よし、逃げるか。
俺を元の世界に返す話が進行する中、俺はその決意を決めた。
絶対今帰らされるのはまずいし、そもそも目的を達成していない。そしてこのまま行くと間違いなく帰らされてしまう。
さて、逃げるとなると色々問題が起きる。
まず第一に、どう逃げるか。
俺のいる部屋は警察署のそこそこ奥だ。見つからずに逃げるには中々ハードルが高い。だが、無理矢理壁を突き破って逃げるのは論外。間違いなく見つかるし、何ならその時点で敵と見なされるだろう。
そうなると当然こっそり逃げることになるのだが、さて、どうするか。
「──、──」
向こうでお巡りさんが話している今がチャンスではある。しかし、今俺のいる部屋は出入り口が一か所に中央に机と椅子があるだけのかなり簡素な部屋。そして、お巡りさんがいる場所は出入り口の先、そのすぐ隣だ。普通に通れば絶対に見つかるが……
(……多分俺の体、このくらいなら何とかなるんだよな)
こっそりと体の内側だけを組み替える。今の俺は、見た目こそ変わらないがほぼ液体だ。
じゅりゅり、と音がしそうなくらいぬるぬるした挙動で体を動かし、地面を這って扉へ向かう。今の自分の姿を見たらなんというか、正気度が削れそうだ。
しかしその甲斐あって超低位置を音も立てずに移動出来ている。……うん、大丈夫、大丈夫だ。
背後に聞こえるお巡りさんの電話声をBGMに、俺は次なる道へと目を向ける。
廊下。
長さ十メートルほど、左右と突き当りに扉。俺が行くべきは、進路先の突き当りの扉であるが……万が一、どこかの扉から誰かが出てくれば間違いなく見つかってしまう。
ここは素早く、かつ静かに動いてどうにか突破じゃ!
(だれも来んなよ? 誰も来んなよ?)
祈りながら音を立てない最速で扉へ進む。……大丈夫だ。
さて、たどり着いた。しかしここからが問題だ。
(……扉、開けて大丈夫な訳ねえよな)
向こう側に人がいればまず間違いなく目に入るだろうし、鉢合わせれば一発でバレる。加えてここはそこまで建付けも良くなかった。さっき入って来た時にやたらと軋んだのを覚えている。
どうするか。……下の隙間からすり抜ける、と言うのは無理だ。いくら何でもそこまで体は変わらない。ZZやアダムなら余裕だろうが。
(……くり抜くか)
一部を銃口に変え、そこからレーザーを放つ。威力はそこそこ、切断速度は訳二秒。音は……大丈夫、だと思う。
一応通れる程度に開いた穴へ、体を押し込んでいく。スライムみたいな挙動だ。
問題は目撃される事だが……穴が開いているなら問題は無い。俺のセンサーはそこそこ優秀だ。
(よし、突破!)
三センチほどの穴を潜り抜けた俺の目の前に、何人もの人が机に座り、作業する光景が出る。受付……即ち外に繋がる場所だ。
しかしここからが問題だ。
人の往来は多く、今のままでは確実に発見されてしまう。何ならこの悩んでいる時間ですら色々危うい。さて、どこに逃げるか……
(……上はどうだ?)
流石に上にわざわざ視線を向ける人は中々いないし、大丈夫だとは思うが……一つ問題がある。
一応結構張り付く能力は高いのだが、三百キロある俺の体重を支えるのは無理だ。
(何か適当に変形する事になるが……大丈夫かな、コレ)
目につきにくい所ではあるが、変形には音が出る。バレない事を祈るだけ……には、すこし早いかもしれない。
(扉が外開きだ……これ、開いて死角に出来るか?)
この裏に隠れていれば問題は無さそうだが……開くのをどうするかだ。変に開けば、俺の事がバレる。さて……
そう考えていると、扉向こうからドタドタと足音が響いて来た。まずい、俺がいない事に気付かれた。……いや、これはチャンスだ。
バン、と音が鳴り扉が壁に叩きつけられる。俺からは見えないが、反対側にはあのお巡りさんがいるはずだ。
「おい、こっちに誰かこなかったか?」
うん、来ている、今の内だ。
全身を再び組み換え、形を変える。ステルス機能みたいなのが出来ればよかったのだが、俺の頭では無理だ。
その代わり、見つかってもまあ……そこまでヤバいと思われないような姿にする。
短い胴体、放射状の八本足……蜘蛛型だ。
これなら見つかっても蜘蛛と思われるだけだ。……問題は、限界まで押し込めても七十センチ越えのとんでもサイズな事だ。
まあ、あれだ。俺だとバレなければいいから。それならさっきのスライムでもいい気はするけど。
(ええい、迷ったら突っ込め!)
意を決して扉の後ろから体を出す。方向は上、さっさと天井に張り付く!
……大丈夫、か? うん、バレてないバレてない。
まだ皆お巡りさんの方に注目しているようだ。……なんか話の内容が見つけたら直ぐに捕縛とかになってるけど。まあ、大丈夫。見つからなければいい。
「キャー!!」
悲鳴が響いた。見つかった。ええい、急げ! 出口まで後三十メートル!
体のすぐ隣が爆発する。何だ!?
速度を落とさず周囲……下を見渡せば、こちらを指さし何かを唱える男の姿。……もしかして、魔法か?
ヤバいヤバい! 急げ急げ! ええい八本足を動かすのがめんどくさい! 普段なら十分の一秒も入らない距離なのに!
右に衝撃、前に電撃、すぐ後ろが爆発! マジでヤバい! あの魔法どうにかならないのか!?
そう思った瞬間、バン、と音が響き魔法を撃っていた人がひっぱたかれた。
「あんな蜘蛛ここで仕留めてどうするの! 外に追いやる様にしなさい!」
おばさん助かった! ナイス! 今の内!
シャカシャカと足を動かし外へ飛び出る。よし、後は出来るだけここから離れて……
変形解除!
ガシャンと音が響き、記憶している元の姿へ一瞬で戻る。よしよし、普段の姿だ。
「……疲れた」
肉体的な疲労に加えて精神的な物がかなりある。しかし、ここで変に止まっている訳にはいかない。多分警察も俺の事を探し始めるはずだ、なるべく離れないと……
その考えの元、警察署から離れた路地を走る。速度は七十キロ程、これなら早々追いつかれる事も無いだろう。
「今の内にアダムに連絡取っとくか」
そう考え、通信を入れるが……反応が無い。? あいつはアレでも俺の通信を無視した事は無いのだが……
その事に、少し妙な気持になりながらも、何の気なしに空を見上げた。
天を、肉と機械が覆いつくしていた。