「マスター、そろそろお時間です」
「あー、もうそんな時間かよ……」
ぬるりと背後に現れたアダムが何かのタイムリミットを告げた。多分この会話の事だろう。
こちらとしても特に進展無く中身も無い会話を延々と続けるのは精神的にちょっとクる物が有ったので丁度良い。
「ま、客をぶっ壊す訳にもいかねえか」
「すみませんなんか物騒な事言われたんですけど」
何? この会話続けてると俺ぶっ壊れるの?
「心配すんな、単に外れた奴と長時間関わると面倒な事になるってだけだ」
「安心できる要素が何も無い……」
放射能をまき散らしてる相手と一緒に居るような物じゃ無いか。安全にもう少し配慮を……
「配慮はしております。ですので、お二人に置かれましては速やかにマスターから距離を取り縁と関りを断ってください。必要でしたら記憶の消去も行いますが……」
「人を汚れものみたいに扱うんじゃねえよ!」
露骨に黒い男へ嫌悪を滲ませながらアダムが間に割り込んできた。
「必要な処置です。文句がおありになるのでしたら、せめてもう少し抑えるようにしてください」
まるで表情を変えず淡々とアダムが言い放つ。その内容にに顔を顰めてはいたが、黒い男は舌打ちを返しただけで何もしようとしない。本当に関わり続けているとまずい事になるのだろう。
「……それじゃあ、さようなら」
「さよーならー」
そうと決まれば早いに限る。身の安全は何より大事だ。
逃げるように……と言うか殆ど逃げながら黒い男から距離を取って部屋の出口へとバックする。横から見たらホバー移動のようにも見えただろうか。
「……あんな説明するから逃げただろうが」
「事実です」
凄く不服そうな顔をする黒い男に一切遠慮せずアダムが言い放つ。
しかし……やはり似ているな。気に入らない事を口にしない時の表情がそっくりだ。自分が嫌な思いをしているのだから相手にも嫌な思いをさせてやれ精神がにじみ出ている。
「……あー……うん。内心で何考えてようが俺は良いが……まあ、アレだ。せめて名前位憶えてから帰ってくれ」
「名前何です?」
帰り際に今更な話しになるが……この人の名前を聞いていなかった。
黒い男、と言うまんまな異名だけでずっと通していたのだ。名前が一切分からなくても案外会話が出来る、という事を送れながら実感している。
「アダム、何だった?」
「分かりません。マスターはただでさえ頻繁に名を変えています」
何やらアダムと揉め始めた。名前一個でなぜそこまで。と言うか、規格外な人たちは大雑把になって行く法則でもあるのか?
「じゃ今考えるか」
「マスターのセンスだと碌な物にならないと思いますが」
「黙ってろ。……宵闇」
うーんさっきまでのネーミングセンスに違わない十四歳感溢れる名前が出て来た。その辺りの年の子供に自由に改名させたらそんな名前を着ける気がする。
「中二病全開な名前ですがよろしいのですか?」
「良いよ。格好いいからな」
そう言って、黒い男こと宵闇はこちらへ向き直った。
「宵闇だ! しっかり記憶に刻み込め!」
「分かりました」
「わかったー!」
まあ忘れる名前では無いだろう。記憶喪失になっても覚えている気さえしてくる。
そんなこんなの別れを済ませ、俺達は帰路に着くのだった。
こん、と足が床を打ち据える。そんな動作は本来必要ないが、それにとっては見栄え、という一点で重要であった。
「随分良い友人じゃ無いか。大事にすると良い」
「……言われずともそうさせていただいております」
雰囲気が一転する。纏っていた軽薄な物から、存在には理解できない例外へ。
「しかし干渉は課題だな。抑える事に成功はしているが……影響自体を無くすのはまだ不可能か」
「例外の性質を考えると、今回の結果ですら驚嘆するべき物かと」
一滴の色水が大海に混ざり消える。
規模としては余りに違うが、起きる現象は似通っているだろう。存在は例外に影響を受ける。逆は、無い。
「それと、マスター。変わっております」
「ああ、構わない」
男の姿が……宵闇と名乗った例外の姿が変わる。
病的に白い肌と立体感の無い黒髪、光を映さない瞳はそのままに……姿かたちが女性の物へと変貌した。
「変化は重要だ。停滞は俺の何より嫌う物だ。……やはり変化は良い」
例外とは何か。
それは例外である。
それは絶対である。
それは神の頂である。
存在の範疇に収まりきらぬ隔絶者。あらゆる全てを無と断ずるかけ離れた何か。
始原たる神、終末たる災禍、闘いに産まれた者、剣の現身……あらゆる例外は、ただそれだけで絶対である。
その中で尚、宵闇は変化する。
男、女、それ以外。
実体、非実体、それ以外。
口調や性格さえ気まぐれに変える
「さて、アダム。お前も行くと良い。用は済んだのだから」
「……ええ、お言葉に甘えさせていただきます」
そう言って、アダムが部屋を出ていく。残されたのは宵闇と……もう一人。
「やあ! 最近元気?」
そう言って私は話しかけたのだった。
「んー……」
伸ばした体からポキポキと音が……鳴らない。そんな体はしていない。
「兄貴ー、何も貰ってないけどどうすんの?」
「無いなら無いで良いだろ。ぶっちゃけ元の依頼の金は入るし……」
そもそも大元は千桜さんからの依頼なのだ。達成した時点で報酬が入っている。それ以上は望む必要も無いだろう。あの宵闇と言う人なら望んでいなくても押し付けて来そうだし。
……不安になって来たな。もう一回心の中でしっかり要らないって言っておこう。
どこからか聞こえた気のする舌打ちに拒絶の念を送り、俺達は気が付けば居た自宅の扉を開いた。
「あー疲れたー……」
帰りこそ楽だったがそれ以外がどれもこれも俺の精神を抉ってくる。一歩間違えば死ぬ戦場の中を駈け、一睨みで俺達を殺せる人と話し……けろっとしているZZが羨ましい。
「兄貴ー。晩飯どうする?」
「出前を取れ……後自分でやってくれ……」
今の俺にそんな気力は無い。安心した途端に出て来た疲労で起き上がるのも面倒だ……
「分かったこのデラックススペシャルギャラクシーで良い?」
「何だその中身のない飯の名前……」
字面だけで注文を決めた事が直ぐに分かる品名を上げながらZZが端末画面を見せてくる。……馬鹿高え……
「限定ニ十食だって!」
「……まあ、良いぞ」
普段なら却下する所だが……今は本気で疲れている。一々突っ込みを入れる気力も無い。
それに、そこまで言う飯がどれ程の物かの興味もちょっと有った。
「じゃー頼むぜ!」
その後届いた料理は不可思議な味として俺達の胃へと収まった。正直、もう一回注文する事は無いだろう。
「それで、これからどうすんだ」
「前も聞いたぞ」
翌日朝、いつものように家にやって来たアダムが初手でそう言ってきた。前聞いたんだが。
「前とは事情がちょっと違えな。お前マスター……あー……宵闇と関わっただろ」
「……どっちかって言うとそっちから寄って来た気がするけどな」
完全にお膳立てされていただろ、アレ。わざわざ依頼まで来ていたし。
正直面倒な人に絡まれた以上の感想が一切無いんだが。
「何だろうと、関わった、って言うのが重要だ。……これからお前の所に色々と来るぞ」
「色々と」
その言葉だけで物凄い面倒事の予感がするんだが。
「ブラックホールの例えじゃねえが……例外と接触したんだ。大概規格外な奴らが来まくるだろうな」
「……なんの嫌がらせだよ」
折角色々と厄介事が解決したと言うのに……この期に及んで何かが有るのか。もうゼロエルとかの相手は嫌だぞ。
「一応その事でな……お前、もう少ししっかりした仕事を始める気は無いか?」
「ある」