「着いたー!」
白亜の外郭、聳える城壁。そして広がる賑やかな街。
間違いなくここが王都だろう。
「それじゃあ俺は売れる物売ってくるから……ZZ、変なとこには行くなよ?」
「分かったー」
何一つ信用できない様子でZZが駆け出していく、位置は常に把握しておこう。
「アダムは……いねえし」
振り返った時、既にアダムは姿を消していた。まあ、アイツは問題無いだろう。
「俺もさっさと用事を済ませるか……」
「こちら、三億七千万アルダになります」
「……もう一声」
買い取り交渉。
村の商店では行えなかったが、王都ではこの交渉が成立した。した……のだが。
「これ以上の高値はつけられません」
「むう……」
手強い。
いや、当たり前ではある。
かたや生まれてこの方こんな交渉した事も無く、この世界の事も余り知らない子供。かたや、この大商店を切り盛りする店の主。最初から勝負になんてなる筈無いのだ。
ただ、それでももう少し高く買い取って欲しかった。
「……お願いします」
「はい。それではこちら、代金の三億七千万です」
ずっしりと重い木箱三つを収納庫に入れ、溜息を吐く。まあまあの成果ではあるのだが……
「あ、いけね、忘れる所だった。すみません、吸血鬼が居るような場所に心当たりは有りませんか?」
「吸血鬼、ですか……」
店主がふむ、と蓄えた髭を撫でた。
「生憎、そう言った情報は私たちの業界には流れて来づらいのですよ」
……多分、嘘だ。この人は知っている予感がする。ただ、俺にそれを聞き出すような話術は無い。
「ですが、冒険者達の組合でしたらそのような話も手に入るのではないでしょうか?」
「分かりました……ありがとうございます!」
ペコリと頭を下げて店通された部屋を出る。残念な事も多いが、今は情報が手に入った事を喜ぼう。
「やれやれ、随分なお客様だ……」
店を出るXXXを見送って、店主は深いため息を吐いた。
本来、こんな客一人の相手は自分が出るまでも無い。何十人といる従業員に任せればいいのだから。
しかし、あの少年……異界から来ている客人との証明を持った人物を見て、興味が湧き……相対し、余りの勝手の違いに苦慮を覚えた。
「異界の方とはいえ、あそこまでズレる事も無いでしょうけどねえ」
チグハグなのだ。
何人も人を見ていると、自然と色々な物が読めるようになる。だと言うのに、あの少年から読めた物は悉くズレていた。
心拍は常に一定、言葉にブレは有るが変調が無し、体は時折妙な音を立てる……いっそ人間では無いと思った方が楽な程だ。
加えて──
「妙に場慣れもしている」
店主は、自分のいる豪勢な応接室を見渡した。
交渉慣れもしていない素人同然の雰囲気にも関わらず、この部屋に来て委縮した様子は全く無かった。ここまで贅を尽くした部屋に来れば、大なり小なり気おくれしてしまうと言うのに。
「とは言え、
彼がこの先、XXXの体で生身なのは脳だけという事を知る事は無いだろう。
「さてと、どーするか」
一応の用事は済んだ。後はこの金で、元の世界で売れそうな物を探すのだが……
「取りあえず冒険者の組合にでも行くか?」
そう口にしてみるが、実際の所それは難しいだろう。
なにせZZもアダムも戻っていないのだ。流石に俺一人で勝手に行くのはまずい。特にZZの放置が駄目だ。
『おーい、何やってる?』
『何か冒険者組合ってとこに居る!』
『お前が先行ってるのかよ!』
思わず叫び声が出た。
『どんな状況だ』
『もう登録済ませたぜ!』
『馬鹿野郎! 勝手にやってどうすんだ!』
通信を切ってZZの現在地に向かう。
冒険者組合……一応この世界の情報は来る途中アダムに軽く聞いているが、確か冒険者は日雇い労働者と探検家を合わせたような職業だ。……なんか普段の俺の労働状況と似てるな。
まあそれは置いておいて、少なくとも冒険者は一か所に留まるタイプの職業では無いのだ。このままではZZがまた変な所へ行ってしまう。
「ZZ居るか!?」
扉を開けば一斉に視線がこちらを向く。だが今はそんな事に構っていられない。
「ZZー!」
「呼んだ?」
組合の店の奥からZZの声が響く。見れば、何人かのグループに囲まれたZZの姿。
幅広の剣を担いだ男、薄手の服を纏った筋肉質な男、紺色のローブを着た杖を持った女性、白衣を羽織る少年。ZZを中心にその四人がたむろしていた。
「あ、すみません……ZZ、お前何かやったのか?」
自信満々な様子で佇むZZに話しかける。正直嫌な予感しかしない。
「これからおれ冒険に行くんだ!」
「勝手にアホな事やるんじゃ無い。色んな人に迷惑だろが」
フフン、と鼻息を荒くしたZZの額にデコピンをぶつけ、手を引いて店を出──
「ちょっと待ってくれ」
「……何ですか?」
声を掛けて来た剣を担いだ男に向き直る。何だ? ZZがやっぱ何かやってたのか? いや、もしかして──
「既にその子とはパーティの登録を済ませてしまってるんだが……その、何か用事があるとかでなければ、このまま連れて行かせてもらいたいんだ」
「……ZZ、迷惑かけるなよ?」
「分かった!」
「後、出来るだけ丁寧に話せ」
「分かった!」
快活に笑うZZの姿に、言った事が守られそうに無い事を感じながらも俺は視線を外し、話しかけてきた男の人へ向き直る。
「すみませんコイツが迷惑を……」
「ああいや、こちらも人が足りなくて困ってたんだ。実力自体はしっかり証明してくれている。寧ろこっちが感謝したい」
そう言って頭を下げてくる。ううむ、凄く良い人だ。
「その、何かヤバい事をしそうになったら絶対止めて下さい。加減を知らないので」
「分かった。お兄さん……ですよね? 安心してくれ、あの子は無事に帰す」
その言葉に頷き、右手を差し出す。男の人は力強くそれを握り返し、頷いた。
「それじゃあ、頑張ってください。ZZ、やるんなら真面目にやれよ?」
「分かったー!」
手を振ってくる人たちを見送り、俺は店を出たのだった。
「こっからどうするかなー」
ZZは冒険に出かけ、帰ってくるのは夜になり、アダムとの連絡は取れない。
最初の目的であった吸血鬼のいそうな場所を聞く事だが……場の流れのまま組合の店を出てしまった為、今から戻ると言うのは少々何と言うか間が悪い。
せめて後一時間位時間を開けたい所だが……先に良さそうな物でも物色しに行くか。
そう考え、街中の店をまわる。
流石に俺達の時代のコロニーより大分規模は小さいが、それでも王都。俺の目的である高そうな物を売っている店でも、二十以上は有った。
とはいえ、その大半の物がかなり高い。理由はまあ、表に出ている店な以上、色々と税等が掛かっている上目利きの人間が判断していると言うのが大きいだろう。
という事で、俺は裏──人通りの余り無い、暗がりが多く、衛兵がいない、半分廃墟にも見える地区へとやって来ていた。
ここに来る途中、何人もからここは危ない、やこの先は何があってもおかしくない、と言われた。……多少危険ではあるだろうが、曲りなりにも街として成立している以上余りにもヤバいと言う事は無いだろう。
とはいえ逃げる準備は常に万端だ。なにせここは異界、情報は常に不足している。俺達より先に来た人たちがネットワークに情報を流しているのだが、それも進みが遅い。早くても困るのだが。
「こういう情報は出回る前が一番良いんだよな」
寂れた露店の品を眺めて呟く。……余り良さそうに見える物は無い。が、それ程高くも無いのでここは賭けのつもりで買って──
「助けて下さい!」
女性と言うには低い、男性と言うには高い声だった。
声変わりを迎える前、子供の声。こんな場所で、そんな内容で響いた声に、思わず振り向く。
予想通り、声を上げたのは少年の様だ。ZZと同年代か少し下、小柄な体格はその腕を掴む大柄な男と比較して更に小さく見える。
そして、目を引くのが来ている服。
この世界の知識がない俺ですら明らかに高級だと分かる白衣は、こんな場所で目を付けられるには十分だろう。
「こんな所で助けなんてあるかよ! おとなしく」
「あるんだなこれが」
悪役の見本のような言葉を言った男を張り倒し、少年から手を離させる。これを見過ごすほどろくでも無く成ったつもりは無い。
「あ、……ありがとうございます」
「結構です。それより、早くここから出た方が良いですよ。見た感じ結構危ないんで」
お礼を言ってくる少年にそう言って、俺は物色に戻ろうとする。しかし後ろから手を引かれ、振り向く事となった。
「申し訳ないですけど……助けてくれませんか?」