「さて、本日は何の御用でしょうか」
尋ねる声に答えを返せない。
あんまりな無表情から放たれる虚無の圧。それに、俺もZZも完全に飲まれている。
「テメエのばらまいた情報の真偽を確かめに来た」
アダムが口火を切る。子こういう時アダムは頼もしい。
「ワールドゲートの件でしたら真実ですよ。どこと繋がるかでしたら代金を戴く事になりますが」
……! ラロの情報は本当だった!? あいつ、一体どうやってここの事を知ったんだ!?
突如、女性がこちらに顔を向けて来た。
滅茶苦茶怖い。顔が死ぬほど無表情なのと目がずっと見開かれてるせいで何と言うか人形感が凄い。ZZはビビッてアダムの後ろに隠れているし。……そこは俺の後ろじゃないのか。
「どうやってここを知ったかでしたら、あなたと同じだと答えておきますよ」
一ミリもブレる事無く目線を合わせ、女性がそう言ってくる。
しかし、俺と同じだと? ……もしかしてラロも三千屋敷の事を探していて、この女性から場所を教えられたのか?
「テメエ、どうやってその情報を知った」
「特に何もしていません。ただ、この家に籠って思索していただけですよ」
アダムの問いにそんな答えを女性は返す。
思索……考えていただけ? そんな馬鹿な。それだけで極秘情報が手に入るならコンピューターは不要だ。何かの能力で得ていると考えるのが自然だろう。
「……答える気は無しか?」
「答えたでしょう。アレ以上を聞きたいなら代金をお願いします」
アダムが問い詰めるが、女性はまるでペースを崩さない。ずっと最初の無表情のままだ。
……まずいな、アダムの雰囲気が変わったぞ。これは下手すると先に仕掛けかねない。
『アダム、落ち着け。ここで揉めたら色々まずい』
『分かってるよ。……コイツがやたら鬱陶しい』
『コイツ?』
『分からねえだろうからお前に話すつもりは無い』
一方的に通信が切られる。アダムには何が見えているんだ?
「一応とは言え、俺も政府に近い立場だ。完全に経路不明の情報漏洩は看過できないが」
「代金をお願いします」
平行線の話に、アダムの雰囲気が更に変わった。……交渉モードにでも入ったか?
「……料金は如何ほどでしょうか」
「
……円? いつの、どこの単位だ? 俺の知識には無いぞ。
しかし、アダムの知識には……というか、普通に持っていた様だ。見覚えの無い紙幣を投げつけた。
それをつまみ取り、女性は口を開く。
「ありがとうございます。
さて、まあ説明してあげましょう。
原理としては……推理、と言う単語が近いですね。今知っている物から自分の把握していない物を推測する。している事はそれだけですが……私はこれを相当な精度と速度で行う事が出来ます。
例えば、政府の極秘情報を当てたり、百年後の天気を知ったり、宇宙の果ての星の回転数を予測したり……
この説明で十分でしょうか?」
…………信じられない。
いや、最早、それは……何だ?
まともに言語化出来ない。知識があるとも、頭が良いとも違う。違い過ぎる。
政府の中央管轄コンピューターを鼻で笑える予測演算能力だ。こんなの、どうしようも無い。
政府の情報をここに居たまま当てた、となると、極論この女性はここに居たまま世界の全てを知りえるのだ。
情報漏洩の対策も何も無い。
「……冗談……では無さそうですね。名前は?」
「千桜四石です」
平然と女性──千桜四石は答えた。増々鋭さを増すアダムの気配に気付いていない筈は無いのに!
ビリビリと何かが肌を刺す。
それはさっきからアダムを中心に放たれている殺気とでも言うべきものだ。
ZZがアダムの背後から離れ俺の方に駆け寄ってくる。それ程に今のアダムからは危険な雰囲気が漏れ出ていた。
『おいアダム! いくら何でもキレ過ぎだ! 抑えろ!』
『黙ってろ。こんな存在看過出来るか!』
最早今にも千桜さんに襲い掛からんとするアダム。
だが、彼女の表情も、雰囲気も一切の変化が無い。目の前の荒れ狂わんとする爆弾等視界に入ってもいないかのようだ。
「健気ですね」
千桜さんが、ぽつりと呟いた。
意味が分からない。何が? 誰が?
「こちらの話ですよ。ただ、友人の為にそこまで出来るとは。少々羨ましい」
クルリ、と千桜さんがこちらへ背を向ける。
「待て!」
アダムが動き出そうとし──その体を四本の剣が縫い留めた。
「なっ……アダム!」
慌てて剣を引き抜こうと……触れた瞬間、手が弾き飛ばされる。ただの剣じゃない!?
「触れない方が良いですよ。碌な事になりませんので」
こちらへ振り向き、千桜さんが言う。
その直後、開いていた扉が閉じ、その向こうに姿を消した。
「がああああああ!!!」
バキャ!
響いた絶叫に驚いて振り向けば、突き刺さった剣を砕き無理矢理抜けたアダムの姿。
まずい、あのままじゃマジで突っ込みかねない!
「アダム落ち着け! 今行っても駄目だ!」
「……分かってるよ」
ガン! とアダムが床を殴りつける。一瞬家が揺れたが、もう千桜さんは姿を見せなかった。
「兄貴……」
「大丈夫だ、ZZ。……アダム、落ち着いたか?」
「……俺は最初っから落ち着いてるよ」
「寝言が言える位には落ち着いたみたいだな」
バチンとアダムが俺の額にデコピンを打ち込んだ! 痛ってぇ!! 頭割れたんじゃねえのか!?
「何すんだこの野郎!」
「うっせ。……帰るぞ」
「お前自分が不利な状況になったら暴力に訴えるのやめろ!」
言い合いをしながらも俺達は三千屋敷を立ち去る。収穫はあった。だが、それ以上に不安と疑念が俺達に覆いかぶさったのであった。
「……あんたがあんなに素直に言うなんて珍しい」
「羨ましいのは事実ですので」
三千屋敷の奥、四畳の和室が無限にも思える程に続く場所、その一室で声が響く。
一方は千桜四石。もう一方は、腰から下が蛇となり、六本腕の女性。
「あいつ、正直気にくわないわね。短気な奴は嫌いよ」
「彼が短気なのは事実ですが、機嫌の悪い理由は別ですよ」
千桜が机に脚を乗せ、椅子を後ろに倒す。
「政府も碌な事をしない。友人の命をタテに無理矢理従わせるとは」
「いくら事情があってもあの態度じゃどうしても好きには慣れないわ」
「あなた誰でも嫌いでしょう」
フン、と女がそっぽを向き、滑るような動きで奥の部屋へと姿を消した。
後にはただ千桜四石が残るのみ。
そこで、ぽつりと呟きが漏れる。
「……
何かを悩む声は、虚空へ飛び、そして消えた。