訳ありませんが少々お急ぎを」
「あ、うん」
違和感が凄い。何かもうここまで丁寧口調で言われると恐い。
……まあ確実にアダムの意思では無いだろう。多分何かの条件でそう対応するようプログラムされているのだ。そうでも無ければこの偏屈皮肉屋暴言祭り傍若無人野郎が俺らに敬語を使うなどあり得ない。
「……こちらにお乗りください」
中央の柱へとアダムが近づき、手をかざした。すると音も無く柱の一面が二つに割れ、内側が覗いた。
どうやら自動ドアになっていたようだ。形状的に内部はエレベーターだろう。
足を踏み入れてみるが、特に変わった事は無い。本当に単なるエレベーターの様だ。
扉が閉まり、数秒後再び開く。体に加速が掛かった気配は全くないが扉先の景色は完全に変わっている。転移系の技術が使われているのだろう。
「……これから会うのは……お前の製作者なのか?」
「はい。付け加えて言うなら余り碌な方ではありません」
……気が利いているのかいないのか。
確かに今から会うらしき人の事は知りたかったが……碌な人じゃ無い、と言われると嫌な汗が出てくるんだよ。汗かく機能無いけど。
しかしそんな事状況は考慮してくれない。
アダムは俺達を先導して一歩前を歩いている。そこまで早くは無い、にもかかわらず周囲の景色はそれを遥かに上回るペースで変化していた。
エレベーターから降りた直後の黒いホールから一転、木製の和風づくりになったかと思うとレンガを利用した昔の西洋建築風になり、次に何もかもメタリックな目に優しくない光景が。そこから水中としか思えない場所をくぐりぬけ、ほんの数秒で普段見慣れたコロニー内部の建築……白い建材を多用した作りになり、更に進めばカトラさんの所で見たような木と石を組み合わせた風景が見え、そして今は……どっからどう見ても雲の上を歩いている。
「兄貴ー。何か凄いふかふかしてる!」
「何かまた凄い事をしてそうだな」
普通なら足が竦む所だろうが……生憎これ以上にトンデモない物を最近は見まくっている。今更この程度で怯みはしない。
これから会う人も、当然俺より遥かに上の、桁違いな人なのだろうが……まあうん。何かそんな人の相手も慣れた。
と言うか、天道さんとか極さんに聞いた所別に滅茶苦茶とんでもない存在だからと言って、そこまで怯えた対応は必要ないとの事。寧ろ、堂々と胸を張って相手すればいいらしい。
ただ、礼儀はしっかりしておいた方が良いとも言われた。曰く、怯えられるのも困るが、舐めた態度は怒りが湧いて来る、との事。
つまり、普通に対応すればいいのだ。
見下さず、バカにせず、嘘を吐かず、誠実に。立場をしっかり理解した上で言わなければならない事は言う。当たり前の事をしていれば特に問題は無い……らしい。
とはいえ不安が完全に消える訳では無いが……
「お二人とも、到着致しました。こちらがマスターの領域となっております」
どうぞごゆっくりお話しください──そう言ってアダムは俺達に道を譲った。
目の前には扉。重そうには見えない、押せば確実に開くだろう。
……もう一度、深呼吸をする。……よし。
「失礼します」
「しつれいします」
手ごたえ自体は有る物の、まるで重みを感じずに扉は開き──
俺達は宇宙の真っただ中に浮かんでいた。
「……」
「兄貴ー! 星が凄い!」
はしゃぐZZに大物感を感じながら俺は前方から視線を動かさない。
こういう場面では驚くのが普通だろうが……残念な事に宇宙っぽい場所に放り出されるのは二度目だ。
オマケに一回目のアンキさんの時は散々攻撃を受けた。今更そう見えるだけで早々変わったリアクションは取れない。
代わりに出来るだけ姿勢を正して付け焼刃の礼儀をどうにか保つ。心底から驚いたり出来ない以上、そう言うのが最低限だ。
そんなことを考えていると、遥か遠くに何か黒い影が──
「よく来てくれた」
黒い男が口を開いた。
……違う。
認識が切り替わる。切り替えられる。
アダムとも、天道さんとも、エンヴィーさんとも、ゼロエルさんとも、違う。
何か、そんな土俵で無い……根本として俺達と何かが違う。そう思える、相手だ。
「二人とも、先日の大騒ぎでは随分と活躍していた」
黒い男が言葉を紡ぐ。
意味は分かる。だが何を言いたいのか分からない。
読み取れない。まるで分らない。何もかもが隔絶している、切り離されている。
「兄は弟を思い、弟は兄に答えた。……良い物を見た」
黒い男が大仰に腕を広げる。
そこでようやく俺は相手を認識する余裕ができた。
黒い。
余りに黒い。
影絵の如く、闇の如く、未知の如く。その何よりも遥かに黒い。
立体感を感じない子供の落書きのような黒さにもかかわらず表情も笑みも正確に読み取れ、そのギャップがうすら寒い物を呼ぶ。
加えてさっきから感じている違和感……圧倒的な存在とはまた
「加えてそれ程良い物を作り上げた者が今、選ばれた」
黒い男の言葉が響く。
推測できない。何も分からない。間違いなく理解の範疇に収まる事を言っているのに次が読めない。予想の一歩目が存在しないのだ。
「二人とも。今までの事を私に話して欲しい。緊張はしなくていい、ただ話すだけだとも」
黒い男が目の前に現れた。
……ただ、話すだけ。本当にそれで済むのか、そもそもそれに何の意味が有るのか。無数の疑問は浮かぶが……俺もZZも、その言葉を拒否することは出来ないのだ。