九十世紀の兄弟が   作:Y-K4183

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閑話─極天にて

 無であった。

 無がある、と言うと矛盾のようになる。しかし、そこにある物は確かに無だ。

 プラスとマイナスが入り乱れる確率的な無では無く、一切を零が埋め尽くした絶対無。

 ()()()()()()()()()

 

 絶無の番人 アルドラメロ

 

 それを知る物達からそう呼ばれる、極天の一角。あらゆる全て、存在する物何もかもの頂点、その一つ。

 それが、無の中、自身のテリトリーで声を上げた。

 

「何の用だ、幼翁」

 

 ()()()

 

 音にすればそう聞こえるであろう雰囲気で無の中にそれは姿を現した。

 生まれたての赤子のような、或いは今にも命が尽きる老人のような、男とも、女とも、或いはそのどちらも含むような、それとも一切含まぬような、如何とも表現しようのない見た目。

 

 双生の幼翁 アンドロギュノス・ヘルマプロディトス

 

 その名で知られた存在(極天)が、今無の中に佇んでいた。

 

「……この一件、お前はどう見る?」

 

 無限に重なったような声が響く。男の声も、女の声も、赤子の叫びに老人のしわがれ声、全てが重なった不可思議な声。

 その声に、無がゆっくりと答える。

 

「何も。ただ、新しき同胞が増えるのみ」

「それで良しか、絶無。新しきはかのIすら喰らいかねんぞ」

 

 幼翁の声に、無が笑う。

 

「そのIが許容しているのだ。お前も知っているだろう。Iが望まん事は起きん」

「Iは自らの滅びも許容すると?」

 

 そうだ、と無が言う。

 

「Iは新しきを望んでいる。そこに、自らの滅びがあろうとも」

「……成程」

 

 ならばと幼翁が言った。

 

「私は新しきの排除に動こう。お前はどうする、絶無」

()()

 

 無がゆっくりと広がる。紙に落としたインクのように、水滴が流れ漏れるように。

 

「私はただ在るのみ。滅ぶのであれば、それはそう在るのだろう」

「成程」

 

 ゆらり、と揺らめいた。空間が、時間が、その果てが、矛盾する結果を引き起こし続ける。

 

「では私は動こう」

「ああ、そうすると良い。だが、お前を止めるモノも、私は止めんぞ」

「構わない。ただ、動くのみだ」

 

 ヴン、と音がしそうな様子で幼翁が去る。

 無はただそこにあった。

 

 

 

 

 それは動いた。それは全てであった。それら全てだ。全て。全て。全て。

 あり得るもの。あり得ざるもの。存在する最大。最小。その全て。

 

 唯一の万象 I

 

 全てはそう呼ばれていた。

 全てが動く。

 Iは全てだ。全ては()だ。

 次元、宇宙、時間、空間、概念、個、全、一、零、無限、有限、膨大、極小、力、無、意識、紙、ペン、文字、パソコン、認識者、閲覧者。全てはIの、ほんの一部に過ぎない。

 

「そ、それ、は止めてほしいかな、なんて」

 

 声が響く。

 自信なさげに。

 今にも途絶えそうな幼子のように。

 だがその声が、極天の一角たる双生の幼翁、アンドロギュノス・ヘルマプロディトスを止めた。

 

「I、止めてくれるな」

「だ、駄目。アレは、迎えなければならないから」

 

 明確な拒絶。弱弱しい声ではあったが、その意を十分に伝えていた。

 

「……お前のためでもあるのだ」

「それでも、それでも、駄目。可能性は見届けるべきだから」

 

 まるで少女のような姿をしたIが、幼翁の前に立ちふさがる。一見すれば無謀な、そしてそれは、()ではあるがその通りな光景だ。

 

「お前の常々言う癌になりえるモノだ」

「そ、そうだけど、そうなる前に、け、消すのは、駄目」

 

 可能性は見届けないと。そう言って、Iは幼翁を拒んだ。

 

「……そう思うなら、私も止めてしまえばいいのだ。私も()の一部でしかないのだから。……やはり、可能性か?」

 

 こくり、と頷くIに、幼翁はやれやれと言いたげに首を振った。

 

「結果の見えた勝負だが……するのか?」

「う、うん。止めないと、可能性は、有るんだから」

 

 無いよ。

 そう呟いて幼翁はIに挑んだ。

 余りに無謀な戦いだった。

 

 

 Iは全てだ。

 幼翁がいかに強大でも、それは全ての一部に過ぎない。

 Iに敵はいない。敵もIの一部でしかないからだ。

 如何なる手段を用いようと、細胞の一片がその集合体に勝てはしない。癌ができたとして、その全ては処分される運命だ。

 例え何か神のいたずらとしか言いようの無い何かが起き、一部が(全て)に勝ったとして……全てが滅べば、一部も滅ぶしか無いのだ。

 端的に言えば、Iに勝てる存在はいない。

 

「……やはり、こうなったか」

 

 無残な有様だ。

 存在は八割近く削られ、姿形は原型さえとどめていない。そして、眼前のIは傷一つ──

 

「いや、違うな」

 

 私の分だけ傷ついているか、と幼翁は自嘲気味に笑った。

 対して、Iはオドオドとしたままだ。

 

「あ、あの、決して悪い考えじゃ、な、無かったから。こ、今回そうしたのは、I()だから」

 

 それはそうだろう、と幼翁は笑う。

 Iが望まない事はおきず、自分が逆らったのもIがそれを許容してくれたからだ。

 自分は結局のところ、Iの手の上から一歩も動けていない。そう自嘲し、幼翁はゆっくりと傷を癒した。

 

「馬鹿な真似に付き合わせて悪かった」

「ううん、り、立派な意見だったよ」

 

 そう言って両者は別れる。

 幼翁は矛盾を放浪し、Iはまた管理に戻る。ただそれだけ。

 無限永久の時間すら短き彼方に、そんな一幕があったのみ。

 

 それを見て私はアンドロギュノスに話しかけたのだった。

 

「やあ! 最近元気?」

 

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