落ち着いた内装の通路を進めば、何十人もが会せそうな大きさのテーブルを置かれた一室へたどり着く。
足を踏み入れた瞬間、自動的に椅子が動き、俺達を着席へいざなった。
「さて、と。それじゃあ、詳しい要件を聞きましょうか」
エンヴィーさんに促され、俺は記憶の事を話す。
何処で、どんな状況で失ったのか、しっかりと伝えるように。
明確にエンヴィーさんの表情が変わったのは、ゼロエルからの手紙を見せた時であった。
「……ゼロエルの物ね」
ずっと浮かべていた微笑が消え、眉間に皺が寄る。
まあ、あの天使を知る人は名前を出されたらそんな反応になっても仕方がないとは思うが。
「あら、あいつでも出来なかったの。これは難題ねぇ」
ふわりと手紙が舞い上がり、俺の手元へと落ちる。
と、エンヴィーさんが唐突に俺の隣に出現し、頭部へ手を置いた。
「……やっぱり難しいわねぇ。時間がかかりそうだわ」
「……どの位、かかりそうですか」
尋ねると、エンヴィーさんは小首を傾げ、それから軽く頷いて答えた。
「順調にいけば一週間程かしら。ただ、必要な物が幾つもあるわ」
再び唐突にエンヴィーさんが消え、前方の席に出現する。
「……このくらいかしら。場合によっては、追加するかもしれないけれど」
出現した紙に、さらさらと文字が書かれ、手渡される。
内容は……
「……見た事も聞いた事も無い物が」
十個書き連ねられた単語は、その殆どが今までで聞いた事も無いような物であった。
おまけに、その単語の横には必要な個数や重量が書かれている。これは結構難しいぞ。
「今見た感じで最後まで大丈夫なら、その量で足りる筈よ。途中からロックが掛かっていたりしたらわからないけれど」
そうエンヴィーさんが言った直後、紙に加筆が入る。
それは、それぞれの物の用途であった。
【マンドラゴラの根 一キログラム。 薬品の生成に使用
吸血鬼の牙 三本 薬品の生成に使用
鬼族の秘酒 二リットル 薬品の生成に使用
天使の光輪 手のひら程 薬品の生成に使用
一億年前に凍った氷 二キログラム 薬品の生成に使用
星の核 三百グラム 力の制御
呪いの籠った釘 一本 記憶を戻す楔に使用
千年を生きた蛇の尾 十センチ 媒介に使用
闘神の髪 一本 媒介に使用
異常純水 一リットル 儀式に使用 】
「……あれ?」
よくよく見ていると、聞いた事こそ無いのだが、俺の知り合いに関連の有りそうな物が多く含まれている。これは……
「あなたの交友関係で手に入りそうな物を出来るだけ優先しておいたわ。これ以外でも出来ない事は無いけれど、あなたが一番入手しやすいのはこの品列よ」
「……ありがとうございます!」
頼みに来ただけのこっちにも配慮をくれる。凄く良い人だ。
「さて、これで今できる要件の話は終わりね。この後はどうするの? 今すぐ帰って品を集めに行くか、それとももう少しここに残るか……」
ぶわ、とエンヴィーさんから見えない何かが広がったように感じる。
意識が集中する、視線が無理矢理固定される。
何か、圧倒的な、美しさが……
「……帰ります」
その言葉を絞り出す。
記憶は、ZZに関わりの有る物かもしれないのだ。それを放置するという選択肢は、どうしても取れなかった。
「そう……。それじゃあ、お別れね」
エンヴィーさんが指を回すと、光の環が出現した。ゲートに似ている、ここを通ると元の場所なのだろう。
「集め終わったらまた来たら良いわ。私はずっと待っておくから」
「はい。ありがとうございました」
……相変わらずボーっとしているZZを小突き、正気を取り戻させる。
「あ、ありがとうございました!」
そう言って、俺達は光へと踏み込んだ……
「……質の悪い嫌がらせだな」
光の環の前、そこに佇んだアダムが、エンヴィーへ言い放つ。
その言葉には、クスクスとした笑い声が返って来た。
「あら、夢王の居城へ踏み込んだのだもの。この位の試練は有ってもおかしくないわ」
先ほどの、残るか帰るかの問いかけ。
その選択肢で残るを選んでしまえば、XXXは二度とここから出られなかっただろう。圧倒的なエンヴィーの美しさに、未来永劫頭を垂れる存在になり果てたはずだ。
「性格悪いぞ、中年ババア。年考えろ」
「あなた私より年上でしょう? そんな人にそう言われても」
エンヴィーは余裕を崩さない。ただ、荘厳なまでの美を湛えていた。
「それに、あの程度の物なら直ぐに集められる筈だ。一々あいつらにさせる必要は無い」
「そうね、あの程度なら──」
ポン、と間抜けな程軽い音を立てて、物が出現する。
それはあのリストに書かれていた物に加え、他複数の品までが含まれていた。
「楽に手に入れられるわ」
「……夢幻の主、か」
今出現した物は、どこかから取り出した物では無い。その場に、生みだされた物だ。
「ええ。世界を夢みる夢幻の主。この世の全てが夢ならば、夢を統べる私には何もかもが自由にできる」
自身が事実上全能であるとエンヴィーは言い放つ。その言葉に嘘も虚勢も無い事は、この世界が証明しているのだ。
「けれど、だからといって何の条件も無しに動くほど私はお人よしじゃ無いわ。あなたと違ってね」
「勘違いしてろ。俺は面白いから着いてるだけだ」
そう言い放ち、アダムは光へ足を踏み入れる。もうここには要は無いと言わんばかりに。
「あら、もうお別れ? もう少し話していてもいいわよ?」
「趣味の合わねえ奴と話す気は無い」
そして、アダムは光の先へ──
姿を消す直前、ずっと抱いていた疑問をエンヴィーへぶつけた。
「あの質悪い獣は何なんだ? あんなの三匹も飼ってるなんざ、正気の趣味とは思えねえぞ」
それだけ言って、アダムは姿を消した。
後に残されたのは、アダムを引き留めようと動き、間に合わなかったエンヴィーの姿。
「……獣? ここにそんな物用意して──」
いない。
そう呟く寸前、エンヴィーの脳裏に一つの可能性が思い至る。
それは、厄災。
地球と呼ばれた星にて名を語られ、神話に名を残し、その恐れから貶めようとされ、尚陰りもせず輝く驚異的な者。
獣に乗り、全ての欲を体現し、紫と赤の衣に身を包む。
「……居たのなら言ってくれたら良いのに、
「嫌よ。あのロボット、私と相性が悪いわ」
声が響き、女が姿を現した。
後頭部から側頭部を通り、一見すると頭を一周しているようにも見える角、背には深い紫を湛えた翼、尾は暗黒を携え、二本が複雑に絡み合う。
虹を含んだ虹彩はゆっくりと色を変えながら彼女の美しさを伝え、均整の取れた体は異常な程の色欲を放出している。
バビロンの名で知られた厄災にして淫魔の王、そして──
「それでも、来るなら連絡位くれたらよかったのに。折角の友人なんだから」
「それは謝っておくわ。こっちも、色々あったのよ」
そう言って彼女は席に着く。と同時、テーブルに大量の料理が出現した。
「それじゃあ、その色々、聞かせてもらおうかしら」
色欲を煽るのではなく、ただ純然たる美を湛えた肢体を持つエンヴィー。
如何なる存在も欲情するであろうエロスを纏ったバビロン。
一見正反対にも感じる二人の悪魔は、仲睦まじい様子で話しを始めたのであった。
「……帰って来たぞー」
なんだか凄く疲れた。魔界に行ってから一日くらいしか経ってない筈なのに。
「兄貴、腹減った」
「……そういや飯食ってねえな」
疲労の原因はそれか? まあいいや。取りあえず、必要な物を調べて、それからゆっくりしよう……