「……助けてと言われても」
今さっき助けられたばかりの人間の何を助けろと言うのだ。俺にそんな矛盾を押し通すような能力は無いぞ?
「その、実は……」
少年が何かを言おうとし……響いて来た怒号がそれをかき消した。
「いたぞ!」
「アレだ! 追え!」
「あー……」
どうやらさっきの男とは別件で追われていた様だ。……仕方ない、助けてやるか。
「高い所って大丈夫ですか?」
「え? あ、はい」
「よっと!」
少年を抱え、思いっきり跳躍する。単純な脚力でも百メートル以上余裕で行ける。そして、今回は背中にブースターを展開して空中待機だ。物理的に追って来る手段が無い以上、連中もその内諦めるだろう。
「それじゃあ、事情を詳しく……」
「あわわわわ……」
聞こうとしたが、少年は目を回していた。
「っ! ? ここは……」
「起きました?」
目を覚ました少年に言葉を掛ける。現在位置は適当な建物の屋根の上。そこそこ高さもあるので見つかる心配は無いだろう。
「あ……ありがとうございます」
「いいですよ、別に。それより、何で追われていたのか聞きたいんですけど……」
内容如何で今後の対応が変わる。少年に明らかな非が有るなら放り出すし、そうでないなら関わった責任を取って出来るだけ味方するつもりだ。
俺に促され、少年はゆっくりと口を開いた。
「その……あの人たちは錬金術学会の人達で……私は、錬金術師何です」
「錬金術師」
あんまり聞き馴染みの無い言葉が出てきた。
錬金術……確か、体系化された物質を変化させる技術の事だ。俺達の世界では既に途絶えてしまったらしい。
俺の言葉に違和感を持ったのか、少年が尋ねてくる。
「あの……もしかして、錬金術師を知らない……」
「ああ、僕はこんな立場でして」
許可証を取り出し、見せる。すると少年の顔色が面白い位変わった。
「異界の!? 凄い! 初めて見た!」
「お、おお……」
凄い勢いで詰め寄って来た少年に一瞬体を逸らしてしまう。凄い気迫だ。
「あ、ああ! すみません……」
慌てた様子で少年が下がっていく。何というか、凄く賑やかな人だ。
「いえ、大丈夫ですよ……なのでその、あんまりそっちに行かない方が……」
クルリと背後を見た少年が、これまた凄い速度でこっちへ後ずさってくる。
なにせ、後ほんの数センチで少年は屋根から転落するところだったのだから。
「ふー、はー……」
大きく深呼吸を繰り返し、呼吸を整えている。本当に賑やかな人だ。見ていてちょっと面白い。
「お、お騒がせしました……」
ゆっくりと頭を下げる少年にこちらも頭を下げ、話の続きを促した。
「そ、それでは一から……
まず錬金術何ですが、これは物を作り変える……錬金術の言葉で、錬成とも表す事を行う、学問の一つです」
「学問何ですか」
意外だ。てっきり魔法か何かだと。
「勘違いする人が多いんですけどね。実際の所、錬金術の目的とは物を作り変える事では無く、どうしてそうなるのか、そうなったのか……そう言った過程を探求する学問なんです」
「成程」
結果が目的では無く、過程を目的とするのか。それは確かに学問らしい。
「そして、この錬金術を学ぶのに最高峰の環境と言われる学び舎にして、錬金術師達の集う組織が……錬金術学会……正式名称を、四元法術理錬金術学会と呼ばれる集団です。
元々は錬金術の学会は多数あったのですが……この四元法術理錬金術学会が最大の規模になり、他の学会を吸収して一本化してしまった為、錬金術学会と言えばこの学会を指すようになっています」
「そんなに大きい規模何ですか?」
俺の質問に少年は重苦しく頷き、二の句を告げる。
「元々は色々な学会と同じように一般的な学会の規模だったのですが……ある錬金術師がここに所属して以来、規模の拡大を続け……いつしか、複数の国家間にまたがる巨大な組織になったのです」
「その、錬金術師は……」
ただの学会を国家規模の組織に変える、となるとかなり難しい筈だ。それを成し遂げたなら、ただ物では無いだろう。
「……この人は、世界四大錬金術師に名を連ねています」
「四大錬金術師」
また凄そうな名前が出てきたぞ。
「はい。四人とも、超越的な力を有する恐ろしい程の錬金術師です。
四元法術理錬金術学会躍進の立役者にして現学会長、最も名を知られた錬金術師。無尽 バミューダ・アロ。
天体運行の現身、星系の探求者にして星の錬成者。 天導球 キティラ・アンキ
戦禍の支配者、戦いに生きる災い。終末理論の提唱者。 灰塵 ウォーズ
生ける伝説、神話の体現、四元の主。 完全者 カリオストロ
どの方も錬金術を学ぶ者であれば、皆知っている偉大な方達です。
そして、僕が追われていた理由なのですが……」
少年が徐に懐を漁り、何かを取り出した。
それは、紫の光を放っていた。かと思いきや、白に、或いは赤に。見る角度によって放つ光を変える不思議な結晶が、少年の取り出した物だ。
「これは、私が偶然に錬成してしまった物なんです。一体、何だったのか分からず、調べてみると……」
そこで、少年は覚悟を決めるかのように言葉を切った。
「壊晶と呼ばれる、錬金術そのものを砕く物質だったんです」
「……それを作ったから追われているんですか?」
「いえ」
俺の質問に、少年は明確な異を唱えた。
「作ったから追われるような事はありません。問題は、私が作り方を知っている事なんです。実際にその後、記憶していたレシピから作る事が出来ました……出来てしまいました」
少年が先ほどの物より一回り大きい壊晶を取り出した。
「錬金術学会、そしてバミューダ・アロはこれを作ると言う事を許していません。表向きは錬金術の発展に差し障ると言っていますが……」
「違うと?」
「はい。バミューダは錬金術による品を複数使い、自分を守っています。そして、壊晶は錬金術を砕く。……バミューダは、自分を脅かす要因として、壊晶の作り方を消し去るつもりです。
私が、作れることを伝えただけで……」
少年が、服をまくり上げた。
息を呑む。
地肌に浮かぶ雷のように走る赤い線。一体どんな症状なのか検討も付かないが、絶対に良い物では無いだろう。
「殺されかけました。壊晶を使って逃げ出していなければどうなっていた事か……」
そう口にする少年の顔には、多大な恐怖と、それをも塗りつぶすほどの覚悟が浮かんでいた。
「お願いします。錬金術の更なる探求の為、この技術を葬られる訳にはいかないんです。協力してください」
「……ここまで話した上、向こうに助ける姿も見られてる。今更手を引ける状況じゃないでしょう?」
フウ、と息を吐く。また厄介事だ。そして毎度の事ながら手を引けない。
ただ、余り引く気も無い。
「協力します。その代わり、解決したら頼み事をしてもいいですか?」
「はい! ありがとうございます」
思いっきり頭を下げてくる少年に一歩歩み寄り、尋ねる。
「という訳で名前を教えてくれませんか?」
「え? あ! そうでした! まだ言っていませんでしたね……」
気恥ずかしそうに頬をかく少年は、何と言うか、色々な人から好かれそうな雰囲気をしていた。
「カトラ・ルネです。宜しくお願いします!」
「XXXです。こちらこそよろしくお願いします」
固い握手を交わし、互いの目を見る。契約締結だ。
そこで、俺はずっと気になっていた事を聞いた。重要な事だ。
「聞いておきますけど、何を持って完了にするんです? 対抗策が有るならともかく、無いなら無いで何を目標にするかは決めておかないと……」
「そこは心配ありません。ただ無為に逃げていただけでは無いんです」
そう言って、カトラさんは懐から紙きれを取り出した。
地図か? 紙には何本もの線と、目的地らしきものを示すマークが書かれていた。
「錬金術学会と極めて折り合いの悪い組織……天導球のキティラ・アンキ率いる星見の一団、アンドロメダ。そこに、壊晶のレシピを渡します」