地が槍となって突き出るそれを、紙一重で回避した。
しかし、回避先へも土の槍は次々と繰り出されていく。
故に、前へ。
寸前で躱した槍から距離を取るのではなく、詰める事で相手の虚を突き、回避の隙を作りだす。
苺一人だけならば舞踊の様にも見える光景だが、対峙する両者にそれを鑑賞する余裕は無い。
(土遁……それも、かなりの使い手)
苺が戦っている相手は視界にいない。それは今、地の深くへ潜っていた。
こうなると厄介だ。苺側に相手を害する手段は無い。だが、避け続ける苺を害する手段も相手には無いのだ。
一見すると激しく動き続けている戦いは、状況的に膠着している。
回避を続け、相手が術を維持できなくなるまで待つ苺と、攻撃を続け、苺が回避出来なくなるまで待つ相手。
即ち持久戦。
眼前の地面が瞬時に巨大な泥濘になり足を絡めとろうとする。だが、突き出た槍を蹴る事でそれを回避。
その先に待ち構える土の大顎に爆薬を投げ込み、覆わんとせりあがる土壁がふさがる前に脱出する。
(術の出が早い。その分、消耗も!)
右左右下斜右左上下下下左右右下……
絶え間なく続く攻撃を、最小の動作だけで避けていく。
この戦いが持久戦な以上、無駄な動きで体力を削るわけにもいかない。かといって、一撃でも食らえば動きを止められ、そうでないにしても機動力が削がれ更に体力を消耗する。傷とは、予想以上に体力を消耗する物だ。
血の一滴でも流せば状況がひっくり返りかねない。それ程まで無い余裕の中、苺の回避は更に大胆さを増していく。
突きあがる槍衾を蹴りあがり上空へ、追いすがる土の腕を微細に切りつけ動きを止め、放たれる土の砲弾を産毛が触れる程の間合いで回避し、一見して普通の地面に苦無を投げその上を渡り罠を避ける。
この戦い、有利は防戦一方な筈の苺にあった。
(相手はこちらを気配でしか捉えられない。だから攻撃はどうしても大雑把になる。だけどこっちは攻撃自体を見て正確に避けられる!)
相手がこちらを捉えるのは最早不可能に近い。だが、それは相手も理解している。
故に、勝負は相手が姿を現してからだ。
勝負は読みの段階に入る。
苺は相手がいつ、どこから出るかを、相手は苺がいつ、どこと読んだかを。
互いを読まねば勝ちは無い。
それに狂いが生じれば死ぬ。緊迫感が全身を満たし、緊張が体を伝う。
しかしその最中にあって尚、回避は精彩を欠かず、攻撃は一瞬の合間も無い。
互いに読もうとするならば、読まれないようすることもまた必然。
苺は動きを変えないよう、相手は攻め手を変えないよう、互いに平静を装いながら攻防を続ける。
しかし、始まりがあるならば終わりもある。読みの攻防もまた、終わりを迎えようとしていた。
突如、地から人型が盛り上がる。場所は苺が目を付けていた通り。
瞬時にそこを六ケ所から苦無が襲う。読み勝ったのは苺──ではない。
その背後。相手への攻撃で、一瞬動きを止めた苺の背を、土の大槍が貫いた。
「がっ……」
確実な致命傷。寸分違わず心臓を貫いたそれは、明らかな目視によって放たれた物。
相手は、苺が動きを止めた瞬間に姿を現していた。ならば、あの人型は?
忍法、変わり身。
例え落ち着いて凝視しようとも判断が付かない程精巧な人型。恐るべきはそれを土中にて戦いながら組み上げた相手の力量であり──
「!?」
姿を現した相手の肩口に苦無が突き立つ。見上げれば上空より、苦無の雨が降る所であった。
末期に投げたか──
苦し紛れの技にも関わらずの驚異的な精度。それに感服と恐れを抱いた相手は何ら迷うことなく地へと潜航を初め……
「が、は……!?」
「
同じ技。そして気付けなかったのであれば練度は同等以上。
その事実に、忍びは心底から恐怖する。
それ程の土遁使いだった事を見抜けなかった。読み合いでも、戦いでも敗北した。その事に自身への侮蔑を浮かべながら忍びは息絶えようとし……
自身が貫いた人型を見た。
それは精巧な絡繰りだ。
「ま、逆……」
忍びに恐怖と、そしてそれすら塗りつぶす驚愕が湧きあがる。それは、精巧な人形にでは無い。
「お前は、人形を使って……!?」
変わり身などではない。今の今まで人形に戦わせ、自身は土中に潜んでいた。
即ち、人形のみで自身と戦える程の人形使い。そんな物、余程専用の修練を積み重ねた者でなければ不可能だ。だが、目の前の女はそれを収めている。
「お前、幾つ……」
「……収めている限りで
「馬……鹿……な……」
驚愕も、恐怖も消え去った。
忍びが一生を賭して収める技。それを五十以上も? あり得ない。それでは五十以上の達人と同時に戦うのと……
そこまで考えた所で忍びはこと切れた。残ったのは、少し悲しそうな雰囲気でそれを眺める苺だけだ。
「苺さーん、大丈夫ですかー!?」
どうもかなり遠くに行ってしまったらしい。十分近く走っているが影も形も──!?
「呼びました?」
「おわっととと……あ、大丈夫だったんですね」
良かった、無事だった。何かあったらどうしようかと。
「はい、私も忍びの端くれですから」
「……端くれですか」
謙遜しすぎだと思う。どう見てもめっちゃ強いし。
「それより、あのアダムと言う方は大丈夫なんですか? ……正直、身のこなしなどを見ている限りでは余り強そうには……」
「あー、あいつはまず間違いなく大丈夫です」
寧ろ相手が心配だ。……いやまて、あいつにZZ預けっぱなしだったな。流石に何も無しは無いと思うが、あいつがわざわざかばうとも思えない。
「……急いだほうが良いかもしれませんね」
「そうですよね! 行きましょう!」
アダムの眼前に、忍びが佇む。
気配は無い。そして、隙も無い。
「アダムー、やれ、やっちまえ!」
「黙ってろボケ。お前がやれ」
「無理! 見たら分かるけどあいつおれより強い!」
「やって見ねえと分からねえだろ」
「確かに!」
うおおおおおおお、と叫びながら突貫したZZが見えない何かに挟みつぶされたのを見届けてアダムが口を開く。
「あー、言っとくが今引いたなら殺さねえぞ」
返答は無い。ただ無言の殺意があるのみだ。
忍法 空遁。
空中を足場とする絶技が三次元且つ複雑な移動を可能とし、最早目でとらえる事すら難しい程煩雑な軌道を描いていた。
また、速度も尋常の域に無い。
ジェットの要領で加速した体術は音すら後方に押しやる超高速。
それらを組み合わせた予測不可能な必殺の一撃が無防備なアダムへと迫り──
轟音が響く。
その時何が起きたのかを把握していたのはアダムだけだ。
他の人物からは、右足を上空へと上げたアダムの体勢から、恐らく蹴り上げだと推測することが出来るのみ。
結果として、ゆっくりと足を降ろすアダムと呆然とするZZ以外、そこには何もいなくなっていた。