眼前に瘴気を纏う大気が広がり、遠方を暗がりで隠す。左を見れば紫の火を噴く山、右には毒々しい緑の海、そして前方、暗がりの向こうには、周囲の光景に似合わぬほど発展した都市が。
「……一体ここはどこなんだ?」
さっきまではこんな風景では無かった。アダムが、手紙に何か仕込まれている、と言うまでは。
「つまりお前のせいかアダム?」
「んな訳ねーだろ。あの手紙のせいだ。どうも、信号が示す場所に強制転移させるみてーだな」
あんな雑に書いてよく仕込むぜ、とアダムが吐き捨てる。しかし今はそんなアダムの感想なんぞどうでもいい。重要なのはここがどこかだ。
「で、どこなんだ? もう地球じゃねーだろ、ここ」
「お察しの通り地球じゃねえ。……大気中の魔力がやたら濃いな。もう半分毒だぞ」
要するに空気が毒になってる場所だと。そんな場所地球には……普通だな。全域そんな感じだ。
「まあお前らは問題ない、もちろん俺も。
「成程。で、どこなんだ?」
俺の問いにアダムがチッと舌打ちをした。
「わからん。見た事の無い場所だ」
「……さっきまでのアレは誤魔化しか?」
「うるせえ黙れ。……ただ、俺が知らんとなるとちょっと面倒だな」
アダムが少し困ったような顔をする。止めろよお前がそんな顔すると不安になってくる。
「場合に寄っちゃ帰れんぞ、これ」
「最悪だ!」
マジかよ。ええ、あの天使何してくれてんだ!
「一応最悪の場合ではあるが……まあ、座標の分かる奴がこの世界にいるのを祈っとけ。後、そろそろあっち行くぞ」
「え、あっちって?」
「先行してる間抜けトリオのとこだ」
アダムが親指で指した方向には、天道さんと極さん、そして二人に引かれているZZの姿が。二人とも俺達の場所からは相当離れてしまっている。
「アダム、あれ大丈夫なのか?」
「んな訳あるか、ここがどれだけ危険なのかも分かんねーのによ」
その言葉に全速でZZへと走り出す。ええい、未知の場所でフラフラ動かないでくれ!
「……取りあえず、あれだ。知らない場所で動くな」
「はーい」
暢気な返事をしてくるZZを睨みつけ、溜息を吐く。多分聞いてくれねーだろうな。
「……あっちは……まあ、うん」
噴出した溶岩を氷漬けにし、どう見ても毒の沼地を平然と渡る二人組を見送り、視線をZZに戻す。
「もう少し慎重に行くぞ。……アダム、警戒頼む」
「もうやってるよ。今のとこ問題無しだ。あの都市以外な」
アダムの視線の先には、近付いて増々威容を増した大都市の姿。
立ち並ぶビルは一つ一つが百メートル近い高さ。その合間には一戸建ての家が立ち並び、更にその隙間を規則正しく道が張る。
想像する都市そのものと言った姿ではあるが、問題はそれがある場所。
「……周りの風景から浮きまくってんな」
周囲の地獄の如き未開の景色と、そのど真ん中に出現した大都市。あんまりにも不一致な光景だ。
「……と言うか、問題? あの都市、何か有るのか?」
アダムは明確にあの都市に問題があると言った。確かに警戒はして然るべきだろうが、そこまで明確な物が有るのか?
「ある。……相当な力の持ち主がかなりいるな。俺より少し下が十、同じが四。……上が一」
「上……か」
それがどれ程か、と聞くと大体倍だ、と返って来た。ゼロエルよりは弱い、との言葉付で。
だが、そう言われた所で安心は出来ない。例えアダムの十分の一でも俺達を殺すには十分すぎるからだ。
「ZZ、アダムからはちょっと離れてろ」
「え、近付いた方がいーんじゃねーの?」
「邪魔になる。後、あいつが揉めると巻き込まれる」
確かに近づいた方が守りやすくはあるだろうが、あいつの場合、離れた所で大して守りやすさ等変わらない。なんなら、自分を増設して護衛を回してくる事もできるだろう。
ならば、アイツの戦いに巻き込まれないようにした方がいい。
「という訳でアダム、護衛頼むぜ」
「その代わり俺の指示には従えよ」
「分かった」
「死ねと言ったら死ね」
「何でだよ!」
それは守ってるとは言わねえ!
そんな事で言い合いをしながら、俺達は都市へと足を進めた。ある事を失念しながら。
チュドン、と子供の擬音の如き爆発音が響き、そしてそれに見合った爆発が起きた。
場所は宮殿、その外壁。
何事か、と飛び出した衛兵たちが見た物は、高笑いを響かせる鬼と、吹雪を纏った人型の姿。
「何じゃ、もう着いたのか。ううん、揺れてようわからんの……幻覚でも見せられておるのか?」
『お前が酔っているだけだろう……力加減を間違えて突っ込んだのだ』
青白い人型の言葉にも、鬼はハハハハハと笑いを返すだけでまともに会話に応じようとしていない。
どう見ても怪しい二人組に対し、衛兵たちは迅速に動く。
「貴様ら、何者だ!」
武装を構え、包囲。問いかけてこそいるがその答えを待ちはしない。隊長の上げた手が降りれば、その時点で攻撃開始だ。
「んむ……何者か、とな。決まっておる。
私は天道。金剛角鬼、酒嵐天道よ」
グイ、と瓢箪に入れた酒を飲み、天道が言う。その一方、青白い人型──極は、ハア、とため息を吐いていた。
『天道……宣戦布告でもするつもりか? 目的と違うだろう』
「何、もとより面白そう故ついて来たのみよ。酒の肴に一戦と言うのも、面白いであろう?」
『一戦では済みそうに無いがな』
アダム曰く、手紙の指す目的地は中央の通りを真っすぐ行った場所だ、との事。それに従い俺達は都市に足を踏み入れたが……
「何だ、地震か!?」
その直後、地面が揺れた。と、同時に甲高い音が鳴り響く。一発で警戒音だと分かる音調だ。
「どうも本気で地震が起きたらしいな……」
「……そうだな」
アダムの声がどっか適当だ。何か違うとこ見てるし。しっかり警戒してくれよ?
「ZZ、変に動くなよ? 地震の時は動かない方がいいらしいからな」
「分かった!」
忠告の直後、再び揺れが起きた。同時に重苦しい音が響く。……地震は経験した事が無いから分からないが、コレ、結構大きい部類じゃ無いか? 周りから悲鳴も聞こえるし。
「アダム、どうする? こういう時は動かない方がいいって何かの本で見たけど」
「……揺れは断続的だ、揺れてない内に進んだ方がいい」
「成程」
アダムの言葉に従い、揺れたら足を止め、揺れていない内に足を進める。ちょっと楽しいな、これ。
「兄貴ー、俺ここまで進んだぞ!」
「なめんな、俺はここまで来たぞ!」
ZZとどっちがより早く進めるか勝負する。ちょっとくだらない遊びだが、こういうのこそ真面目にやると結構面白いのだ。
「……あいつら、アレで結構抜けてんな」
アダムが何か言ったが、距離が遠いのと周囲の悲鳴で聞こえない。
しかし、あれだ。結構この辺の建物頑丈だな。割と揺れが酷いわりに、建物が崩れる様子が無い。
今の地球は地震を完全に抑えることが出来ているせいか、免震が少ない物が多く、万が一起きたなら結構な数が崩れかねないと聞いたことが有る。それが事実だとすると、ここの建造物は単純強度だけで言えば地球の物より頑丈なのだろうか。
「それかしっかり免震が出来てるかだな」
想像以上にしっかりした作りであった都市に感心しながら、先へ進む。周囲では揺れの度に起こっていた悲鳴も止み、人の流れも正常になり始めている。
……しょっぱなから遊び始めた俺達が言うのもなんだが、ここの人たちは結構順応が早いな。一応俺達は割とヤバい状況に慣れているのもあるのだが。
「兄貴ー、何か向こうで煙上がってる!」
「あ、本当だ。……なんか向こうだけやたら古い作りだな」
何やら宮殿のようになっている場所から朦々と煙が立ち上っている。地震の影響だろうか?
というか、瘴気で阻まれて見えていなかったが、あそこは目的の方向だ。あんまり面倒な事になっていないと良いけど。