九十世紀の兄弟が   作:Y-K4183

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暴君と下僕

 ゼロエルと名乗った天使は、それはもう自分勝手に振るまった。

 やれ水が飲みたいだの本を読みたいだの飯を寄こせだの娯楽が少ないだの肩を揉めだの天気が気に入らないだの本をもっと寄こせだの……

 既にかなりうんざりしている。というか、自分でやってくれ。とんでもなく強いんだろあんた。

 

「おい、本は読み終わった、新しい物持ってこい」

「はい……」

 

 ううん。金がどんどん減っていく。まだ余裕は有るが、この時代に本の形で残って居る書籍なんて大抵高いものばかりだ。このペースで買われたら本気で底を尽きかねない。

 そんな俺の心配など一顧だにされずゼロエルは無茶を言い続ける。

 

「この飯ねえのか」

「持ってきます……」

 

 ええいそろそろ我慢の限界だ。しかし別に俺が切れた所で何にもならん。埃を払うように消し飛ばされるだろうし、かなりの確率で地球も纏めて滅ぼされるだろう。

 

「不味い、別の」

「……はい」

 

 ぶん殴りてえ。駄目だ我慢しろ。殴った所でだ。アダムよりヤバいのを殴っても向こうからすれば蚊に刺された程度も無い。それで切れられたらアウトだ。

 ……どうにかならん物か。

 

「これもっと寄こせ」

「…………はい」

 

 ……アダムに連絡でも入れてみるか? それでどうこうなるとは思わんが気は晴れるかもしれん。

 

「おい、羽繕え」

「…………はい」

 

 櫛を渡される。これで梳くのだろうか。……失敗したら死ぬな。

 覚悟を決めて、櫛を羽根へ通す。……めっちゃ柔らかい。すげえなんだこれ。おっといかん、丁寧にやらないと……。

 と、隙を見ながらアダムに通信を入れる。一瞬も待たずに通信は繋がった。

 

『お前今何といるんだ?』

『何かゼロエルとか名乗った天使』

『無枚羽かよ。何でお前はそんな化け物と拘れるんだ? 馬鹿なのか?』

『うっせえ。何とかならねえか? 無茶苦茶言われてんだけど』

『無茶言うな。一応そっち行って交渉はしてみるが、キツイぞ』

『お前交渉とかできんの? 何か力で黙らせてる覚えしかないけど』

『黙れ放置するぞ』

『すいません助けてください』

『まあやって見るが駄目なら宇宙ごと心中だな。腹括っとけ』

『嫌な覚悟だ』

 

 ……通信が切れた。というか、アダムでも力では無理か。これは本格的に駄目だな。

 

「おい! 手ェ止まってんぞ!!」

「申し訳ありませんすぐやります!」

 

 やっべ話に気を取られ過ぎた! 気を抜いたら世界が終わる、こっちに集中しよう。

 

 黙々とゼロエルの羽を手入れし始めて十分程が経った。一見すると美しい羽根でしかないが、実際に梳かしたり繕ってみると、所々に傷跡の様な物がある事に気付いた。

 

「気になるか?」

「……はい」

 

 俺の答えに、ゼロエルがくっくっと笑いを漏らす。

 

「これはな、俺の勲章だ」

「勲章ですか」

「ああ。……坊主、強さが欲しくなった事はあるか?」

 

 いきなり、何処か遠くを見るような口調になったゼロエルさんが訊ねてきた。……強さか。

 

「欲しかった……と言うか、今でも割と欲しいですね。あんまり過剰なのも入りませんけど」

「なら、どれくらいが良いんだ?」

「弟を守れる程で十分です」

 

 ハハハ、とゼロエルが大口を開けて笑った。

 

「十分、ね。坊主、強さに十分なんてないのさ。何処までも、何処までも高い、絶対の壁。これ一個乗り越えるのにも馬鹿みたいな時間がかかる」

 

 そう言って、手入れしていない方の翼をはためかせる。次はそっちらしい。

 

「俺はまあ、そこそこ強い。ここまで手に入れる為にかなり戦ったし奪ったし鍛えたが……それでもまだだ。まだ上は遠すぎる」

「……そこまで強くなりたいんですか?」

 

 正直、宇宙を一瞬で滅ぼせると言われても現実感が無い。それ程の力、持っていても使い道が無いだろうし、それ以上となると想像すら出来ない。求める事さえ無いだろう。

 だが、この天使にとっては違う用だ。

 

「ああ、強くなりたいね。何よりも、何者よりも。

 ……坊主、覚えとけ。強さには頂点がある」

「頂点、ですか」

「そうだ。無限の先、永劫を零にし、無さえ越え、その果ての理屈も越え、あらゆる全て、合切を越え……その先に、俺達が極天と呼ぶ頂がある」

「極天……」

 

 最早どれほどかさえ空想も出来ない。今目の前の、俺なんて蠅程にも思わない圧倒的な力を持った天使。それが尚遥か上と言う、絶対の頂点。俺では仰ぎ見る事さえ叶わないだろう。

 

「全てを眼下に収める物、天上神バベル。絶無の番人、アルドラメロ。双生の幼翁、アンドロギュノス・ヘルマプロディトス。全断の剣聖、斬神明牙。二代闘神、紅 オル。唯一の万象、I……どいつもこいつも名前さえまともに伝わっていない化け物共だ。俺でもまだ影すら見えねえ」

 

 だが、必ず。

 ゼロエルは強い決意を湛えそう言い放った。

 ……何と言うか、凄い。

 その頂点がどれほど遠いかは分からない。だが、尋常な物では無いだろう。下手をすると、今の俺とゼロエル程の差はあるかもしれない。なのに、この人は諦めていないのだ。

 

「坊主、もういいぞ。次は足だ」

 

 そう言ってゼロエルが体を投げ出し、オイルを投げつけて来た。……これを使って揉めという事だろうか。

 ええい、凄かろうが何だろうが人使いが荒すぎる。この野郎……野郎じゃ無いな、なんて言うんだ?

 まあ内心で幾ら文句を言おうとも、行動は変えられない。大人しくゼロエルの足にオイルを刷り込み、マッサージをしていく。データベースが充実していて助かった。素人の俺でもそれなりに出来る。

 

「ん、まあまあ上手いな。まあ力が弱いが」

 

 これでも全力で力いれてるんだけどなあ。ええい、腕部出力上げるか。ついでに補助ユニットも増設だ。

 

「あー、良い……」

 

 クッソ気持ちよさそうだ。やってる俺は疲労で地獄だと言うのに。

 ムカついていやがらせレベルで力入れてやったが全く堪えた様子が無い。やっぱ規格外だ。

 

 諦めて普通に揉んで行く。……やっぱこの天使中身おっさんか何かだろ。上げる声がくたびれた中年見たいだもん。そのくせやたら幼い可憐な声質だ。ギャップで切れそう。

 

「おい、足終わったら背中もやれよ」

「………………ハイ」

 

 心を無にして揉んでいく。ゼロエルの頑強さもありかなりの重労働ではあるが、色々やって腕周りの動きを自動にしたことで少しだけ余裕が出来た。

 そこで、一つの疑問が浮かんだ。単純な物だ。特に機嫌を害するような物でも無い。

 そう思って、その質問をゼロエルに投げかけた。

 即ち、ゼロエルさんが知っている中で最も強い物は何か、である。

 

「……最も強い、ね」

 

 ゼロエルの雰囲気が変わる。

 だがそれは危険な物と言うよりは、何か、巨大な謎を思い返すときのような、昔の不可解な体験を語るような、そんな独特な雰囲気であった。

 

「黒い男」

 

 そう言った。

 今までの名のようにただ上げた訳でも無く、それが最強だと確信した口ぶりで。

 

「俺はそう呼んでるんだが……説明し辛い奴でな。とにかく黒い。

 顔も、肌も、服も、武器も、全部シルエットみたいに真っ黒だ。

 アレが何なのか分からんし、確かめる手段も無い。……ただ、それが一番強いって何となく確信してる」

 

 そう言ってゼロエルは沈黙した。それ以上聞こうにも、分かっていない事が多すぎて質問も出来ない。

 と、丁度足が終わった所だったので背中に移る。……速くアダム来ねーかな。

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