「……堅苦しいのう」
件のアイギスとの戦いから五日、天道は部屋にて転がっていた。
というのも、例の極を政府はスカウトしようとしていたらしく、その目論見通り交渉に入ったのは良いのだが……そこで、天道の存在が見つかった。
結果、複数に渡る協力の要請を断り切れずに天道は政府に着く事となったのだが……
「もう少し自由に振るまえんものか」
部屋の広さは五メートル四方、タブレット──九十世紀に置ける多機能用具──は渡されているものの、天道は使い方が分からない。
そして、自由極まる気質の天道からすれば、一か所に押しとどめられるというのはとても息苦しい物だ。
そんな状況でありながら天道が逃げ出さないのには、当然訳がある。
「……とはいえ、貰ってしまったしのう」
彼女が政府の契約を受けた理由は一つ。
酒だ。
最新技術にて作られた酒を条件に、彼女は政府との交渉を受領した。
結果、こんなところに押し込められた生活が続いている。
「ううむ、受けた約束を破るのは気が引けるし……次役人が来た時にでも言って見るか」
そう言って、再び天道は床に寝転がった。
することは無い。
だが、そうだからといって全く耐えられないという訳では無いのだ。
時間の感覚が違う。
万年を生きる天道にとって、この位であれば許容できない事も無い。
することは単純、心を木石のように固め、ただ在るようにする。そうなればたとえ百年、千年だろうと暇とさえ思わない。
そうなった天道の意識がもとに戻ったのは、それから二日後の事であった。
「……なんじゃ、百年は経ったか?」
「前回から一週間も経っていません」
話しかけてきた役人の姿に、天道は意識を元に戻す。それを見て、役人は大きく息を吐いた。
「驚きましたよ、幾ら声を掛けても反応してくださらないんですから」
「何じゃ、起きたじゃろ。特にいうような事でもあるまい」
役人は、声を掛け始めてから四時間は経っている事を喉奥へ飲み込んだ。
天道はのっそりと起き上がり、全身を伸ばす。百五十センチの身長に、大した起伏も無い体。誰がどう見ても精々が中学生位にしか見えない体躯だが、その動きには妙な貫禄があった。
「それで、何のようじゃ。またぞろ面倒な検査か?」
「はい。身体能力の検査及び細菌、ウィルス類の付着、加えて外的反応検査です」
今度は天道が溜息を吐く番だ。
ここに来てから三度目の検査。それも、何をしているのかさっぱり分からない物ばかり。天道としては、いい加減終わって欲しいものであった。
「むう。必要な物ではあるのじゃろうが……例の身体能力とやらは、もうそろそろ諦めた方が良いのではないか?」
「……一応、規則ですので」
疲弊した表情でそう言う役員に、天道は何も言えず案内に従った。
「それでは初めて下さい」
ガラス窓の向こうから開始の合図がかかる。目の前には、巨大な機械、そして全身へ繋がれた無数のコードに、周囲を漂う光線を放つ機械たち。
だが、天道の関心はそこには無い。
「……あの者、前回よりも酷い顔じゃな」
ガラス窓の先、合図の人員とは異なり、べったりと顔を張り付けこちらを凝視する人間を見て天道は呟いた。
髪は乱れ、目には隈が、頬はこけ、口からは荒い息が漏れている。
「まあ、残念じゃが……」
グン、と音がしそうな勢いで機械に当てた手を押し出す。
瞬間、鉄のねじ切れる異音が響き、紙箱を叩いたように機械は潰れ壊れた。
「アレでも駄目なのか!?」
「もうどうすれば……」
絶望の籠った悲鳴が窓の向こうから響き渡る。
天道の身体能力を測定しようにも、まともに測れる物が無いのだ。
たった一回やれば全身の機能を精確に割り出すとお墨付きを与えられた装置は、天道が握りしめた瞬間潰れた芋虫のようになり、二度目の装甲車の如き機械は、天道が圧した瞬間に踏まれた紙細工と化した。
そして三度目、技術者達からすれば執念を込めた一品であったが……結果はこの有様だ。
「……一応聞いておくが、結果は出たのか?」
「……駄目ですね」
やはりのう、と天道は呟いた。
脳信号から筋力を測定しようにも、天道程の存在となれば世界の法則自体とズレ、精確な結果は出ない。筋運動からの測定は、常識を超えた強度により不可。
起死回生の一手として技術班が作り上げたのがこの、単純な身体の出力結果から測る、旧式な測定方法を用いた機械だったのだが……
「それでは次の検査じゃな。出来るだけ早く終わらしてくれると助かる」
平然と言う彼女は知らない事だが、実際の所身体能力以外の検査は終了している。行われているのは、念には念を、を更に過剰にしたようなやっても無駄では無い検査のみだ。
それなのに天道が出られない理由は、この身体能力検査が終了していないから、という物である。
しかし、彼女はそれを知らない。故に、言われた通りただ全力で力を込めるだけだ。
そして、知らないからこそ──
「それと、先ほどの機械。私はアレの千倍の強度があっても叩き潰せるぞ」
この残酷な言葉は飛び出たのだ。
その言葉に、絶望のどん底にあった技術班は更なる底無しの暗黒へと引きずり込まれていった。
天道に外出の許可が下りたのはその翌日であった。
「ううむ、分からんの」
人民登録を行えない者用に支給される、タブレットを片手に天道は唸る。
何度も扱いの説明は受け、横にそれ専用の説明書きまで置いているのだが、彼女からすればそれでも尚難しいのだ。
「……これは……こうか?」
それでも、少しづつ、本当に少しづつ使えるようになっていた彼女は、そこである事に気付く。
「……酒、買えるのか?」
交渉で貰った酒千リットルは既に飲み干した彼女にとって、それは朗報であった。
どうにかこうにか説明書きと見比べながら、単に記されたボタンを押すだけの操作を五分かけて終える。
その瞬間、即座に出現した酒瓶に、彼女は確信する。
「買えるぞ、酒が買えるぞ!」
財産──電子化されていて天道には分かり辛いが──を見、そして酒の金額を見比べ概算する。
酒は、文字通り浴びる程買えると。
「……それに、あれじゃろ? 無くなってもまたあの辺の物を売れば……」
天道の脳裏に、身近な物を売っただけで手に入った金額が浮かび上がる。
それを理解したとき、天道の口には自然と笑みが浮かんでいた。
「ハハハハハハハ! 良いぞ! 良いぞこれは!」
彼女の自室が酒に沈むまで、後数日の出来事であった。
タブレット コロニー人民として登録を行っていない、行えない人物に支給される、旧式の機能を利用した多機能用具。これ一つで大抵の用事は済む品ではあるが、利便性、携行性共に下記の端末には大きく劣る。
端末 人民として登録を行った人物が使用可能になる、多機能用具。物質として存在するわけでは無く、意識上にそういった物として表示されているだけであり、形状も人によってバラバラに見える。指を動かして操作する者が多いが、そう見せかけた動きをしているだけであり、実際は使用者の意識から最適な情報を出力しているだけである。